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MOMOTARO - legacy -  作者: 遊月奈喩多
Chapter3.桃源郷崩壊~Collapse~
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集え、英雄達! 筆:遊月奈喩多

 振り下ろされたゴウガの腕を難なく受け止めて笑う、まだ小さな子ども。その名は……!


熊太郎(くまたろう)、お前無事だったのか!?」

「アッハハ、当たり前じゃんアニキ! おれっちはあの金太郎の孫なんだぜ! で、みんなのご飯作ってるとーちゃんの子どもなんだぜ!」


 うん、みんなのご飯を作ってくれてる坂田(さかた)さんには感謝だが、今それ関係なくね? ……とは、胸を張って得意気な熊太郎にはもちろん言わない。まさに鬼と呼ぶしかない形相になり果てたゴウガと真正面から対峙しているその姿は、まさにかつて強大な鬼に立ち向かって見事討ち果たしたと伝えられる人物――俺の世界の歴史で語られる坂田金時(さかたきんとき)と瓜二つ。

 真っ黒に染まった街において尚、燦然と輝く未来のヒーローの姿だった!


「ガ……ァ、ァァァァァッ!!!」

「熊太郎!?」

 けど、鬼ゴウガも熊太郎に一方的にやられているわけではない。数秒くらい戸惑う様子は見せたが、すぐに体勢を立て直して、力を加えてくる……!

「あーんしんしろって、アニキ! ったく心配性だな……っと! ちょっと重いくらいだから大丈夫……うおっ!」

 あぁ、危ない!

 なんとか余裕そうに見せてはいるものの、なかなか危なそうな状態なのは変わりなさそうだ、あぁクソ、加勢に行きたいが、俺たちの前には……!


「なるほど、あの金太郎の孫ですか。確かにそれならば、あの膂力(りょりょく)も納得というもの。ゴウガをして押し潰せないとは、さすがですね」

 俺たちから少し離れたところで治癒魔法を使っているらしいカラスの姿があった。ただ、距離なんてものは――少なくともカラスに俺たちが見える範囲ならば――ないに等しいくらいなのだろう。転移に関してはバロルの方が遥かに優れていたが、どうもこの鬼は得体が知れない。

まだ、何かを隠している―――そう思わずにはいられない何かがこいつにはある。

そもそも、仲間であるはずのバロルやミヤを手にかけて、いったい何をしようとしているのだろう? 鬼の世界を作る? 口ではそう言っているものの、カラスには何か別の目的があるような気がしてならない。ランの力を利用して成し遂げようとしていること……。


「――――っ、まずい、エタ!!!」


「黙考とはずいぶん余裕ですね、エターナルフォースブリザード」

「えっ――――」

 数m先から聞こえたサンの声。

 そして魂まで底冷えするような声に振り向くと、俺のすぐ数cm後ろくらいのところにカラスの冷たい美貌が迫っていた。その手は今にも俺の胸を貫かんばかりにまっすぐ向かってきていて。

時よ留まれ、(メフィスト)お前は美しい(・フェレス)

 だから、どうにかできた。

 見えていれば、どうにかできる。

 だってそうだろ?

 最後に組手をやったパイセン(・・・・)は見る暇もないくらいの攻撃を散々繰り返してきたんだから、見える程度の速さならどうにかしなきゃだろ! じゃなきゃ『エタくんおそ~い』って笑われるのがオチだからな!


 俺の冷気はものを凍らせる。それも、瞬時に、だ。

 爺さんとの訓練中に編み出した、俺なりのアレンジ技――ガキの頃漫画ばっかり読んでてよかったと本気で思う。だって読んでなければ、カラスの周りの空気だけを凍らせるなんて芸当、思い付きもしなかった。

 ただ、止めたと言ってもほんとにあと1cmあるかないかくらいの位置、あとコンマ1秒遅ければ本気の突きを喰らっていたに違いない。


「ぜ、絶対零度はな、全部のものが運動をやめる温度だ! お前が動けるわけがない!」

「――――、そうですね」


 しばらくの間動こうと試みていた様子のカラスも、不敵に笑いながらそれを肯定した。あぁ、くそ! まだ何か隠してやがるのか?

「えぇ、そうですとも」

「――――――っ⁉」

「危ない、坊ちゃん!」

 え?

