新たなる脅威 筆:遊月奈喩多
桃源郷から出て、森を抜けるまでの日数はまだ数えていたけど、それからは数えていない。
波の音が聞こえる海岸線を走り続けて、何日が経っただろう。最初こそ初めて見たらしい海の広さに圧倒されていたらしいゴウガも、今では慣れてきている。それくらい長いこと、海岸沿いを移動しているのだ。
そして、今は……
「そろそろ着くのか、旧鬼ヶ島に!?」
「カグヤ、わかるか?」
『現在いる位置から旧鬼ヶ島の見える地点までは、あと100kmほどの距離があります。それと、現在地に向かってまた鬼が集まっている……!』
Grrrrrrrrrrrr……
聞こえてきた唸り声は、ひとつやふたつではない。背中合わせになって周囲を警戒する俺とゴウガの前に群れをなして現れた鬼は、もう元がどんな人間だったのかわからない有り様だった。
ある鬼の皮膚は赤黒く変色して、背中から生えた錆びた鉄のような色の骨張った手は、忙しなく虚空で蠢いている。一部の溶けた皮膚からは肋骨が露出して、その空洞には何か別の生き物が住み着いているのか、時々不自然に皮膚が動いていた。
別の鬼は、右半分と左半分でそれぞれ違う意識を持ったふたりから成る外見をしていた。お互いがお互いを護ろうとしているのか、ふたつの顔が絶えず唸り、俺たちに向けて殺気を放っている。
他にも、顔が胸にきていて首のあるべき場所には大きな牙をたくさん生やした口がついている鬼や、下半身を覆う無数の手で蜘蛛のように移動してくる鬼もいるが、やつらに共通しているのは、あるひとつの事柄。それは、本来なら野営地にもできて食料も安定して調達できる森を抜けなくてはならなかった理由とも重なる。
この近辺に来てから、鬼――OGREウイルス感染者たちは全員、俺たちふたりを目掛けて、集団でやってきている。
「休ませてもくれないらしいな、こいつらは!」
臨戦態勢に入るゴウガの声にも、疲れが見えている。ただでさえ麗刃からの精神干渉を警戒しなくてはならない身の上だと自覚しているうえに、そこに畳み掛けるように無数の鬼たちがやってくるなんて……!
もちろん、それは俺も同じことだった。移動するのにも能力を使わないと立ち行かない以上、連戦は堪える。
だから、ここらで終わらせなくてはいけない――少なくとも、こんな集団戦は!
「…………」
一瞬、爺さんから受け継いだ刀に目が行く。
これの能力を“解放”すれば、もしかしたら……?
けどそれはたぶん切り札みたいなものだ、それに下手なタイミングで使うと危険を伴う気がする。当分は刀として使うのがいいのだろう……。
それなら、もうひとつのプランの方が現実的だ。
「ゴウガ、この辺り一帯、この鬼たちと違う気配って感じ取れるか?」
「違う気配?」
「あぁ、それも、ここら辺をちゃんと見られる位置に……ひょっとしたらあるはずなんだ、別の気配が! ……うおっ!」
あぁ、くそ! 話をしている間にも鬼はどんどん迫ってくる! 合成獣みたいに無理のある生え方をした腕や触手を振るいながら、紛れもない殺意を向けてくる鬼たちの猛攻を避けながら話すのは……わっ、危なっ!
「探れなくはないが、たぶんそっちに集中することになるぞ、…………とっ!」
ゴウガはさすがというかなんというか、素手で普通に対抗している。確かに、鬼の血を引いている云々以前に、元々ガタイもいいからなぁ、ゴウガは! そんなゴウガがしばらく戦闘から抜けるのは痛手でしかない……だが!
「それでも、たぶんここまで集中し続けるのもそれで終わりにできるはずなんだ! なんとか時間稼ぐから、なんとか探してくれ、ゴウガ!」
「おう!」
ゴウガが集中しているのがわかる。前にランの中に眠る麗刃の気配を感じ取ったように、きっと見つけ出すに違いない……その辺りを見下ろすことのできる場所にいる気配を――――!!!
「カグヤ、もう1回頼めるか?」
『了解しました、桃太郎。ですが、よろしいのですか?』
「頼む、ここを凌いだら少し休むつもりだから!」
そんなことができるなんて断言できるわけもないけど、そうでも言わなきゃたぶんカグヤはやってくれないだろう。
痛覚の遮断、血管の拡張、神経の活性化……圧倒的な英雄だった爺さんに追い付くために俺がすべき、最低限の仕掛けだ。時間が経つともろに身体への負荷を感じることになるが……
「今は! これしかねぇ!!」
神経拡張。
筋力増強。
痛覚遮断。
カグヤの声が聞こえて、身体の中に力が湧いてくるのがわかった。代償があることを約束された、期限付きの力だが、今はこれが必要なんだ!
