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ORATORIO (E)SCAPE  作者: しおん
25/29

25 本当の悪意は笑顔の中にある

 幸福節が終わりを告げて、街は落ち着きを、日常を取り戻す。

 ナユタはベッドに寝っ転がって、鼻歌を歌いながら、例の地図に新たな赤丸を付けていた。

「あと、ふたつね」

 セラフィータはいつものように、ナユタの左肩に止まっている。

 そこに、風呂上がりのユーリが帰ってきた。

 タオルで、濡れた髪を拭っている。

 ユーリは隣のベッドに腰を下ろすと、コンセントにドライヤーを刺して、髪を熱風で乾かし始めた。

 今日、ナユタはユーリと共に、『開かない金庫を開ける難題をふっかけられる』という案件に当たってきた。

 金庫の中身に執着した老人の霊が、金庫にしがみついていたのだ。ひ孫夫婦が、どうやっても金庫が開かないと困っていた。

 まず、金庫に取り憑いた老人の霊を説得しなければならなかった。

 気の短いユーリは力尽くで金庫を開ける、と強気に出たが、老人は『そんな真似したら、二度と金庫はあかんぞ』と脅してきた。

『開けられるもんなら、開けて見ろ』

 ダイアル式の四桁の暗号は、忘れてしまった、と老人は偉そうに言った。

「金庫の中には何が入っているの?」

 ナユタが説得にかかると、

『うーん……なんだったかのぅ』

「ゆっくりでいいから、思い出してみて、おじいちゃん」

『おお、まるで、玄孫みたいじゃな、小童』

 何に執着しているかも忘れてしまった、ややこしい霊に、ナユタは根気強く付き合った。

『あの頃は良かったのう……商売も上手くいって、懐は温かかった。あとは、嫁じゃ』

「ふんふん。奥さんとは、どうやって知り合ったの?」

『皆まで言わせるな』

 老人は照れた。

「いいじゃない、教えてよ」

『すれ違ったときに、女房が、ハンケチを落としたんじゃ。それをわしが拾って、恋が始まった』

 出会いとしては、ベタ過ぎる。少女漫画か。

 それでもナユタは老人の昔話に耳を傾けた。

『女房とは文通をして心を通わせたんじゃ……』

 老人は、遠くを見ていたが、はたと瞬きをした。

『そうじゃ、金庫に入っとるのは、文じゃ。女房との愛の記録、恋文じゃった!』

「暗号、思い出せる?」

『んー、なんじゃったかのう……』

「がんばって、思い出して」

 ナユタは拳を握って、老人を応援した。

『はっ! そうじゃ。良い夫婦! 一一二二じゃ!』

 またしても、ベタな数字の語呂合わせの暗号である。

「ユーリ、聞いてた?」

「ああ」

 ユーリは、ひ孫夫婦の見ている前で、たった今老人の口から語られた数字通りに、ダイアルを回した。

 カチャリ。音がして、金庫の扉が開いた。

「まあ! どんな鍵師を呼んでも、開かなかった金庫が開いたわ」

「どうやったんだ、あんたら」

 ひ孫夫婦が抱き合って喜んでいる。

『小童。その恋文の束は、庭で燃やしておくれ。他は、ひ孫たちの好きにするといい』

 老人が言った通り、金庫の中からは恋文の束が出てきた。残りは、金貨や金の延べ棒や宝石の数々だった。総額幾らに上るのか、見当もつかない。

 ナユタはひ孫夫婦の許しを得て、庭でたき火をした。

「本当に、燃やしちゃっていいの? おじいちゃん」

 大事な物だから、とナユタはメラメラ炎を上げるたき火を見て、戸惑った。

『いいんじゃ。あの世へ持っていく』

 持ってはいけないけどね、とは言葉にしなかった。

「じゃあ。えい」

 ナユタは燃え盛る炎の中に、恋文の束を投げ入れた。火がついて、あっという間に真っ黒になり、炭になっていく。

 その煙と共に、老人の霊が消えていく。

『ありがとうな、小童。わしの心残りを片付けてくれて。これで思い残すことはない』

 金庫は、老人を説得しなければ、決して開かなかったのだ。そういう呪いをかけてあった。老人の意向を汲んだからこそ、金庫は開いたのだ。

 老人は成仏した。後に、トルコ石を残して。

 たき火の煙にいぶされていたトルコ石は、そのうち、亀裂が走って、ひとりでに砕けてしまった。

『第九ゲート、解放』

 電子音がそう告げる。

「これが、正解だったようだな」

「うん。おじいちゃんの呪いが解けたんだね」

 そうして、アースシアで初の呪い解除を経験したナユタは、ユーリにこう提案した。

「みんなに会いに行かない? 一度くらい、ゆっくり挨拶しておいた方が、この先も円滑に進むと思うんだけど」

「ああ、そうだな。どんな子供か見ておくのも悪くない」

 ユーリを連れて、多少迷いながら、噴水広場にたどり着いた。

 そこには、いつもの風景といった感じで、ユジュンたちが集っていた。クーガーもいる。

