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ORATORIO (E)SCAPE  作者: しおん
19/29

19 イリヤの身の上3ー人猫族のイド

 イリヤは入り口のスイッチを操作して、部屋の明かりを付けた。

 すると、間接照明がぽっと灯って、部屋の様子がぼんやりとだが、明るみに出た。

 整えられた清潔なベッドと、テーブルを挟んで一対のソファーが置かれ、一番奥の窓際には机が置かれてあった。

「電気、通ってるんや」

 テンがきょろきょろと部屋の中を見回している。

「すっごく、キレイな部屋ー」

「誰が住んでんだよ」

 ユジュンとヒースにソファーに腰掛けることを勧め、イリヤはベッドの上にボスンと腰を下ろした。スプリングが跳ねる。クーガーはやはり、主人であるユジュンにぴったりくっついて、足下に伏せていた。

「ちょっと待てば、すぐ戻る。それまで休憩、だ」

「勝手にええん?」

 テンがヒースの隣に腰を下ろしながら、イリヤの顔を伺った。

「平気だ。鍵もかけずに、出かけるヤツ、だからな」

 防犯意識が、著しく低い、それだけ大雑把なヤツだとイリヤは言いたい。

 時計の長針が九十度ほど進んだろうか。

「あっれー、電気消して行かへんかったかなぁ~」

 と、誰かが自問自答しながら、階段を上がってくるのが分かった。

 何ヶ月ぶりかで会うイドは、相変わらず、ヘラついており、何を考えているかよく分からないヤツだが、ざっくばらんとしていて善良な一市民ではある。

「イド! どこ行ってたんや。俺を待たせんなや」

 イドに注目していた三人の目が、イリヤのその一言に、釘付けになった。

「悪い、悪い。ちょお、近所に用事あってなぁ」

「鍵くらいかけえや。そのうち空き巣にあって、泣く羽目になんで」

「だいじょうぶやって、この辺、治安はええし」

「そんなわけあるかぁ!」

 イドとイリヤは丁々発止の言い合いを始めた。

 それを聞いていた三人は、ぽかんと口を開けている。

「イリヤ……? その、なまり……」

 最初に言葉を発したのはユジュンだった。

「テンと、同じ……?」

 触れて良い物かどうか、ヒースの口調は控えめだった。

「あ、ああ……」

 イリヤはしまった、とばかりに三人から目線を外した。

「俺、こいつに言葉、教わったんだ。だから、今でも、こいつと話すと、なまりが、出る」

 イリヤは苦しい言い訳をした。イドに言葉を習ったイリヤにとっては、このなまりこそが母国語のようなものだった。

「こいつはイド。こう見えても、俺の命の、恩人だ」

 イリヤは雑な紹介をした。

「こう見えてって何やねん。余計なこと言わんといて」

 紹介にあずかったイドは、ベルボーイのようなお辞儀をした。

「こいつらは、俺の仲間。ユジュンと、テンと、ヒースだ」

 イリヤは順に顔を指さして名前を言った。その脇で、

「イドさんって、赤月帝国の出身ですか?」

 テンが期待を込めて、腰を浮かせている。

「ああ、そうや。わい、南の出身や」

 イドはテンを見て答えた。

「やっぱり! ボク、北の方出身ですぅ」

 テンは立ち上がって、イドの元まで行くと、握手を求めた。

 イドは喜んでそれに応じていた。

 そうか、テンとイドは同郷だったのか。テンのなまりを初めて聞いたとき、真っ先に思い浮かんだのはイドと同じだな、という所感だった。それで、なんとなく親近感を持った。

「この広い世界で、同郷に会えるなんて、思わんかったなぁ。さすがに、同族とは会えへんけど」

 イドはぴょこぴょこ頭の上の猫耳を動かした。

「その耳、尻尾……あんた、まさか、不老不死の人猫族かッ?」

 イドの容姿を見て、鬼気迫る声を上げたのは、ヒースだった。切羽詰まった表情をして

いる。

「不老不死やて? ノンノン、違うで、ぼん。確かに、わいは人猫族やけど、不老不死やあらへん。あくまで、不老長寿や」

 イドはヒースの目の前で、人差し指を振った。

