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カリフォルニア・ロールド・ハロウィン前編

始めましての方は初めまして。

お久しぶりの方はごめんなさい。お待たせしました。

  黒檀木目調の静かな執務室に一塊の煙が髑髏の形をとってケタケタと笑っている。

「なんて言ったかな、・・・ああ、成敗か」

 デスクに座り、糊の付いたスーツに身を包む執務官とは対照的である。

 黒のソファーに半ば眠るように掛け、口元の葉巻から煙をたなびかせる男はまるで時代錯誤な風体であった。口元の煙は渦巻き逆巻き散り消えず。男は革製の帽子にどこまでがマントか区別がつかないローブを纏っていた。

「良くあるでしょう。外国で間違った日本文化が広まっているときに。お偉い文化人がわざわざ現地まで出向いて行って、『それは違う』って言いに行くやつですよ。」

 両手を前で組んだ執務官が口を開いた。

「それで、わざわざこの『未開の地』まで啓蒙にいらっしゃったと?」

「イグザクトリー」

男は葉巻を手に取って手を伸ばし、答えた。

「貴国の『ハロウィン』は我々魔術協会にとって冒涜でしかないんだ。そう。君たちの言うところのカリフォルニア・ロールのようにね。」


「ご理解いただけましたかね?」

 執務官は苦い顔をする。

「仰ることも理解できますし、協会側の懸念も尤もだと言えます。しかしですね、実社会への干渉、それもわが国以外の魔術協会の干渉は」「これは」

フゥーと紫煙を吐いて魔法使いロイド・リュースが遮った。

「最後通牒、いや、ある意味で事後承諾的な会談ですよ」

 執務官の顔がこわばった。

「日本の魔術協会、陰陽なんとかでしたかな。あなた方はあまり問題視していないようですが、ハロウィンは死霊踊る宴、祖霊を祀る日本の・・・そう。オーボンと同じです。我々の本国では不正な死霊召喚などに万全を期していますが、この国はどうだ。」

ロイドはどこからともなく取り出した昨年の新聞をパンと平手で叩いて見せた。

『今年もやったハロウィン騒ぎ』『渋谷で乱闘』『負傷者出るも機動隊出動せず』ビルから俯瞰で撮影された人込みと乱痴気騒ぎが煽情的な文言とともに一面に踊っている。

「実社会でサバトじみた疑似儀式が行われているのに。あなた方ときたら!全くお笑いだ!」

 ロイドは大仰に構えて見せた。執務官は反論しようとした。

「し、しかし、あなた方にとっては他国の騒ぎでしょう。欧米諸国ならともかく、ハロウィンの霊的基盤がない本国では、どんな術式も発現しようがないではないですか。そもそも海を渡った霊的儀式など。」

ハハハとロイドは乾いた笑い声を上げた。掲げた右手のローブから蛇めいてハイクラスLANケーブルがはい出し、銀の指輪に絡みついた。指輪のアメジストが淡く輝く。

『ユビキタス』

ロイドは右手を執務官のラップトップPCに翳す。執務官はぎょっと目を見開いた。PC画面がジジジ…とロード画面に切り替わり不鮮明なノイズが走った。

「クケケ…」

さながら子供が小窓をよじ登って室内に忍び込むように、赤い皮膚の餓鬼めいた小鬼がまるでビニール幕を破るようにモニターから這い出してきた。

執務官は慌てて防御姿勢をとる。こわばった顔に一筋の冷や汗が流れた。

だがそれをあざ笑うかのように小鬼はぴょんとデスクを飛び降りてロイドのもとへ駆け寄り、その長大なマントを伝って登り、右肩に腰かけた。

執務官は腰を抜かしたように目を白黒させている。

「これは・・・転移系の口寄せでは・・・電子的接続を媒体にした召喚?ネット回線からの遠隔召喚ですか?」

冷や汗を流す執務官をよそにロイドが小鬼を一撫ですると、その姿は霞のごとく掻き消えた。そして口を開く。

「その通り。さすが執務官の椅子に座るだけの目はお持ちのようだ。術師の力量のある者が上にいる。いい国だ。そして、」

ロイドは紫煙を一服し、一呼吸おいて続けた。

「やはり貴方に話を持ってきてよかった。」

咄嗟に構えた呪札をばつの悪そうに袖口にしまいながら執務官は尋ねた。

「しかし、信仰を基礎とする魔術は、その、電子科学技術とは相いれないはずでは・・・」

ロイドは肩をすくめつつ、答えた。

「時代が変わったんだ。科学が魔術を駆逐していたのも今は昔。科学は魔術すら取り込んで、次の次元へ進歩させつつある。」

右手の指輪の輝きが失せ、LANケーブルは力なく巻き取られていく。

「ネットもしかり。今やアラスカで儀式を行い、南極に邪鬼を送るなんて造作もない。単純な『お祈り』なんて、演算素子にさせておけばいい。今、ワルモノが欲しがるのは、未だ機械が作りえない、人が生み出す混沌なのさ。」

