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第二章 「青い春」 3

 午前の授業を終え、廊下の窓枠に肘を乗せて頬杖をついていると、少し離れた場所から女生徒たちのヒソヒソ話が聞こえてきた。

「聞きました? また出たそうですよ」

「え? また? 今年になってもう何度目かな? 去年はそんな噂、ほとんどなかったのにね」

 何だ? 何が出たんだ?

 職業柄か、自然と女生徒の内緒話に興味をひかれる。

「うそー。こわーい」

 と、どうにも穏やかじゃない会話が耳につく。もしや、変質者でも出たんじゃないか?

『変質者』というワードに、俺はピクリと反応する。俺の中で、『変質者』=『オヤジ』という図式が出来ているので、どうにも気になってしまう。オヤジの野郎、近いうちナナコの学校生活を覗き行こうかと言っていたので、聞き耳を立てて女生徒ににじり寄る。

 すると、女生徒たちもこちらに気付いたのか、訝しげに視線を向けられる。

 俺は、「ははは」と乾いた笑いを浮かべて誤魔化す。

「いや~。何が出たのかな~って気になっちゃって」

「あれ? もしかして、先生も興味があるんですか?」

 二人の女生徒の内、ショートヘアーの方が嬉々として、俺の質問を質問で返した。

「いや、興味も何も、何の話かまだ詳しく聞いてないんだけど……」

「ですよね~」と、おどけてみせるショートカット。

「もう、加奈子はいつもそうなんだから」

 もう一人のロングヘアーの方が呆れた様子で加奈子と呼ばれた子の頭を人差し指で押した。ショートカットの加奈子の方は、薄桃色の上履きを履いているので一年生なのだろう。ロングヘアーの方は、丸文字で『斎藤』と記入された紺色の上履きなのでどうやら二年生のようだ。

「それで、結局、何が出たのかな?」

「出たって言えば、これじゃないですか?」

 加奈子は、当然とばかりに、胸の前で両手をだらりとたらしてうらめしや~の格好をする。

「ああ~なるほど」と俺はうなずいてみせる。

 そういえば、そろそろそんな季節だな。

「もしかして、この学園の七不思議とかかな?」

 トイレの花子さん、動く人体模型、ベートーヴェンの目が光るだとか、この手の胡散臭い話は、どこの学校にも存在している。

「二宮金次郎像がダンスでも踊ったのかしら?」

「ふふふ。そんなのあるわけないじゃないですか? 本物の幽霊ですよ。ゆ・う・れ・い」

「へー。そうなんだー」

 急に興味をなくし、若干棒読みになった俺に、「本当なんです。だって、私、見たんです」と加奈子が訴えてくる。そして、こちらが聞いてもいないのに唐突に語りだした。

「あの日、私はバレー部の昼練をサボって図書室で、昼寝をしていたんです。すると、耳元で『かなちゃん。かなちゃん』って囁く声が聞こえてきたんです。練習をサボった私を先輩が探しにきたと思ったんですけど、その声はやけに穏やかで、どうも様子がおかしいかったんです。なんか、やだなー。こわいなーと思って、そのままやりすごそうと目を閉じていたんです。しばらくすると声がしなくなったので、そろそろ目を開けようとしたら、ガッと肩をつかまれたんです」

 加奈子が、俺の肩に手を置いて、おどろおどろしい顔を近づけてくる。

「ビックリして目を開けた私の前に、どこからやって来たのか、何と、しわくちゃのおばあさんがいたんです。で、私が固まったまま見ていると、そのおばあさんは、ニヤリと微笑むと、蒸発するように消えたんです」

 俺は斎藤と顔を見合わせた。

「それって、ただ寝ぼけていただけじゃ……」

「私も全く同意見です。その頃は、新人戦へ向けて朝昼晩、練習漬けだったのもあって、みんな寝不足だったんですよ。そのせいで変なものでも見たんだろうって。それに、たまたまそこに私のクラスの子もいたんですけど、そんなおばあさんはいなかったって言っていたんです。ただ、この子が一人で叫びながら唐突に起き上がっただけだって」

「そんな~。寝ぼけてなんていないですよ。確かにこの目で見たんですよ。それに、あのおばあさん、一年前に亡くなった私のおばあちゃんに似ていたから、見間違うはずなんてないです」

 俺は、思わず「う~ん」と唸る。

 これはあれか? 学校の先生を勘違いして、お母さんと呼んでしまうようなものか?

「もー。本当なんです」と、反論する加奈子を、斎藤がまあまあとなだめる。

「あの頃は、白雪姫ガールズの人が、幽霊を見たって噂が広まってた時期だし、あなたも同じようなことを体験した気になっただけでしょ?」

「白雪姫ガールズ? ああ、あの白雪姫シンドロームとか言う、眠ったままになったっていう生徒のことね。それで、その子たちが幽霊をみたって本当?」

「はい。彼女たちが、意識を失う前に、ありえないものだとか、半透明の幽霊らしきものを見たとか何とか言ってたんで、加奈子も自分がそういう経験をしたんだと錯覚したのかと……」

「でもでも、白雪姫ガールの人たち以外にも、何人か幽霊を見たって生徒がいるんですよ。つい先日だって、女性の幽霊が放課後の生物準備室に現れたってクラスの子が言ってました」

 それは、初耳だった。あの眠り病の当事者たちに、話半分にしてもそんなエピソードがあったとは……。流石にそんな話を警察が信じるわけないし、証拠として残すはずもないが、どうにもオカルトじみた話になってきたな。

 学園に現れる幽霊か……。俺自身、今回の事件と関連性があるか判断に迷うところだ。

 いや確か、オヤジが言っていた『ナルコレプシー』という眠り病の入眠時症状に幻覚や幻聴が生じるといった話があったような気がする。もしかすると、この子もその病気なのか? いや、ナルコレプシーはそんな頻繁にお目にかかるような病気ではないとも言っていたので、やはり単純に見間違えだろう。

 無言でそんなことを考え込んでいると、『グー』と加奈子のお腹が鳴ったのを合図に、話はお開きになり、二人は軽くお辞儀をして食堂の方へ歩いていった。


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