第二章 「青い春」 7
濡れ鼠で帰宅した俺は、オヤジに急かされるがまま風呂場へと押し込まれた。
「ふぅー」
大きくため息を吐き出しながら、ファスナーを開けてホックを外すと、水を吸って重くなったスカートが足元に滑り落ちた。それを拾いあげて皺を伸ばすと、専用の洗濯ネットに入れる。無造作に脱ぎ捨てたブラウスや下着も同様にネットに入れて洗濯機へ突っ込む。
「女心というものは分からんものだな……」
あの後、真夜花との間に微妙な空気になってしまった。それから、雨がやや小降りになったのを確認した真夜花が、軒先を飛び出したので俺もそれに倣った。が、うちに着く寸前で再びゲリラ豪雨に見舞われた。
真夜花の方は大丈夫だっただろうかと思うも、俺にはそれを確かめる術がない。そもそも俺は彼女のことをよく知らない。まあ、今の世の中他人に対して無関心でいることは別段珍しい話ではない。そもそも俺の本来の目的は、あの学園での事件の調査にある。だから、このまま真夜花に深入りせずにおさらばしても構わない。むしろ探偵業に徹するならば、そうすべきである。だけど、なぜか彼女のことを気にしている自分がいるのもまた事実だ。
「イックシ!」
盛大なクシャミが出る。濡れたまま脱衣所で考え事をしたせいですっかり冷えてしまった。
下手な考え休むに似たり。このまま考え込んでもろくな答えには至らないだろう。風邪をひいてしまっても馬鹿らしい。
素っ裸で浴場の扉を開けると、うちは二十四時間風呂でもないのになぜかホクホクと白い湯気が俺を迎えた。
「おっ、オヤジの奴が気を利かせて湯を張ってくれたのか?」
ひとりごちながら、もやもやと漂う湯気の先を見てみると、そこには湯船に浸かるナナコがいた。
「なっ、なっ、なんで、お前がここにいるんだよ!」
左の手のひらをいっぱいにして股間を隠し、右手で指差し確認をしながら叫ぶ。
「むな志が入れって言うから」
いつものクールな表情でナナコが冷静に答える。その感情とは裏腹に、真っ白い肌が上気して若干赤みを帯びている。
「お、おう。そうか」
オヤジがそう言うのならば仕方ない。
「それは、悪かったな」
後ろ手に扉を開けて早々にその場を去ろうとすると、唐突にナナコが湯船から立ちあがった。
「ど、どうした?」
直立不動のナナコ。実に堂々とした態度で、見ているこちらの方が恥ずかしい。女の子の大切な部分は、濡れたワカメのような黒髪が隠しているので大事にはなっていないが、個人的にはもう少し慎みというか、恥じらいを持って欲しいものだ。
「髪……」
「何?」
ナナコは自分の髪をひと房掴むと、鼻先に持ってくる。
「ん?」
俺はナナコの髪が汚れているのに気付く。湯に浸かっていた部分はそうでもないが、頭頂部に近づいていくほど汚れは目立って見える。
「お前、髪どうしたんだ?」
「雨、降って来た」
「ああ、それでか」
どうりでこいつがこんな時間に風呂に入っているわけだ。
「で、髪が何だって?」
「むな志が髪を洗ってくれるって言っていた。でも、むな志は来ない」
いつもはうちの女性スタッフが頼みもしないのにナナコと一緒に風呂に入って、面倒をみている。稀だが、誰もいない時はオヤジがその任を請け負うことになっている。しかし、今、オヤジはコンビニにいて席を外すわけにはいかないはずだ……。
不意に、俺を風呂場へ押し込めた時のオヤジの意味深な顔が脳裏に浮かぶ。
「あの野郎……」
オヤジのやつ、その役目を押し付けるために無理やり俺を風呂に入れたな?
目の前には小首をかしげたナナコがこちらを不思議そうに見ていた。注意深く観察するとナナコの指がふやけて見える。首から下なんて、日焼けをしたように赤くなっている。
「お前、もしかしてずっと待ってたのか?」
コクリとうなずくナナコ。
いつもは天使の輪を輝かせている髪が、濡れてヘタっている。このままの状態でナナコに自分でシャンプーさせて、変な風になって学校へ行かせるのも忍びない。
「ったく、仕方ないな」
覚悟を決めてナナコの方を見ると、既にプラスチックの椅子に腰かけていた。開いた両足に手を置いてリラックスしている。
これが文字通り全裸待機というやつか。
仕方ないので、俺は腰に巻いたタオルの結び目をきつく締めてナナコの後ろに膝をついた。




