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第三章 「ユメ」 2

 色々と煮詰まった俺は、何か事件の参考になる資料でもないかと図書室へと足を向けた。

 図書室の扉の前には、うず高く積まれた本を手にした由愛がいた。ハードカバーの本は見るからに重そうだ。

「それ全部読むの?」

 由愛へと軽く声をかけて、扉を開けてやる。

「ムツミ先生」

 顔の辺りまである本の山を避けるようにして、首を斜めに傾けると、由愛はにこーっと笑って、「はい、そうですよ」と答えた。

「へえ~」と相槌を打ちながら、由愛が持っていた本の半分を持つ。単純計算で重さは半分になっているはずなのに、それなりに重量がある。女の子がこれを全部持つには、相当な腕力が必要だろう。

「ありがとうございます」と言いながら由愛は図書室へ入ると、出入り口の近く、周りを本棚に囲まれて個室のようになっている席に腰を下ろした。それから、おもむろに制服の胸ポケットからメガネを取り出す。俺の方も本の山を机上へ置いて隣に座る。由愛は目尻を下げてお礼を言うようにこちらへと微笑むと、薄いフレームのメガネをかけて持ってきた本へと視線を落とした。

 にしても、由愛の笑顔には不思議な魅力というか、人を引き付ける魅力――魔力のようなものがあるように思う。この子のためなら、何だってやりたくなりそうだ。そんな由愛はどんなことに興味があるのだろうと、運んだ本の一番上のタイトルを読み上げる。

「イメージと質量の関係性について?」

 茶色い重厚なハードカバーで製本された、いかにも高そうな専門書。ペラペラとめくるだけで、小難しそうな単語がひしめきあっているのが確認できる。悲しいかな俺には内容が理解できそうにない。次の本のタイトルも『超ひも理論入門』と書かれていたので、何か編み物的な内容かと思ったら、予想の斜め上をいく難解な内容だった。

「これ、全部読むんだっけ?」

「はい。でも、私にもほとんど内容なんて分からないですよ」

 顔を引きつらせている俺に気を使ったのか、由愛は下唇に人差し指で触れると、恥ずかしそうに笑った。考える人のように、アゴを引く形になっているので、楕円のメガネ越しに上目遣いになっていて、どこか悪戯っぽく見える。

「でも、いつかはきちんと理解出来るようにしたいんです」

 由愛は数学の教科書とノートを開いた。

「そのために、まずは学校の授業を理解することから始めないといけませんよね」

 ここにある本は、ざっとしか目を通していないが、理解するためにはかなりの専門的知識が必要だろう。少なくとも高校生が理解出来るような代物ではないように思った。彼女が言った『いつか』が一年後か、十年後か、はたまた数十年後なのか分からないが、その言葉にはいつかやり遂げるという明確な意思が込められていた。

 ナナコの話では由愛の成績はクラスで一番、学年でも一桁の実力らしい。そんな優等生のノートはどんなに整頓されているのだろうかと、覗き見る。

「って、これ三年生が習うものじゃない」

「はい」と答える由愛の脇にある教科書の表紙にも、『数学Ⅲ』と印字されていた。

「どうして、こんなのをやっているの?」

 驚いて声を上げそうになった俺は思わず手で口をふさいだ。

「一、二年生のものは一通りすませてしまいましたから」

 由愛は涼しい顔で答える。いやいや、勉強熱心にしてもやりすぎだろ……。生き急ぎ過ぎだろ?

「矢追さんは、なぜそんなに頑張るの?」

 俺の何気ない質問に、由愛はメガネを机に置くと姿勢を正す。それから、音を立てないように気をつけながら、椅子を体半分こちらに寄せると顔を近づけて囁く。

「これは私の夢なんです」

 持ってきた本に手を置いて目を細める。

 その仕草が流麗で、俺はつい見とれてしまう。その視線に気付いたのか、由愛はこちらへと微笑みかける。不意をつかれ、ドキリとした。

「厳密に言えば、借り物の夢、なんでしょうけど」

「借り物の夢?」

「はい……。私の母は凄い研究者だったんです」


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