「そんなこたぁ、この際、どうでもいいんだよ。一年半ほど前、ヴォルフガングと名乗る少年と知り合わなかったか?」

「一年半前~?」

 イドはしばらく宙に目を泳がせていたが、ぱっと閃いたのか、

「ああ、確か、人猫族になりたいゆう、けったいな少年を世話したったなぁ」

 と、ぼんやりとした答えを、ヒースに返した。

「生きてるのか?」

 浮いていたヒースの腰が、完全に立ち上がる。

「さぁ。上手いこと転生できたかどうかまでは、分からん。わいは、里までの行き方を案内したっただけや」

「人間が、ホントに人猫族に生まれ変われるのか?」

「そういう秘儀はあるで。わいも、実際に見たことはないけども」

「はぁ……そうか」

 ヒースは意気消沈して、腰をソファーに下ろした。じっと、握った拳を見つめている。

「猫人間、ホントにいたんだな」

 ヒースがぼそりと言った。

「いややわぁ。ただの亜人やん。絶対数が少ないだけで、しっかり存在しとります」

 イドはケタケタと笑い、

「なんや、なんや、未来ある若人たちが、雁首揃えて忙しなぁ」

 机から椅子を引っ張ってくると、背もたれを正面に、椅子をまたいだ。

「ああ、俺ら、アースシアの都市伝説調べて回ってんねん。イド、そういうんに詳しそうやんか。それで、当てにして来たんや」

 このなまりでなら、イリヤはすらすらと言葉を細切れにせずに、スムーズに話せる。

「都市伝説ぅ? 悪いけど、ガキの遊びに付き合ってられへんわ。そこまでヒマとちゃう」

「『夜な夜な試合をふっかけて回る女』に心当たりないか?」

「ない、ない」

 イドはひらひらと、手のひらを振った。

「でも、イリヤにこないな、年の近い友達が出来て、お兄さん、嬉しい!」

 イドは椅子から立ち上がると、ベッドの上のイリヤに抱きついてきた。

「ええやん、うっといなぁ」

「イドさんは、何年くらい生きてはるんですか?」

 テンに尋ねられたイドは、胸を張って、

「これでも百年は軽く生きてるでぇ」

 と、答えた。

「それよか、そこのヘテロクロミアの少年、どっかで会ったことあったっけ?」

 イドがコロリと顔色を変えて、ユジュンを指さした。

 突然、指名されて、ユジュンは飛び上がっている。

「ううん。会うのは初めまして、だよ」

「せやなぁ。なんか、懐かしい気がしてんけど」

 なんやろなぁ、とイドは吐息した。

 その吐息があながち間違いではなかったことを、イリヤたちが知るのはもう少し時間が経ってからのことだった。

「ほんだら、気ぃつけて帰りやぁ。もう、こんなとこ来たらアカンでぇ」

 玄関先でイドに見送られながら、イリヤたちはイドの住処を後にした。

「見事な空振りだったな」

 はーあ、とヒースがため息を吐いた。

「イドなら、何か手がかりでも、知ってるかと、思ったんだが」

「でも、ま、兄貴のことが分かったし、トントンだな」

「二人とも、いろいろ事情があんねんなぁ」

「そうだねぇ」

 イリヤとヒースが先を歩き、そのちょっと後をテンとユジュン、クーガーが歩いている。

 そのままてくてく歩いて、旧市街地を抜けると、イリヤは仲間を引き連れて、様々な工房の建ち並ぶ街道に立ち寄った。

「ここが、俺の、父親の、工房だ」

 とあるアクセサリーを売る店の前でイリヤは立ち止まった。

「へえええ、ここが、イリヤのお父さんの仕事場?」

 滅多にプライベートを見せないイリヤに、ユジュンは興味津々だ。

「なんだ、彫金の店か」

 ヒースはガラス張りの壁面にへばりついて、店の中を見回している。

 様々なアクセサリーが美しくディスプレーされているのが、外からでも伺い知れた。

「ヒース、なにやってんの。行くで」

 テンに引っ張られて、ヒースはやっと壁面から身体を離した。

「あいさつしてかなくていいの?」

「今は、仕事に、没頭してる。邪魔、したくない」

 イリヤは仲間たちを連れて行くか否か迷った末、足を住宅街に向けた。

 丘の緩やかな傾斜を登りきると、小さな集落があった。

