表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ORATORIO (E)SCAPE  作者: しおん
22/29

22 仕組まれた邂逅

 朝の手伝いを全て完了したユジュンは、クーガーを連れて、家の外に飛び出した。

 今日から幸福節。

 街中がおもちゃ箱をひっくり返したような、わちゃわちゃした騒ぎになる。

 スクールもお休み。ユジュンはウキウキ気分で人波の中を歩いた。

 収穫祭の間は、街に普段の三倍の観光客が流入する。通りを一本通るのにも二倍の時間を要したりする。

 どこもかしこも、人、人、人である。

 ユジュンは年一回のお祭り騒ぎを、大変楽しみにしていた。

 宿の手伝いは一部免除されるし、特別に小遣いは貰えるし、で二重にオイシイ。

 屋台もたくさん出ていて、どこも盛況だ。

 ユジュンは好物のベビーカステラを購入して、食べ歩きをしながら、浮かれた街の様子を巡回して回った。

 とある広場では獅子舞ならぬ、虎舞が人を集めていた。虎の頭を被って、虎柄の衣装を着て踊る、という簡素なものだったが、評判は上々そうだった。

 別の広場では、龍が舞っていた。テンの故郷でよくあるヤツだそうだ。成る程、龍舞の発祥はテンの国なのかも知れない。

 アースシアは他国との交易が盛んなので、遠方の国の文化が伝わってきていても何らおかしくはない。

 昼は外で済ませて来いと言われている。まだ、そんなに腹は減っていない。そのうち、屋台で美味しそうなものがあれば、買って食べよう。

 そんなことを思って歩いていると、ふいに奇妙な感覚がした。言葉には言い表しにくいが、第六感が働いた、とでも表現するのが最も近いだろうか。

 独特の直感。

 ユジュンは足を止めた。

 人波が、ユジュンを避けて流れて行く。

 目の前の人波がはけた。

 そこに、最初からいたように、その少年は立っていた。

 屋台の売り物の、キツネ面を被って、顔を隠している。背格好はユジュンとちょうど同じくらい。旅人なのか、マントを羽織っているし、武器らしいホルダーを腰に装備しているのも見受けられた。

 お面からはみ出した髪は、ダークブラウンだった。視覚から得られる情報はそれだけだった。

「やあ。こんにちは。今日はとても天気がいいね。空が真っ青だ。こういうの、蒼穹っていうのかなぁ」

 キツネ面の少年の声色は、不思議だった。聴く者を心地良くさせる、揺らぎのようなものがあった。

 ユジュンは戦慄した。コワイ、ヤバイ、逃げなきゃ、でも、懐かしい。何で? 様々な感情が脳内で流転し、体中の細胞が四方八方を向いて暴れ出すような感じがした。

「……だれ?」

 そう、一歩退いて絞り出すのがやっとだった。

「僕は、ナユタ。トルキア聖王国から、列車で七日かけてここに来たんだ。君は?」

「おれは、ユジュン」

 うっかり答えてしまった。

 よく見たら、目の前の少年の左肩には、物珍しい生き物がとまっていた。

 四枚の輝くような羽根を背に生やした、妖精だ。

 じっとりとした視線で、舐めるようにして見つめてしまった。

「なに見てんのよ、アンタ!」

「しゃべった!」

 実際に初めて目にする妖精が動いて、しかも人の言葉を話した。それだけで驚愕だった。

「嫌だわ。ホント、双子みたいにそっくり! 気持ちワルイ」

 どういう意味か分かりかねたが、妖精の機嫌を損ねてしまったのは確かだ。

 こいつ、性格に難ありだ。

「ああ、妖精がめずらしい? セラフィータって言うんだ。はぐれ妖精だよ。僕が森で保護したんだ」

「ちょっと、ナユタ! あたしはアンタに拾われてやったのよ! 奉仕活動に付き合ってやったのよ」

「うるさいなぁ。アースシアに来てまで毒づくなら、妖精の瓶詰めにしちゃうよ」

「そんなの嫌よ!」

「じゃあ、黙ってなよ」

「ふん!」

 妖精はキツネ面の少年から、プイとそっぽを向いた。

「妖精の瓶詰め……?」

 ファンタジー小説によく出て来るアイテムだ。特に、『カイムの冒険』ではたびたび登場する、知られすぎた魔導具だ。マジックポイントを五百五十消費して、オーディンに献上することが出来るアーティファクトである。他にも用途は多々ある。

