爺さんは決意を胸に。 筆:月輪あかり
とうとう5話目!
果たしてどんな物語になっていくのでしょうか……?
と言っても赤子である俺に対して出来ることはなにもない。
肉体訓練にしても何にしても、普通早すぎるだろ。俺が意思疏通できるほどの知能を持った赤子であることは気付いてるようなんだけど、爺さんもさすがに今すぐという訳ではないようだ。
だからなのか知らないが、俺に様々な事を教えてくれた。ざっくり言うと、読み聞かせ。その内容は、俺の仮説は正しかったって感じ。
――鬼化ウイルス‐OGREはこの世界で約三十年前、旧鬼ヶ島から火山が噴火した際に行き渡った灰が原因だとされている。
症状は確認されている時点で三段階。
其の一。言動に統一性がなくなり、古い記憶から蝕まれるように無くしていく。
其の二。細胞変異、肉体の形状が人のそれからかなり逸脱した異形のものへと変わる。(個人差あり)
其の三。細胞の結合と解離。変質と拡張を繰り返した末、存在を維持できずにボカン。破裂するという。
事実これで灰の影響をもっとも受けたナパージ(東の島国)の人口は七割減少し、今でも症状を訴えるものは後を経たない。世界情勢的な物の見方としては灰が大陸には至らずナパージ全土のみで済んでいる現状ウイルスをそこで完結させるため、ナパージ国民は国外への逃亡禁止を強要され、国一つの犠牲でOGREの進行を止めようとしているようだ。
それほどまでに恐ろしいものであるのは、今は氷塊と化している婆さんのその様を見れば理解も出来る。
汚染地帯から逃れられない爺さん始めとした国民は、溜まったもんじゃないだろうが。
そんな婆さんはステージ2。一番最後、更なる変質を見せていた時はもう3に至っていたらしい。あそこまでの段階にまでいけばもう救う手段はなく、爺さんの決断も納得できた。
――まぁ、自分で手を下せは、しないよな。
俺に押し付けるのもどうかと思うが、今となっては責めるつもりになんてならない。
『桃鍋じゃぁ~!』婆さんだったけど、それでもあんたの愛した人なんだもんな。
灰についてだが、普通に考えて火山灰にウイルスなどが含まれているわけはない。鬼ヶ島という大地がいくら瘴気を含んでいたとしても。
爺さんはそれに関して、目星がついているようだった。
「名は麗刃。純血の鬼だ。OGREが作られたものだとして、それを成せるほどの頭脳をもち……現存する最後の鬼は、彼女しかいない」
なんでそんなこと知ってるんだ、って聞いてみたけど、答えてはくれなかった。鬼ヶ島が鬼ヶ島じゃなくて旧鬼ヶ島という名称なのも気になるし、そこらへん昔に何かあったのかも知れない。
ともすれば当面の目標は旧鬼ヶ島にいる麗刃の捜索。もといウイルス生成機の破壊。OGREの流出を止めればこれ以上の被害は止む。少なくともこれ以上感染者は増やすべきじゃないだろう。
ワクチンだか何だかで治すにしろ、元を止めなきゃいたちごっこだ。
◆ ◆ ◆
そして。
「この山荘はOGREから逃れるために旧鬼ヶ島よりもっとも遠く、山と山の間にあり、灰の届かない場所として見つけ買った」
おんぶ紐を俺と自身の身体に巻き付け、雑ながらも手間をかけて俺を背負ってくれた爺さんがポツリと呟く。
それは後悔というべきか、疑問というべきか、見積もりが甘かったというべきか……爺さんのあらゆるネガティブが籠ったような声音で、ぞくりとした。
――マッチ棒を放る。
「全てはマリアの進行を止めるための逃亡だ。灰に当たらなければ、気化した汚染区域に侵入しなければ、条件は難しいが、悪化はしない。蝕まれる記憶はあっても、思い出は作り続ければ住む話だ」
なかなかにロマンチストな事をいうイケオジ……だなんて茶化せないな、これは爺さんの決意なのだから。
「いつどこで灰に触れたんだマリア……頑張ってきたのに……あと少しで、完成したんだぞ」
……俺は上流から、そしてとても長い時間を波に揺すられて流れてきた。俺がどれくらい眠っていたのかは知らないし、いつから桃のなかにいたのかも知らないけど、可能性として桃に灰が付着していた、とかも考えることはできる。俺は果肉に守られたとしても、触れればアウト。桃を持ち帰ったのは婆さんだ。
その可能性も、無論爺さんは考えている。可能性どころか確信にも近いだろうな、タイミング的に見て。
それでも俺に八つ当たりしないのだから、爺さんは強い。
「マリア……。マリア」
言い直したその言葉は、今までの悲観したそれとは打って変わってパワーに溢れている。
ぼうぼうと燃え上がる木造一軒家を見つめ、後ろを断った今前しか向けないのだと自分に言い聞かせたのかも知れない。
「俺は世界を救うぞ」
火の粉が舞い、顔を照り付けるその熱に思わず険しい顔を浮かべてしまいながら。
何度も何度も繰り返して、何度も何度も決意を新たにして。震える拳を殺すように一度握り締めたその手を緩ませ、懐から取り出すのは小瓶だ。
爺さんは――OGREの流行から三十年間、ナパージを救うためにワクチンの開発に婆さんと二人取り掛かってきたらしい。あと数週間さえあれば、希望も見えたのだという。
しかし。
「あと少しで完成だったんだ」
崩れ落ちるように膝を落とした爺さんに連れられて、背負われている俺は急な転落にどぎまぎするなか。
きゅぽっとコルクを外す音が奏でられ、小瓶の中身が開封される。揺らめいたのは黄色い液体だ。
それを――燃え上がる家、溶ける氷像へと振り撒く。
赤い光を跳ね返す液体はキラキラと輝いて世界を染め、いずれ氷像へと至り。
――――爺サン愛シトルヨ……。
「~~~っマリア! あ、ああ! 俺もだ! 俺も――くぅ、うう……」
その奇跡に、涙して。
◆ ◆ ◆
「北の地域に、俺の信頼できる奴がいる。旅の途中ではお前に奥義以外の魔法も教えよう。その名も、フォン・ド・ボーだ」
全焼した家を背にして、爺さんは気を引き締めた表情を浮かべ今後の方針を提示する。俺に魔法を教えてくれるようだがどっかで聞いた名前のような……?
あー……あーっ! 料理名! 詳しくないけど料理だよ! あーっそれだ! いや、えぇ……?
ファン・ド・ボー……相手は死ぬ。