 その、すぐ正面の丘の上に赤い屋根の一軒家がポツンと建っている。

 庭で、小さな子供がボール遊びに興じていた。

 その姿を見て、イリヤはきゅうううと胸が締め付けられるのを感じた。

 ポンポンポーンとボールが跳ねて、子供の足下から離れてしまった。そのとき顔を上げた子供が、イリヤの方を見た。

 そして、目を見開く。

「おにいちゃん!」

 ボールの行方など気にも留めずに、子供はイリヤ目がけて丘を下ってきた。

「イリヤおにいちゃん!」

 イリヤとそっくり同じのプラチナブロンドの髪はふわふわで、目尻の下がった目はサファイアのように碧い。

「リィヤ……」

 抱きついてきたリィヤを、イリヤはぎゅうっと抱き締め返した。

「生きてたんだね、ぼく、死んじゃったかと思って、ずっとずっと、心配してた!」

 二年ぶりに見た弟は、すっかり成長していた。

 掛け替えのない、血を分けた、たった一人の大事な弟。

 イリヤの胸は一層、きゅうきゅう痛むのだった。

「リィヤ! なにしてるの!!」

 鋭い、鉄でも鋼でも斬れそうな鋭い声が、玄関先から飛んできた。

 母親だ。

「リィヤ、もう母さんのところへ、帰れ」

「おにいちゃん、また、会える?」

「会えるさ」

 イリヤがそう言って微笑すると、リィヤは何度となく振り返りながら、母親の元へと歩いて行った。

 リィヤが手元に戻ると、抱き締めながら、母親が今にも噛みつかんばかりの目で、イリヤを睨み付けていた。

 怨嗟のこもった、禍々しい目線だった。

 イリヤはそれに背を向けると、元来た道を下り始めた。

「行くぞ」

 事情がまるで飲み込めないのだろう、三人の仲間たちは顔を見合わすばかりで、言葉は発しなかった。

 あの女はなにひとつ変わっていない。

 今でも自分を憎んでやまない。

 イリヤの胸に去来するのは、虚無だった。

 ただ、ただ、空しい。

 ぐちゃぐちゃした心を片付けたイリヤは、気を取り直してヒースに言った。

「俺に、心当たりが、もう一つ、ある」

「都市伝説のか?」

「そうだ」

「じゃ、任せた」

 相当煮詰まっていたのか、ヒースはイリヤに丸投げした。

「だったら、一旦解散して、また夜に落ち合おう。道場の敷地内に入る許可を、取らないといけない。それに、霊相手なら、やはり、夜がいいだろう」

 イリヤは珍しく、自分の考えをとつとつと話した。

「道場絡みなのか? また、夜に抜け出すのかー」

 きっちぃなぁ、とヒースはごちていたが、深夜に再び集結することで話はまとまった。

 教会に戻ると、廊下で騎士ごっこをしているヨシュアとジュートにかち合った。

「あ、また、イリヤだ!」

 ヨシュアが階段から降りて来た。

「ハイネがずっと、イリヤを探してたよ」

「ハイネが……?」

「絵本読んで欲しかったみたい。ぼくたちが読んであげるよって言っても、イリヤがいいって聞かないんだよ」

「ハイネってイリヤにだけ懐いて、可愛くないんだよねぇ」

 殴っても痛くない、スポーツチャンバラの刀を携えて、ジュートも階段を降りてくる。

騎士ごっこを中断されて、少しご機嫌斜めだ。

「俺はこれから、道場だ」

「あ、そっかー。今日、月曜かぁ」

 ヨシュアがスポンジ製の刀身をぶらぶら揺らした。

「イリヤはいいよね。道場の稽古がある日は、夕飯の当番免除されるんだもーん」

 ジュートは余計に当番が回ってくることを、不満に思っているらしかった。

「悪いな」

 イリヤはジュートの肩を叩いて、階段を上がった。

「しょうがないじゃん、ジュート。人にはそれぞれ理由があるんだよ。それより、あっち行こ」

 階下では、ヨシュアがジュートを連れて、どこか余所に行ったようだ。

 イリヤはクローゼットのある部屋に行き、道着を持って、再び外に出た。

 帯でぐるぐる巻きにした道着を背に背負い、街の中心部から東に外れた辺りにある道場を目指して歩く。


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