「みんな、こんにちは!」

 ナユタが明るく挨拶すると、皆が一斉にこちらを向いた。

「あ、ナユタ!」

 大きく手を振ってくれたのは、そっくりさんのユジュンだった。今日も相変わらず似ている。

「ナユタじゃねーか」

 ヒースがよく来たなといった風に迎え入れてくれた。

「いらっしゃい」

 テンも笑顔で歓迎してくれる。

「後ろにいる奴は、誰だ」

 イリヤが鋭くユーリについて言及した。年上だから、目端が利くのだろう。

「あーえーと。紹介するね、この人が、僕の連れで保護者のユーリだよ」

 ナユタが紹介すると、

「ユリアン・ユリシーズだ。ユーリと呼べ」

 と、自分に出会ったときと同じような挨拶をした。それがユーリの流儀らしい。

 ナユタはユジュンたちを順に紹介した。

 彼らは年かさのユーリに軽く会釈するなどして、挨拶に代えた。

 それにしても、ちらと視線を投げたのみで、ユーリはナユタのそっくりさんのユジュンを見ても、何らリアクションを示さなかった。もっと絶句するなり、驚くなりすればいいのに。面白みのない。

「僕たちさっき、『開かない金庫を開ける難題をふっかけられる』っていう件を片付けてきたんだ」

「へぇーどうだった?」

 ユジュンたちが興味津々だったので、ナユタは詳細を話して聞かせた。

 ナユタがユジュンたちとお喋りに興じている間、ユーリは離れた生け垣になった花を愛でていた。

「あのね、ユーリ。ユジュンたちが、もう二つも呪いを解放したんだって」

 ナユタが声を掛けると、ユーリは近寄ってきた。

「昨日の今日で、もう?」

 ユーリは唖然としている。

「まぁ、慣れているのもあるか」

 四人の顔を見比べて、ユーリは勝手に自己完結してしまった。

「ゲートは開放されたか」

「うん、いつもの電子音が聞こえたよ。あれって何なの?」

 ユジュンがユーリに答えた。

「……呪いが解除されたという、サインだ」

 ユーリは、多少口ごもりながらも、そう告げた。

「なんか、胡散くせーな。男女。女男か? オレらに何か隠し立てしてんじゃねーのか」

 ヒースが鋭い一言を吐いた。

「別に何も」

 ユーリは白けている。

「向こうで煙草を吸ってくる」

 煙草を吸えない時間が続いて、そろそろ限界だ。ユーリはニコチン中毒者なのだから。

「ユーリって、いつもああなの?」

 ユジュンが不思議そうな顔を向けた。

 一瞬、自分がそういう顔をしているような錯覚に陥るが、

「うん、まあね。愛想がないのが玉に瑕かな。悪い奴じゃないよ」

 と、ナユタはユーリを援護しておいた。

 さっきから、黙ったままのイリヤが、去って行くユーリの姿をじっと見つめていたのが印象的だった。

「僕たち、明日、最後の呪いを解きに行こうと思ってるんだけど……」

「おれたちも、明日、最後に残ったやつを片付けにいく予定だよ」

 ユジュンの科白に被せて、クーガーが鳴いた。

「だったら、明日の集合場所は、ここから北の、中央広場にしない?」

 ナユタがそう提言すると、

「なんで?」

 ユジュンたちが、揃って不思議顔を向けた。

「そこに、立派なモノリスが建っているんだ。呪いを全部解いたら、何が起こるか、見たいでしょう?」

 ナユタのその科白は効果覿面だった。

「やっぱり、なにか起きるの?」

 ユジュンが簡易椅子から立ち上がった。

「まやかしじゃねーだろーな」

 ヒースの表情は言葉とは裏腹に、興奮している。

「何が起こるん?」

「明日のお楽しみ、だよ」

 テンの疑問に、ナユタは笑顔で応じた。

「………」

 イリヤはやっぱり言葉を発さない。じっとこちらを観察しているようだ。

 そうして、ユーリと仲間たちの顔合わせは、いまいち盛り上がらず、ぱっとせずに終わったのだった。

 宿のベッドで、黒いペンで丸をした箇所が、二つに減ったことに満足しているナユタを見て、髪を乾かし終わったユーリが言う。

「明日で全てが終わる。そして、全てが始まる。覚悟は決まっているか」

「うん。上手くやってみせるよ」

「全てはルキさまの計画通りに進んでいる」

「そう、上手く行くかな?」

「イレギュラーは許されない」

 ユーリの口調はきつかった。

「僕は、僕の思うままにやるだけだよ」

 ナユタは地図を片付けると、ベッドに入って目を閉じた。

 明日になったら、

 全てが、

 終わる。

 ナユタたちが成そうとしているのは、それだけ大がかりな計画だった。その一端を担っているナユタも重要なファクターだ。

 明日は満月。

 何かが起きる予兆のような気がしてならなかった。


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