12 テンの理由1ー首なし男と井戸底女の霊
テンは噴水の淵に腰を下ろして、足をブラブラさせていた。
チャイナ服のスリットから、細い足が伸びていた。むき出しの素足が揺れるたび、雪駄がかかとにぶつかって、ぺちぺちと音が鳴る。
「テンちゃーん!」
正面から、ユジュンの明るい声がして、頭を上げると、手を振り走ってくるユジュンと、その後をぴったり着いて来る忠犬クーガーの姿が見えた。
「ユッちゃん!」
テンは噴水の淵から腰を上げて、表情を変えた。
ユジュンの顔を見るだに、気分が上がる。ユジュンは不思議な魅力を持った少年だった。人懐っこく、きさくで話しやすいし、誰にでも優しい。
ユジュンといると、こう、胸のあたりが、ぱぁぁと明るく、温かくなるのだ。
まるで、太陽のような子だとテンは短い付き合いの中で思っていた。
毎週日曜の朝は、ユジュンと太極拳を行うのが習慣となっている。テンとじぃちゃんは毎朝やっているが、朝の仕事が免除される日曜だけユジュンも正式参加するのだ。
「おっはよう!」
ユジュンが明るく朝の挨拶をした。
隣でクーガーも一声鳴いた。きっと、おはようと言っているのだろう。
「おはよう」
テンももともと細い糸目をますます細めて、そう返した。
「ほんなら、始めよか」
テンの祖父がテントから出てきた。
祖父と言ってもまだ五十代と若く、老人と呼ぶのは相応しくないような、壮年の男性だった。長いグレイヘアを首根で一つに縛り、テンとよく似たチャイナ服を身につけている。足下は、やっぱり雪駄だった。
市民の憩いの場所、噴水広場で寝泊まりするのも、ちゃんと市の許可は得てある。だから違法行為ではないし、悪漢にショバ代などを請求されるいわれもない。
世界中あちこちを旅してきたが、絵描きである祖父はこの街の景観をとても気に入っており、これまでになく滞在期間が長い。祖父は風景画を主に描くが、商売として現金を得るために似顔絵描きをしている。それが早くてよく似ていると観光客からは人気だ。その稼ぎのお陰でテンは人並みの生活が送れている。
祖父は凄腕の術者でもある。世間一般で『妖術』や『呪術』と呼ばれる術を習得している。霊感の強いテンは、自分の身を守る意味でも、進んでその技の教えを請うている。先日の幽霊屋敷で使った護符や技の類いは、全てこの祖父から学んだ術だった。
あれ以来、ヒースがかき集めてきた都市伝説を、ひとつひとつ潰して回っている。これまでに二件ばかり片付けたが、どれもが死人の怨念が絡んだもので、彼らの願いを聞き届けてやることで事件は解決を見た。
一件目の案件は、『真夜中に田畑を荒らす首なし男の霊』。四反の田畑に霊が居着いて荒らすせいで作付けが出来ない、とその集落の農家が長年嘆いていた。農家の人間の話によると、大昔、強盗殺人を働いた男がおり、罰として首をはねられたという。男は身寄りのない単身者であり、遺体がどこに埋葬されたかは不明だという話だ。
真夜中に現場を訪れてみると、なるほど、確かに一体の霊がいた。噂通り、首から上が、ない。田畑を耕しながら、何かをぶつぶつ呟いている。
よくよく聞いてみれば、
『首がない、首がない、俺の首が、どこにもない』
と念仏のように呪詛を吐いていた。
テンたちが話を聞こうと近寄ると、クワを振り上げて追いかけてきた。
『俺の首ぃぃぃぃ!』
「ギャーーーー!」
一行は悲鳴を上げて霊から逃げた。
意味不明なので、テンもユジュンもヒースもイリヤまでもが、脱兎の如く逃げた。
「おもっきし悪霊化しとるやん!」
「なんで、首がないのにしゃべれんだよ、クソがぁぁッ!」
そう絶叫したのは、もちろんヒースで。
テンからしてみれば、死霊相手に何を今さら、である。
その晩は、追いかけっこをするだけで終わった。
「なんで、この前みたく手ぇ繋がなくてもオレらにも見えるンだ?」
逃げおおせたヒースが肩で息をしながら疑問を口にする。
「あの件で耐性がついたってのもあるし、今度の霊が化け物としてこの土地に定着してるのと、認知されてるってのも大きい。せやから、シロートにも現のものとして視認できてる」
テンはとある仮説を提唱した。
