咲くは氷晶、天外の華 筆:遊月奈喩多
エターナルフォースブリザードと桃太郎が戦っている場所から、遠く離れた僻地。
魔境と化した桃源郷の中で、その名もなき鬼たちは、失くした心の片隅で『華』を見た。命の芽吹くことなどなくなった屍の大地に、ただひとつ咲き誇った、巨大な『華』。
透けた花びらの向こうにはまだ何も知らぬ無垢な夜空が広がっており、いずれ訪れる結末に向けて開かれた世界を見るものに知らしめるように、どこか遠くから注ぎ続ける月光を乱反射させている。
あまりに美しく、あまりに儚げな透明な『華』。
少しでも触れるものがあれば、脆く崩れてしまうだろう、あまりにも眩しい『華』。
花びらから零れ落ちる光すら、まるでこの世の闇を全てゼロに還すのだろうと見るものに確信させるにたるものであった。
一瞬だけ還った“人”の心。
その片隅で、鬼へと堕ちる寸前、人として迎える“最期”の一瞬。
半人半鬼となった命は皆、なけなしの感情の中で思った――――いや、願った。
もしも自分がこの世から消えるとしたら、この『華』を見ながらその瞬間を迎えたいものだ、と。
* * * * * * *
「それは美しく咲き誇る氷晶の華!」
いつか来る氷化――――全てが制止した世界で、ただひとり立ち尽くすしかない孤独な情景。以前の俺はそれが絶望的な破滅でしかなくて、何よりも避けなくてはならない終局だと思っていた。
だが、そうじゃない。
そうじゃなかったんだ。
あの永久凍土と化した世界は、ひとつの心象風景。
この大地には、生きているものなどひとつとしてない。けれど、その代わり。
生きていないからこそ失われることも永久にありえない。
存在がゼロからマイナスにはならないように、絶対零度よりも低い概念が存在しないように、そのゼロに還す氷の華に包まれたモノは、それらすべてが永遠に、深い眠りに誘われる。誰にも、きっと俺自身にさえ、それを覚ますことはできないのだろうとわかる、永遠のゼロ。
氷獄のような流刑の地でも、煉獄のような浄罪の地でもない。ただ深く深く、安らぎと呼べるものを自覚することさえない、止まったゆりかご。
今ならはっきりわかる……あの夢に出てきた凍り付けの人々は、俺の力が犠牲にした人々ではない、俺がなんとしても護りたいと願っていた人々だったんだ……!
「もう、誰もあんたの眠りを邪魔しない。あんたはもう、休め」
「……………………」
桃太郎――いや、爺さんを包むように咲き誇る、巨大な氷の華。
その中で、爺さんは動きを止めて、絶えず血の涙を流し続けていた瞳を閉じた。鬼に変容した身体のあちこちから血を吹き出し、それでも尚、本能でしか動けなくなってさえ『英雄』であり続けた、ひとりの男を包んだまま、華は少しずつ空に溶けていく。
……あぁ、くそ!
俺は爺さんを受け継ぐって、そう決めたばかりじゃないか!
それなのに、どうしても爺さんの最期をはっきりと見ることができない。滲んだ視界では、華の散る姿をうまく追えなかった。見届けようとしてるんだから、今くらいは涙止まれよ……!
『強くなったな……、エターナルフォースブリザード』
不意に、そんな声が聞こえた。
「……じ、爺さん……?」
ふと思い出す、最初に婆さんが鬼になったときのことを。
あのとき、婆さんも最期、爺さんに言葉を遺していた。それを思い出したとき、やはり爺さんはもう戻らないのだと、実感してしまう。そんな俺のことが見えているのだろうか、爺さんの声は、今までにないくらい穏やかなものになる。
『これからお前を待つのは、恐らくどんな道よりも険しい道だ。お前がナパージを救い、未来に繋げる――その礎となる道は、きっと何よりも険しい。
だが、忘れるな、エターナルフォースブリザード。お前には頼りになる友がいる。そしてお前自身の持つ能力、そしてそれを扱いきることのできる精神力がある。俺の遺せたものなど、ごく僅かなものだ』
そんなことはない、俺は爺さんに命を拾われたようなものだ。
最初、鬼になった婆さんのときもそう、そもそも桃源郷にすら辿り着けていなかったに違いないし、そのあともこの能力を使いこなせるようになる訓練は爺さんにつけてもらったんだ。ごく僅かなんて、そんなことあるはずがないじゃないか……!