「ああ、知ってる? 有名なアーティファクトだもんね」

 ポトリとユジュンはベビーカステラの入った紙袋を足下に落とした。

「あ、落としたよ」

 ナユタがユジュンの足下にしゃがんで、拾って渡してくれる。

「『カイムの冒険』、好きなの?」

 受け取りがてら、訊いてみた。

「うーん、色んな作家のを読みふけったけど、やっぱり子供向けかなぁって」

 ナユタは如何にも自分は大人です、とでも言いたそうだ。

 背が低いだけで、ユジュンよりも年上なのだろうか。

 お面で顔を隠していることに、だんだんユジュンは腹が立ってきた。

「なんで、顔隠してるの?」

 ナユタは一呼吸置いた。

 遠くで爆竹が鳴っている。

「それはね、顔にひどい火傷を負っているからだよ」

「えっ」

 うっかり踏み込んではいけない地雷だったろうか。

「ウソばっか! ナユタ、アンタ、性格悪いわよ!」

「そうなの?」

 ユジュンはセラフィータに目をやったが、セラフィータはナユタの付けているお面の紐を解くところだった。

 しゅるり、と紐が解けて、お面が落ちる。落ちる速度がやたらと遅く思われた。

 そこに現れた顔は。

 一瞬、そこに鏡が前に置かれてあるのかと思った。

 ナユタの顔は、ユジュンと瓜二つだった。髪の色と長さこそ違うが、顔の作りは一卵性双生児のようにそっくりだったのだ。

 ヘテロクロミアの双眸も同じ。右が忘れな草色で、左が薄浅葱色。ユジュンと逆だ。そこだけが唯一の相違点で、だから、ちょうど、鏡を覗き込んだ場合と同じなのだ。外見以外だと、声質が違う。ユジュンの方が力強く、ナユタはやや柔い。

