第二章 「青い春」 8
次の日の朝。
ペロペロピローン。ペロペロピローン。
「ウッ!」
学園へ登校するため、自宅兼コンビニを出た俺は眩しい朝日に目をくらました。
抜けるような青が空一面に広がっている。昨日の雨が大気に舞う細かな塵を洗い流したのか、空気が澄み渡っている。
しかし、俺の心の天気は快晴とはいかないようだ。何となく真夜花に会うのを憂鬱に思っている俺がいる。
「はぁぁぁ」
盛大にため息を吐き出す。
結局のところ、雨でも晴れでも、心の持ちよう次第なのかもな……。
そんな晴れとも雨ともつかないような心持ちで校門前まで歩いてくると、後ろから元気よく走ってきた由愛が俺を追い抜いた。
「どうしたんです? 元気ないですよ? 今日はあの日なんですから、元気出していきましょう!」
抜きざまに、由愛は俺の下がりかかった肩をポンと叩いてその場で一回転すると、ヒマワリのような笑顔を投げかけてきた。
天真爛漫なその表情を見ているだけで、何だかこちらも元気になりそうだ。
それにしても、『あの日』って何だ? 女の子って、『あの日』だと元気になるのか? その逆で憂鬱になるという話を保健体育の授業か何かで聞いた記憶があるのだが、俺の勘違いだっただろうか?
いずれにしても、女子高生が校門前で言うような台詞ではない。
「矢追さん。女の子が大声で、『あの日』なんて言っちゃ駄目でしょ」
声をひそめて注意する俺に、ペロッとピンクの舌を出して、「ごめんなさい。久々だから、嬉しくて……。アレも、家からはいてきちゃいました」と、さらにこちらが赤面しそうな台詞を吐き出した。
まさか、あの! 女の子の日に降臨するというあの伝説のアレを――!
「ハイテキタ!?」
素っ頓狂な声を上げて目をしばたたかせる俺に、由愛はおもむろにスカートをたくし上げると、それをこちらに見せつけた。
「なっ――!」
とっさに両手で顔を覆い隠す。しかし、やはり本能にはあらがえない。指の隙間。薄目をした狭い視界に、チラリと紺色の三角が見えた。
「ブルマ?」
「何言ってるんです、ミズギですよ。ミズギ」
「ミズギ?」
いまだ頭に『?』マークが浮かんでいる俺に、
「今日はプール開きですよ!」
由愛はスカートをひるがえし、校門を駆け抜けていった。その場に、女の子特有の残り香を漂わせて。
そうかそうか、今日はプール開きだったか。そういえば、昨日先生がそんな話をしていたのを思い出す。なるほど、由愛がスカートの下にはいていたのは学校指定のスクール水着だったというわけか。
にしても、さっきの由愛の行動には驚かされた。確かに女子校では同性しかいないので何かと大胆になるという話を聞いてはいたが、まさかあれほどとは……。
実にうらやま――。もとい、けしからん。
俺自身、変な勘違いをしたのと、スカートの下に見えた紺色の布切れに今更ながらドキドキして、みるみる頬が熱くなるのを感じた。
でも、何だろうか? 妙に生暖かい風が股の間を吹き抜け、股間が縮み上がるような気がした。
「って、プール開きだって!?」
確認するまでもなく、俺は保健体育の教育実習生で、今日は由愛のクラスで体育がある。つまりは、この俺も授業に参加しなければならない……。
サァァァ――と全身の血の気が引いていく。
水着がない! いや、厳密にはこのもっこり股間の体に着る水着がない。いや、むしろ女性用水着を着る体がない? あああ、パニクリすぎて、自分でも何を言っているのか全くわけが分からない。
これは、まさにミッション・インポッシブルだ。
校門前で、浜にあげられた魚のように、悶絶していると、
「お困りのようね」
ドッドッドッドッと、低いエンジン音を上げているバイクにまたがったオヤジが俺を見下ろしていた。
「オヤジ! 困ったどころじゃないって。水泳! 水泳教室! 水着が股間でインポなんだよ!」
シリ滅裂な台詞を口にする俺に、オヤジは全てを理解したかのようにフフフと笑う。
「ええ。全部分かってるわ」
「本当か?」
泣きつく俺に、
「アタシにいい考えがあるわ。そう。アタシには不可能なことなんてない。インポな任務なんてないのよ」
わざわざ黒いライダースジャンパーを脱いで、「ムン!」と気合を入れるとタンクトップ越しに盛り上がっている大胸筋を見せつける。
「はいはい」と、軽く受け流して、話を先に進める。
「任せなさい。こんなこともあろうと、ちゃ~んと準備はしているわよ」
オヤジは真性の変態だが、仕事はきっちりこなすオカマだ。この言葉、信じていいだろう。
「で、どうする? 俺は何をすればいい? このピンチを乗り切れるなら、何でもするぜ」
懇願する俺に、オヤジは自信マンマンに言い放った。
「武蔵ちゃんには、キョセイ手術を施すわ!」
オヤジはどこから出したのか、手術用の薄いゴム手袋をはめるとニヤリと笑った。
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