翌日の午後、まだ日のあるうちに出直した一行は、攻め方を変えて、農民から墓地の場所を教えてもらい、クワなどの農具を借りて墓を暴くことにした。
無縁仏の墓を、片っ端から掘り返した。本来、墓地は霊の眠る神聖な場所であり、無理やり荒らしたりしたらいけない。それこそバチが当たる。だが、今回の場合は仕様がない。
「あの人は、首を探してるみたいやから、首のない死体か、頭部だけが分離してる死体を探そ!」
アースシアは火葬ではなく、土葬が一般的である。その辺は助かった。テンは自ら音頭を取って墓を掘り返した。
「何か、盗掘者になった気分」
ユジュンの意見に、テンは激しく同意した。
一時間ほども掘っていただろうか。イリヤが首なしの死体を掘り当てた。
「おい、首なしの死体が、出てきたぞ」
イリヤが屍蝋化した人間の胴体を、クワで突っついていた。
その付近を掘り下げてみたが、首だけが見つからない。
「後は、頭だけやね……この墓地には、埋まってないのかも。どっか別の場所に……」
「どーすんだよ、テン」
打つ手がなく、ヒースはテンに詰め寄った。
「うーん」
テンは霊感を働かせた。しばらく、うろうろ集落の中を歩いて、ピンと来た場所で止まった。そこは、桜の木の下だった。
「おいおい、テン。まさかこの下か? よく、桜の木の下には死体が埋まってるとは言うけどよぉ」
「でも、ヒース。ここに小さな女神像が建ってるよ」
ユジュンが桜の木の根元、すっかりくすんでしまった、もとは白であったろう小型の女神像を指さした。
「掘ってみる価値はある」
テンはクワで木の下を掘り始めた。すると、全員が、黙ってクワを振るった。言葉はなくとも通じるものがある。
「あ、頭や!」
テンはクワを放り投げて、人の頭部らしきものが埋まっている辺りの土を手で掻いて掘り出した。
それは確かにかつて人だったものの頭部だった。
「この人で、間違いないね」
テンは風呂敷を広げると、取り上げた頭部を包んだ。
「げ。テン、よくそんなもん素手で触れるな」
えんがちょと、ヒースが口の前でバッテンを作った。
「ヒース、そんな言い方ないじゃない」
ふぅ、とユジュンが侮蔑の吐息を吐いていた。
その夜、首を持って、首なし霊に会いに行くと、
『小僧めらが、懲りずにまた来たのかぁぁ』
と、また襲いかかろうとしたしたので、先頭に立ったテンは風呂敷包みを差し出して、
「あなたの捜し物は、これでしょう?」
包みを広げて見せた。
屍蝋化した生首が、月夜のもと、晒される。
『あ、あ、ああ……俺の首!』
霊はクワを捨てると、よろよろと首に向かって歩いてきた。
そして、首を手に取って、自らの首の上に乗せた。
すると、霊が光り輝き始めた。
みるみるうちに、骨と皮だけの痩せた身体が、腐敗を免れ蝋状と化していた頭部が、生きていた頃であろう姿に戻った。
『おまえたちが、俺の首を探してくれたんだな。ありがとう』
気の毒な首をなくした霊が、光となって消え、天に昇っていく。
テンが広げていた風呂敷の上には、いつの間にかトパーズが乗っかっていた。
「あ、なんや、これ?」
テンが触ろうとすると、トパーズは粉々に砕け散った。
『第二ゲート、開放』
またぞろあの電子音が辺りに響いた。
しんと、静かな夜が戻ってくる。
事後報告に行ったときによくよく話を聞けば、男の死体の処理に困った当時の農家たちが、どういう行き違いか、首と胴を別々に埋葬してしまったらしい。もしくは、男に思いを寄せていた娘が、首だけを持ち去って、桜の木の下に埋めた、とも伝わっている。集落の最長老が思い出したかのように、そう語った。
「なら、最初っからそう言えよ!」
ヒースはご立腹だった。
霊が成仏したことで、それ以来、その集落では元通り四反の田畑に作物の種をまけるようになり、平穏無事を取り戻したのだった。
二件目は、『井戸の底の化け物』だった。また、別の集落で、枯れて久しい井戸があるという。様子を見に行った一人が犠牲となり、続いて井戸の底に降りた男二人が戻り、相次いで化け物が出た、と証言したというのだ。
集落の人間によれば、昔、井戸に落ちて命を落とした少女がいたという。
「ボク、試しに行ってくるわ」