「な……な……」

 余りのことに、寒くもないのに、ユジュンは身体の芯から震えが来た。それは、根源の恐怖から来る震えだったのかも知れなかった。

 知ってはいけない、触れてはいけない現実を知ってしまった気がした。だが、それも一瞬のことで。持ち前の陽気さが発揮され、すぐに興味の方が凌駕した。

「あーあ。もうちょっと引っ張ろうと思ったのになぁ。つまんない」

 セラフィのバカ、と言いながら、地面に落ちたキツネ面をナユタは拾った。

「ナユタが意地悪するからよ。相変わらず、回りくどいのが好きね!」

 やいのやいのと言い合っている少年と妖精の前で、ユジュンは、興奮がこみ上げて来た。

「すっげーー! どうしておれとナユタは顔がそっくりなの?」

「それはねぇ……まだ秘密」

 ナユタはもったいぶった。

「そのときがくれば、分かるよ」

 ナユタはお面を頭にくくり直して、横向きに被った。気に入っているらしい。

「これから、どうするの?」

 ナユタがユジュンを向き直った。

「お昼ご飯を屋台で食べようかと思って。一緒に食べる?」

「いいね。僕もお腹が減ったよ」

 ナユタはお腹の辺りを手で押さえた。

「おいしい店が屋台を出してるんだ。そこの軽食を食べに行こう。案内するよ」

 ユジュンは警戒心ゼロで、ナユタに笑顔を向けた。

「あのね、ユジュン……」

 ナユタが俯いて、何やらモジモジしながら、つま先で石畳の地面にのの字を書いていた。

「僕と友達になってよ」

「うん、別にいいよ。顔が同じなのも、何かの縁だ」

 ユジュンは右手を差し出して、ナユタと握手をした。

「同じ年頃の友達なんて、初めて出来たよ」

 ナユタが何やら、気恥ずかしそうに呟いていた。

「ねぇ、同じ顔が並んで歩くと気持ち悪いから、お面被っててくれない?」

 ユジュンは言いにくかったが、そうナユタに進言した。

「うーん、やっぱり、そうかな」

「似すぎだよ。みんながびっくりするよ」

「うん」

 ナユタは片手で横にしていたお面を、正面に被り直した。

「オッケー」

 ゴーサインを出すと、ユジュンはナユタの手を引っ張って歩き出した。

「その、犬は?」

 ナユタがユジュンの隣に付かず離れず寄り添っているクーガーを指さした。

「おれの、相棒。クーガーっていうボーダーコリーだよ。九歳で犬的にはおじさんだから、おじさんって呼んでる」

 クーガーはナユタと遭遇して以来、言葉を発していない。注意深くナユタを観察している様子だった。

「へぇぇ。犬を飼ってるんだね」

 ナユタの科白に、初めてクーガーが否定の言葉を口にした。

『飼われてるんじゃねぇ、面倒見てやってんだ』

「なんか鳴いてるね。僕のことが気に入らないのかな」

「いや、そうじゃないけど」

 ユジュンは苦笑した。そして、

「世の中にはさ、自分と同じ顔した人間が三人いるって言うじゃない。おれたち、それかなぁ」

 とナユタに言った。それも一つの都市伝説と言えるのかも知れなかった。

「もしくは、ドッペルゲンガーかもね」

「どっぺる?」

 ナユタは難しい単語を使う。ユジュンは首を捻った。

「ああ、ドッペルゲンガーだよ。自分の姿をした、幻のことだよ」

 ナユタがにこやかに解説をする。

「ユジュンは、友達と、最近は何して遊んでるの?」

「んー今、取り組んでるのは、都市伝説の謎を解明することかなぁ。全部で十個もあるんだよ」

「へぇー、アースシアには十個も都市伝説があるの」

 ナユタは興味深そうだった。

 セラフィータはナユタの左肩の上で大人しくしている。人の多さに辟易としているらしかった。

「ここ、ここだ」

 ユジュンはとある屋台の前で足を止めた。クーガーは店の前で待機させる。

 行列に並んで、順番を静かに待ち、たこ焼きと焼きそばと、ミルクレープを購入した。

 たこ焼きと焼きそばはナユタとシェアして食べる為。ミルクレープはデザートとして、とセラフィータ向けに。そう、ナユタに頼まれたのだ。

 イートインスペースに席をとって、購入したものを広げる。

「さあ、食べよう」

 ユジュンは手を合わせていただきますをした。

 ナユタも同じようにする。

 セラフィータだけが、紙の皿に乗ったミルクレープにフライングでかぶり付いていた。

 ナユタは面の下から、器用にたこ焼きを楊枝で突き刺し、口もとに持っていった。

「あつ、あつ」

 熱かったのだろう、はふはふしながら食べている。

「たこ焼きは殺人的に熱いから、気を付けて」

 助言するのが遅い、とはナユタは文句を付けなかった。

「この、中に入ってる固くて、歯ごたえがグニグニしたのは、なに?」

 たこ焼きを嚥下したナユタが質問をしてくる。

「タコだよ。知らないの? たこ焼き」

「この国の人は、タコなんて食べるの?」

「お刺身、煮物、お寿司、なんでも料理にして食べちゃうよ。トルキアの人は食べないワケ?」

「タコなんて、見たことも、食べたこともないよ」

 トルキア聖王国って海から遠いところにあるのかな、とユジュンはナユタの故郷を空想してみる。

 焼きそばも初見であり、初めて食べるというナユタは、面の下から、麺をずるずる吸っていた。それはかなりシュールな画づらだった。

「この、ジャンクフードっていうの? けっこう美味しいね」

 セラフィータが食べ残したミルクレープを、二人してフォークで突きながら、ナユタがそう感想を述べた。

「お祭りのときに、外で食べるから、三割増しで美味しく感じるんだよ」

「魔法みたい」

「そうだね」

 ユジュンは、あははと笑った。

「ユジュン、歯に緑のやつがついてる」

「え、ああ、まじで。青のりだ、カッコ悪い」

 ユジュンは口もとを隠して、楊枝で前歯をカリカリ削った。

「取れた?」

「うん」

 ナユタが頷いた。面の下できっと笑っている。

「アンタ、だっさいわねぇ」

 ユジュンの目の前で、コップに着いた水滴から水分を摂取していたセラフィータがそう言い放った。

「うるっさいなぁ」

 ホントに、可愛くない、生意気な妖精だ。よく、ナユタはこんなのと付き合ってられるなぁと、内心でごちる。自分だったら、一日保たずして瓶詰めにしているところだ。ナユタはきっと我慢強いのだろう。

「セラフィのことはあんまり気にしないで。いっつもこうだから。逐一相手してたら、気がおかしくなるよ」

「きーー! なんてこと言うの、ナユタ!」

 セラフィータが机の上にあったナユタの手の甲を引っ掻いた。でも、ナユタは痛くもかゆくもなかったらしく、セラフィータごと手を払った。セラフィータは吹っ飛ばされて、机の下に落ちた。

「わあ!」

 幾ら生意気でも、そんな雑に妖精を扱っていいものだろうか。驚いたユジュンは、セラフィータが落っこちた机の横を覗き込んだ。

「いったぁい!」

 セラフィータは床の上で大股を開いて座り、頭の天辺を押さえていた。

「君だって、だっさいじゃない」

「悪かったわね! アンタ、助けなさいよ。いたいけな妖精よ、あたしは!」

「自分で飛べば? その羽根は飾り?」

 言葉では突き放しながらも、ユジュンはセラフィータを右手ですくい上げると、ナユタの目の前に下ろしてやった。

「構わないでいいのに」

 キツネ面は無表情だった。ただ、声色は面白おかしく弾んでいる。

「まぁ、そういうわけにも」

 ナユタはナユタで妖精の扱いがぞんざいで、過激だ。

 この組み合わせは案外、上手いこと転がっているのかも知れない。デコボココンビ。

 ユジュンはナユタがコップのお冷やを飲み干したのを見計らって、席を立った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