ローブを翻したロイドは扉を開けることなく霞に巻かれるかのごとく部屋から消え去った。


「で、うまくいったの?」

タイトスーツに身を包み、パネル操作で右ドアを開けた女性がロイドを車内に招き入れた。

「上々。やっこさん、マジメが過ぎるな。」

そう。と答え、ヴィクトリアはパネル操作でアクセルを噴かせた。ヴォウ!と熊のような唸りを上げて、外交官ナンバーの漆黒の車は滑るように国道へ出た。

「あなたの手品も役に立つこともあるのね。」

「失敬な!」

カチリとシートベルトを確認したロイドは抗議する。

「手品は手品でも高度な手品だ。」

「一緒でしょ?」

ピピッとモニタをスライド入力し、ヴィクトリアは一瞥もせず目的地を入力する。

「ハッタリも要は使いようだよ。」

 魔術が科学に飲み込まれた今、たとえ『万能の魔法』を使っても魔法科学的に十分な防備を敷かれた施設を昔のように我が物顔で歩くことは難しい。

 ネット回線を介した召喚もそうだ。

 空想の存在である使い魔達も、電子世界ではただのデータの羅列でしかない。ある程度腕のいいウィザードならその侵入を感知し、遮断し、あるいは除霊することだって可能だろう。そういう意味では、ウィザード(凄腕ハッカー)が真の意味でウィザード(魔法使い)となったとも言えるが。

 要約すればインターネット回線を介した遠隔召喚は安いセキュリティソフトのファイアウォール一枚で十分妨害できる。

 ならばロイドは如何にしてパソコンを介した召喚を行ったのか?種明かしをするなら、ロイドはネット回線を使っていない。そもそも遠隔召喚などしていないのだ。

 ロイドはただ執務官の端末を「出口」に指定し、指輪を使ってマントの中に隠した小鬼を電子魔術で転送したに過ぎない。執務官の「勘違い」を訂正する親切心なぞロイドは持ち合わせていない。

 失望したようにヴィクトリアがため息をつく。

「金属線を介した有効な接続があるのに、外から使者一匹すら満足に送れないなんて。みじめね。太祖が見ればさぞ嘆かれることでしょう」

 ヴィクトリアは足を組み、タイトスーツから白磁のような足を覗かせている。片手をハンドルに乗せているだけで、その足はペダルに触れてすらいない。ただ、パネルにオートクルーズの文字が表示されているだけだ。そこに魔法の「Ma」の字もない。

 曰く、「本物の魔法使い」。旧教会の秘蔵っ子。そう言われて派遣されてきた彼女の本名をロイドは知らない。ロイド達を「まがい物の手品師」と見下す彼女は片田舎の出と聞いていたが・・・初めて見るはずの最新の機器を難なく使いこなしている。

 と言うよりそもそも、自動車運転免許を持っているのだろうか?

「結局、魔法は、科学には勝てないのかねぇ?」

そうごちるロイドをじろりとヴィクトリアが睨む。

「はいはい。まあ、今の体たらくな魔法使いじゃ、現代科学の質量文明には対抗できないってやつだ。俺にもっと力があれば、今頃そこらじゅうのオフィスをパソコンから生えた小鬼だらけにしてやるさ。」

むっとしたヴィクトリアがつぶやく。

「だから、あなたの使っているのは魔法ではないと言っているのだけど。」

「はは」とロイドは乾いた笑いを返す。

 科学という名の巨人はそれとは知らずに魔法文明を踏みつぶし、そしてその先へと歩みを進めている。魔術の栄光の時代は既に去り、今や魔法使いはその巨人の足にしがみついて振り落とされまいともがく憐れな存在でしかなかった。