『最後に、もうひとつ、お前に遺そう』
「え……、」
『銘はない、好きに付けてくれればそれでいい。それでどうか――――』
麗刃を、救ってくれ……
最後、華が散る瞬間にそう言い残して、爺さんは消えた。
氷の華も、散り際はまるで本物の花のようだった。月明かりに舞う花に乗って、どうか爺さんの魂が、どこか遠いところで婆さんと再会できるように。それを祈りながら、華の散った跡の場所を見る。
そこには、一振りの刀があった。
鞘に収まった状態でさえ、何かを感じるものがある。見るだけで魂が震える……という感覚は本当にあったんだ、となんだかよくわからない感慨すら覚えてしまった。
そして柄に触れた瞬間に全身の毛が逆立ち。
鞘から抜いた瞬間。
――――――――。
一瞬。
刀身を中心に、世界が斬れた。
訪れた真空の瞬間。
宇宙単位で圧縮された時間の、瞬間的な断絶。
それは、開闢の産声にも似ていたし、終焉の静寂にも似ていた。
αでありΩ。
朝と夜を分かち、光と闇の境界を断つ。
形容しがたい、しかし確かに顕現する『斬る』という概念。
これなら、実体のない瘴気のような状態の麗刃を相手にしても、なんとかなるかも知れない。その実感に、思わず手が震える。カグヤが、『この刀は……』と驚いたように声を漏らす。
『あの頃――、若かりし頃の桃太郎が使っていた刀です。当時の私にはこれを解析する心的余裕がありませんでしたが、確かにこれならば、普通なら斬りようのないものすら斬り伏せることができるかも知れません』
「そうなのか……」
爺さんの使っていた刀を、俺は覚悟と共に、腰に差した。
もちろん使う心得とかはないが、使い方はこの刀自身が教えてくれる――そんな謎の確信があった。
「行こう、みんなの所に」
『ナビゲートします』
合流して、みんなで世界を救うんだ……!
『…………!』
「どうした?」
『エターナルフォースブリザード、このままヴァンハラ・アスガルドまでお早めに向かうことを推奨します。その道中でライトニングサンダーボルテックスたちが交戦中のようです……!』
「なんだって!?」
* * * * * * *
エターナルフォースブリザードが『それは美しく咲き誇る氷晶の華』を発動させたとき、ライトニングサンダーボルテックス――――サンと熊の周囲に蠢いていた鬼たちが、一斉に動きを止めた。
鬼たちの視線の先に咲いている、巨大な氷の華。
それはまさにエターナルフォースブリザードと桃太郎の戦いの様であり、もしくはその決着なのか……。
(エタ、絶対追い付いて来いよ……!)
心のなかで友人にそう伝えたサンの周りで異変が起きたのは、次の瞬間だった。
立ち尽くしていた無数の鬼たちが、突然崩れ始めたのだ。
グズグズの肉塊と化した、つい数刻前まで人間だった者たち。
それが朽ちて崩れた古木のようにパラパラと崩れてしまう。
その死に方には、見覚えがあった。
胸に少しだけ残った傷痕が、鈍く疼いた。
「どこに隠れてやがる……! 姿を見せろ、カラス!!!」
バツッ――――
叫ぶサンを中心に迸るプラズマ波が、周囲の大気を震わせる。濃紺の夜闇に走る雷電が、数秒遅れた音を引き連れてサンの叫びを加熱させる……!
「この胸の傷、忘れたとは言わせねぇぞ、おいっ!!!」
…………さま、
……かぁ、さま……
夜の闇から、以前現れたときとは別人のように虚ろな声が響いてきた。
ある断片
???「そう、“思い出して”ごらん? せっかく戻ってきた君の“母様”は、また奪われてしまった。取り戻さなきゃね、他のことなんて考えずに……」
バチッ――――