「――――――おらぁぁぁっ!!」
抜刀の勢いで目の前の3体を斬り伏せる!
元はナパージで暮らしていた人なのだと思うと胸は痛むが、こうなってしまったらもう、いかに鬼としての苦しみを短く済ますか、ワクチンの効かない範囲にまで症状の進んだ鬼相手に、躊躇してはいけないんだ。
ゴウガに群がろうとした鬼を斬り、空からプロレスの技みたいに飛んできた鬼もその落ちてくる身体の中心を貫いた、地中からアスファルトを貫いて出てきたドリル状の触手も、硬化した体液を針のように飛ばしてくるやつも、倒して、倒して、ただ倒す!
こいつら、やっぱりわかってるんだ!
ゴウガが集中して“鬼以外の気配”を見つけようとしていることが、そしてそれがとてつもなく不都合だから、この鬼たちはゴウガに向かってきている――――いや、向かわされている!
「見つけたぞ、あの岩場だ!」
「えっ、岩!?」
「2時の方角を見ろ、あの山から突き出した岩の上に、じっとこちらを見ている者がいる!!」
ゴウガに促されて見上げると、確かに小さな人みたいなものが動かずにこっちを見ている……よく見えたな、あんなの!?
「たぶんあいつを止めたら、この鬼の密集具合は解ける」
「そうなのか!?」
「あぁ、たぶんな! ……跳べるか? 俺はたぶん跳ぶ」
「もちろんだ! いくぞっ、はぁぁっ!!」
ズン、と地面が凹むくらいの反動と共に、俺とゴウガはその場で跳躍した! 改めてゴウガのフィジカルやばくないか? たぶん今、カグヤのサポートを受けてる俺よりも身体能力ありそうなんだけど……!?
「いくぞ、たぶんアイツだ!」
「あぁ、気ぃ抜くなよ、ゴウガ!」
「応!」
かなりのスピードで跳んでいても喋ってて舌噛まないのは、やっぱり身体能力上げてるからなんだろうなぁ、意外と便利だぞ、空中で作戦とか話せるの。
ズドン!!
Graaaaa…………
「えっ!?」
途中、物凄い勢いで飛んでくる鬼とすれ違った。避けた俺たちを見つめながら、そのまま地面に向かって……まさか!?
前に向き直ると、見えたのは大砲のようなもの。しかし、その大砲はあまりにも大きい……人ひとりくらいなら軽く入ってしまうだろうというくらいに。
「野郎……なんてことしやがる!」
ギリ、とゴウガが歯軋りするのが聞こえた。
俺だって同じ気持ちだ、あいつは……恐らくこの上にいるやつは! あろうことか、仲間であるはずの鬼を、躊躇なく大砲の弾にして俺たちを撃ち落とそうとしている!!!
そして数体の鬼を避けて、とうとう俺たちは岩場に辿り着く。そこにいたのは……
「まさかこのワシを見つけることができるとは、侮れんやつらだ……」
ククク、と笑いながら手に持った注射を自分に打って荒い呼吸を落ち着けている老人……いや、違う、身体がどんどん若返っていく!? しわがれた声が若々しくなって、程よく引き締まった、いい筋肉の付け方をした若者が、俺たちの前に現れた……!
「ならば、やはりワシ自らが相手をしなくてはな。“あの方”よりこの地域の統制を任された、この亀が……!」
カメと名乗った男が地面に突いていた杖から細身の剣を抜く。その瞬間、心臓を鷲掴みにされるような圧力が俺を襲った!
もう、効果切れか!? いや、違う、これは……!
「気を付けろ、あいつは強い……下手したらアイザと同格だ」
隣で冷や汗をかきながら呟くゴウガも、恐らく同じものを感じているのだろう――――カメが放つ、異様なまでの圧力を。悠然と歩くカメを注視しているはずなのに、ん、なんだ、消え、――――?
「――――上だっ!!!!」
「!?」
咄嗟に構えた刀がカメの剣を辛うじて受け止める!
なんだ、これ……、いつの間に!?
「よく受けた、英雄桃太郎の後継者! やはりあの蛮族共とナパージ人との和平などと戯言を抜かした男が見込んだ小僧はひと味違う!」
嘲りでもなく、蔑みでもなく。
心底愉快そうな笑いと共に、カメはその名を口にした。
些細な回想
「恐らくあの小僧はお前の地域を通りかかるだろう。カメ、迎撃を頼めるか?」
「もちろんだ。あの英雄亡き今、障害はないに等しい。麗刃の力を手にするのは我々なんだろう、旧友よ?」
「当然だ」




