昔は事実になんて興味はなかった、ただ闘えれば。 筆:月輪あかり
7話目に突入しました!
壁の向こうに広がる世界はいったい……
「ここは桃源郷。感染者のいない国だ」
見渡す先にあるのは――平和だった。
いくつかの民家が並び、緑が多く、人がいる。子供がいる。
聳え立つ壁が灰を守り、ここで生きる残された人類は外の世界を忘れたように幸せそうで、無邪気でいる。
川は流れていなかった。灰を含んだ水をここに持ち込まないためだろう。影響の届かない地下深くの井戸を引くことで水を得ている。
家畜もいるようだ。牛舎などが見受けられるし、畑だってあった。北の奥深くの果てだからか気温は低く寒いが、快適そうではあった。
「わぁー!」
子供たちが爺さんに駆け寄って、集りだす。それに対して爺さんの対応は優しく、まるで孫を見つめるような表情だけど相手にはしていない。……たぶん遊び方が判らないんだ。この爺さん、不器用にもほどがあると思うのは俺だけか?
「あれー、赤ちゃんいるよ!」
「あっホントだ! えーかわいくなぁーい」
「ぶっさいくぅ! アハハハハハ!」
奥義使おうかな。
……無邪気なのは解るが、お灸を据えるという意味でぜひこの子達には氷像になってもらいたいと思う。
誰がぶっさいくだよ!
「名前はエターナルフォースブリザード。……遊んでやってくれるか?」
「うわー、ダサ!」
「なにその名前ながぁーい」
「お爺ちゃんセンスないのぉ? アハハハハハ!」
ちょっ、ちょ、ま、爺さん待って! 待って!
その顔ダメだよ! 子供たちに本気出そうとしちゃダメだって気持ちは判るけども!! 手ぇ出しちゃダメ!
……爺さんがマジで人殺しそうな顔し掛けたので全力で宥めにかかる。
しかしこの子供たち絶妙にイラつくなおい……。
キャッキャとはしゃぎまくる子供たちを爺さんが堪えながら適当にいなし、他に注目が行ったその瞬間にお得意の縮地で逃亡したところだ。
しかし、改めても平和だなぁと思う。
だって、外には蔓延するウイルスと鬼がいる。なのに、ここにいる子供たちは幸せそうなんだ。純真でいられるんだ。なにも恐れず、なにも気を遣わず、配慮なんかしないで、思ったことを素直に言える。実はそれはとてもいいことで、とてもすごいことだったりする。
「皮肉なものよな。いつか鬼を責め立て、遠くの孤島へと追いやった俺達が逆に今、こうやって窮地に立たされている。……人間の鬼ヶ島だ、ここは」
一人、爺さんがぼそっと呟いた。
――言い得て妙な話だと俺でも思う。事の発端こそ判らないものの、人間は鬼を攻め、鬼は今逆転しようとしている。
まるで子供の喧嘩のような応酬だ。
負のスパイラルを裁ち切る術はなく、どちらかが絶えない限り繰り返されるような……考えてゾッとする。
そんな感慨をよそに、爺さんが向かったのは桃源郷の最奥、関係者以外立ち入りを禁止するようなハザードマークが金網に貼られ、コートを挟んだ工場のような施設だ。
ものものしげなこの建物は民家の多い中央から外れた場所にあり、人の往来が目に見えて減った。
そんななかで爺さんは金網に手をかけると臆することなく敷地に入り、扉まで近付けば、指紋認証パネルに掌を押し当てる。――ガチャン、とロックの外れる音がすれば、ズゴゴゴと扉が引き摺られて開いた。
……時代背景は聞いちゃダメだよなコレ。うん。
家の作りだとか、服の質だとかは昔々のそれなんだけどたまーに出てくる物はすごいSF。
スチームパンクにしてもなにが特化してるのやら……。
なかに入ると、いくつかのブロックに分かれてビニールカーテンで間引かれた廊下を突き進んだ。
ちらほらと白衣を纏う研究員がそのカーテンへと消えていく。ビニールカーテンは、モザイク調で中を見通せないがシルエットは浮かんでいた。
……人体実験か? たまに遠くから聞こえる叫び声や、ガタガタとうるさい音、そしてカーテンの奥のシルエットに、ふいにそう考える。
全体的に仄暗い室内は恐怖を煽るし、空気が陰鬱として重い。もしかして誰か死んでるのか? 異臭もする気がした。
「見るな」
爺さんが気遣ってくれるなか、たどり着いたのは突き当たりの扉。ガチャリとドアノブに手をかけ、踏み込んだそのなかには一人の……毛むくじゃらなおっさんがいた。
「んお、マスターでねぇですかぃ! こりゃまた急に」
「久しいな、サル」
「へへへ、その呼び方も懐かしい。いまじゃ〝管理人〟としか呼ばれませんでね」
「紹介しよう、エターナルフォースブリザード。桃から生まれた赤子だ」
「ほほぉこりゃまた……因果ですかな。それと、ネーミングセンスは相変わらずじゃねぇですかぃ、マスター」
お、おう……桃源郷に来てからというもの、俺の名前が受け入れられなくてホッとするばかりだな。やっぱ爺さんのセンスは間違ってるよ! 人名じゃねぇもん!
このおっさんと握手してきたくなってくる。
「む、ぐぅ……麗刃の時は文句を言わなかっただろう」
「それ以外はまともな名前じゃないですぜ。キジの奴ぁ本名を名乗らなくなりましたからね」
「なっ……」
「あっちと犬の野郎にゃ当時より名前があって助かりましたわ。キジが不敏でしゃあない」
「あいつを育ててやったのは俺だぞ……?」
「唯一の孤児でしたから。まぁ、今では良き思い出ですよ」
「半世紀以上昔の話か」
「あの頃は楽しかった」
……なんか不思議な話だな。じっと聞いてたけど、よくわからない。
麗刃って、純血の鬼の奴だろ? なんでいまこの話題に出てきたんだか。……まるで自分が名付け親みたいな話だぞ。
それに、サルと通称されるおっさんがキジとイヌとまで言いだした。
コードネームかなんかだろうが、まるでどこかで聞いたような……。爺さんのことを目上のようにマスターって呼んでるし、昔からの知り合いみたいだし、考えてくるとこんがらがってくるな。
なにかあとひとつで絡まった紐がほどけるような
、そんな気がするんだけど……よくわからないモヤモヤを片隅に、爺さんとサルの会話に耳を澄ませる。
「……そういえばこの赤ん坊には、昔話は聴かせてあげたんですかぃ?」
「いや、……なんで自分自身で語らなければいけない」
「面白いじゃないですかぃ。過去の英雄桃太郎が直々に語る、武勇伝ですよ。ぜったい面白い!」
「昔の話は寄せ、俺は祭り上げられただけなのだ」
「英雄は英雄ですよ、四半世紀は平和でしたんで。――ね、我がマスター、桃太郎さま。」
……いやいやいや、俺が主人公じゃねぇのかよ!
桃から生まれた桃太郎Jr.、またの名をエターナry