 だからこそ。

「だからこそ、ありもしない復権を望む者もいる。か」

 町並みはプラスティック製のランタンが発するオレンジのLED光に包まれていた。10月30日、会敵予想時刻まであと24時間。


 地上は既に沸騰寸前の様相を呈していた。あちこちで小競り合いが起き、交差点でひしめき合う人々はいつ雪崩れだすともしれない。

 ロイドたちの目的は「ハロウィンを事故無く終わらせる」などと言う優しいものではない。この国のこの地域から「ハロウィン自体を消し去る」ことだ。

 術式自体は古来からある「護国の祈り」の変形だ。同じ目的を持った人々の祈りを束ね、術式ごと土地に打ち込む。

 龍脈に定着した「ハロウィン殺し」は一度成功すれば地獄の蓋が開く10月に毎年きっちり発動する。人々から乱痴気騒ぎを起こす活力を奪い、その精力を以て回路を回し、霊的な封印を発動する。

 効果範囲にある人々は足早に帰宅し、ハロウィンのニュースを見ることなく床に就くだろう。それをこの国ではなく、他国の魔法機関が独断で行おうとしている・・・

 この国のお偉いさんはさぞお怒りだろう。内政干渉どころか暴挙ともいえる実力行使に魔術協会が踏み切ったのも、昨年の「ハロウィン大悪魔召喚未遂事件」が元だ。

 狂気に浮かされた魔術復権団体による悪魔降臨。本来、大規模なサバトを要するそれに当局が気付かぬ訳もなく、事前の防御は万全だった。

 しかし、ふたを開けてみればなんとやら。現実ではあと一歩のところで大惨事となるところであった。

 地獄から這い出した悪魔が限定奇跡「御手降臨」により地獄の門へと叩き返されなければ、今頃欧州の数都市が壊滅、株式市場は混乱し、世界的な恐慌が起きていただろう。多大な爪痕を残すはずの事件はしかし、潜入魔導士の殉職とカルト団員数名の死亡にて幕を閉じた。

 そして、その悪魔召喚の魔力源こそが世界各地の「ハロウィン騒ぎ」であった。

 当局の目の届かぬ他国で得た魔力を、これまた全くの警戒の埒外にあるインターネット回線を利用して集め、また世界中に張り巡らされた光ファイバーケーブルを魔法陣に使うと言うまさに惑星規模の悪魔召喚。

 後になって全容を知りえた当局は、正に神霊を呼び出す規模の召喚テロリズムに恐怖し、そして何よりも自らのあずかり知らぬところで発展していた科学文明の巨大さに恐れおののいた。

 そもそも科学技術を用いること自体に嫌悪感を示す魔術カルトがこのような手の込んだ大規模テロを計画できるはずがない。彼らに電子‐魔術変換技術をもたらし、よからぬ計画を吹き込んだ何かしらの黒幕が居るはずだ。

 しかし、未だ尻尾を見せぬ得体のしれない組織を追うより、当局は短絡的かつ直接的な解決策を選んだ。得体のしれぬ召喚テロを前に、恐慌に陥った当局が最も魔力供給の多かった国に直接封印式を打ち込むべしと決定を下すのにさほど時間はかからなかった。


 それが、この日本だった。


 この決定を前に、日本には協力を申し出る者、逆に過度な内政干渉を嫌う者、あるいは面と向かって妨害を試みる者、反応は様々だった。

 だが我々の動きはそこそこ迅速だった。日本の魔術協会が動き出すより前にメディアを買収し、昨年の暴動を繰り返し報道させた。

 結果として今やSNSやインターネット掲示板、連絡アプリには質はともかく「ハロウィン中止すべし」と言う電子の祈りが溢れている。後は簡単な話だ。


・東京の龍脈エミュレーションを以て各霊地に見立てたサーバーへSNSトラフィックを収束(phase 1)

・術式をもとに祈りを抽出して魔術的な楔を生成してその地に打ち込み(phase 2)

・ハロウィンのバカ騒ぎから活力を奪って術式を発動(phase 3)


 以て恒久的に発動する「ハロウィン殺し」の完成である。この術式の蓋は少なくとも日本全土をカバーするだろう。

 これでもう、この国ではハロウィンのバカ騒ぎは起こらない。


「・・・ヤカグチ組、カチオン・グループ、ハードバンク・ホールディングス、ハナビシ重工、計20以上か。そうそうたるメンバーだな。」

 ロイドは日本側のスパイから端末に送信された今回の計画へ敵対的な日本企業、あるいは対抗勢力を雇った可能性の高い組織の一覧を眺める。

「明日の夜は花火大会だな」

ふうとため息を漏らすロイドにヴィクトリアは興味なさげに答えた。

「特等席で眺めておくわ。せいぜい小虫を追い払っておくことね」

「アイアイサー」

ウォウ!と唸る漆黒の車は高速道路のオービスをすり抜けて闇夜の中へ消えていった。


少しでも皆様の楽しみになれば。

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