テンは先駆けを買って出た。腹にロープを巻いて、その先を近くの大木に結んで、イリヤたちに長さを調整してもらう。テンはロープを握りながら、井戸の壁面を蹴って、底に降りていった。底には、浅く水が張っていた。目を凝らすと、犠牲になった者らしき人骨が転がっていた。
「ひっ!」
テンは飛び上がった。
そんなものに驚いている場合ではなかった。ぼやぼやしている間に、新たな獲物を食らわんとする化け物が、水際からぬっと顔を出したのだ。
「ぎゃあ!」
足首を化け物に掴まれたテンは、悲鳴を上げた。
井戸の底から、人の頭が現れ、テンに向かって手を伸ばしてくる。それを振り払って、テンはロープを引っ張った。
引き上げてくれ、という合図だった。
「悪霊退散!」
テンは霊符を化け物の額に貼り付けた。一瞬、化け物の動きが止まる。足首の戒めも解けた。こんな狭い場所では剣も振るえない。圧倒的不利である。
イリヤとユジュンとヒースが、協力してロープを引っ張ってくれている。テンの身体は少しずつ浮上した。テンは自らも井戸の壁に指と足をひっかけて、駆け上った。
だが、化け物が井戸の壁をよじ登って追いかけてくるではないか。
「アンタはもう、死んでるんですぅぅーー!」
テンは一気に井戸を駆け上がった。
井戸から出ると、ロープを引っ張っていた三人が、急激にたわんだせいで後ろによろけて転んでいた。
「はあ、はあ、はあ!」
「なんだよ、テン! いきなり自力で登って来やがって! ロープが緩むだろうが!」
ヒースが文句を垂れるが、それどころではない。
化け物が、井戸から地上に出てきた。
「うわ! なにあれ!」
ユジュンが驚くのも無理はない。
化け物はおそらく、少女。長い黒髪が顔を覆い隠しているばかりか、身体にも絡みついている。髪の隙間から時折覗く目は血走っていて、正気の沙汰ではない。白っぽいワンピースに身を包んではいるが、それもボロボロだ。そして、化け物じみているのは、四足歩行をしている点だった。蜘蛛のように、不気味にこちらに向かってくる。
「あれが、シュシュの霊、か」
イリヤが少女の霊を、そう呼んだのは、井戸に落ちて死んだ少女の名がシュシュだと集落の人間に教えられていたからだ。
テンが先ほど額に貼り付けた霊符が効いていて、シュシュの動きは鈍い。効果が切れる前に、決着を付けようと、テンは腰の神剣を抜いた。霊力の付与された、特別製の霊験あらたかな剣だった。
「ほんだら、一発やるで」
テンは剣を右手に構えを取った。
「テンちゃん、頑張って!」
「行け、テン! あんな化け物、やっちまえ!」
ユジュンとヒースの応援を背に、テンはシュシュに向かって行った。
「はぁぁぁ! 浄化!」
霊符ごと、剣先でシュシュの額を貫く。
光が傷口から拡散して、メッキが剥がれるかの如く、シュシュの姿が変化していく。長い黒髪は三つ編みに、ワンピースは純白に、剥がれていた爪も元通り、血走っていた目もグリーンアイに戻る。
『私を、あの狭く深い井戸の底から連れ出してくれて、ありがとう』
シュシュの霊は浄化され、そのまま天に召されていった。
途端に、背後で爆音がした。
涸れ井戸から、大量の水が噴き出したのだ。まるで、水道管が破裂したかのような騒ぎだった。
水柱の中に、ブラック・オパールが浮いて、輝きを放っていた。
吹き出した水が落ち着いて、井戸が新鮮な水で満たされると、その宝石は砕け散った。
『第三ゲート、開放』
またしても電子音が響いた。
聞き間違いか何かかと、誰もそれについて言及する者はいなかった。テンたちにはそれが何を意味するのか、さっぱりだった。
こうしてこの案件も解決を見たのだった。
テンはともかく、仲間たちに怨霊の悪害が出ないよう、護るので必死だった。教会で暮らすイリヤも多少は退魔の力を使えるようだったが、攻撃、護り共に力を発揮するのは主にテンだった。だから、進んで前に出た。仲間たちとの冒険を楽しみたかったのだ。
お疲れ様です。
太極拳の下りで早くも齟齬が出始めておりますが、見逃して下さい。
次回もテン目線で物語は紡がれます。よろしゅう。
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