 背後からカラスの声がまた聞こえて。

 振り向こうとした瞬間、誰かに突き飛ばされて……。


 地面から身を起こして振り返った先では、見覚えのある人影が宙に浮いていた。そこにいたのは……、嘘だろ、まさか……!

「嘘だろ、サル……? サル!?」

 サルが宙に浮いていた。

 爺さん――英雄桃太郎の家来にして戦友のひとり、この桃源郷の科学研究所を管理している長老のひとり。爺さんに連れられてきた俺を「坊ちゃん」と呼び、幼い子どもの扱いに明らかに慣れていない爺さんと交代で、たまに面倒見てくれていた、そんな人物が、カラスの赤黒い腕を支柱に、宙に浮いていた。

「……おや、予定が狂いましたか」

 事もなげに言い放ち、まるでコートの袖から腕を引き抜くような気楽さで、サルの胸から腕を引き抜くカラス。呻き声ひとつ上げずに、サルは地面に落ちた。痙攣すらしない、(まばた)きも、咳き込むことも、何もすることなく、サルは(たお)れた。


 ちょっとの油断があったんだと思う。

 もっと警戒するべきだった。

 こいつはまだ何かを隠しているのかも知れない――そう思ったのなら、もっと。

 動きを止めたことに慢心した代償……それはあまりに重過ぎる。


「…………っ!」

『おやめなさい、エターナルフォースブリザード!』

「――――っ!?」

 渾身の力を振り絞ってカラスを討つ――その意志だけを力に込めようとした俺を、カグヤが指から制止する。なんでだよ、サルは俺のせいで死んだんだ、だったらすぐに倒さないと、サルの仇を取らないと!

『落ち着いてください、エターナルフォースブリザード。彼は、ただあなたを庇っただけではありませんよ』

「え?」


 見ると、カラスがその場に(うずくま)っている。なんだか苦しんでいるようにも見えるが……。

「ぐ……、そ、ういうことですか……、考えましたね……!」

 脂汗をかきながら、荒い息遣いでサルの亡骸を見つめるカラス。その姿は一種煽情的でもあったけど、それ以上に「この隙にこの女を叩くしかない!」という思いも芽生えてきていた。しかし。


『あの個体の体内には通常の人間であれば死に至る猛毒が流し込まれています。彼があらかじめ体内に仕込んでいたのでしょう、下手に触れるのは危険です』

「そういうことなのか……!」

「おい、今のうちにこっち来い!」

 呆然とサルとカラスを見つめていた俺は、焦った口調のサンに首根っこを引っ張られる形でそこから離れることになった。確かに、ゴウガを相手取っている熊太郎にも加勢は必要だ、だけど……!


「オレだって悔しいんだ……! また、守れなかった……」

 言いながら、唇の端から血を流すサンの姿を見て、俺はこいつのようにはなれそうもない、と思ってしまった。サンはきっと、これまで助けられなかった人々ひとりひとりのことを胸に刻み付けながら、生きてきたのだろう。

 それが、今日もまた。

 幼馴染であるランが連れ去られ、一応は友好的に関わりのあったバロルも喪い、そして恐らく俺と同じように幼い頃に面倒を見るような形で関わっていたのだろうサルまでも、目の前で……。それでも、少しでも喪わないために動こうとできるサンが、俺には眩しかった。

 俺がサンくらいの年齢だったら、きっとこうはなれない。


 ……だが、今は目の前で苦戦を強いられている熊太郎を!

 サンがこんな風に考えて動いてんだ、俺もしっかりしなきゃだよな……どうにかそう思い直して、俺は暴れ回るゴウガのもとへ向かう――――えっ?

「なんか、ますますデカくなってねぇか?」

 対峙したゴウガは、もしかしたら熊太郎の存在がより刺激になってしまったのか、更にデカくなっていた。それこそ、もうひとつの小さな山くらいはありそうな勢い。


 Grrrrrrrraaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!


 咆哮ひとつで大地が軋み、危うく鼓膜が破れそうになる。

 それどころか、なんだこれ、身体が(すく)んで動けない!?

 そんな俺たちの前で、咆哮の風圧に耐えきれなかった熊太郎が吹き飛ばされる!! そんな、嘘だろ、やめろ、踏みつぶすな、待て、待て、待て…………っ!!!


 心の中で念じるしかない俺たちの目の前に、それは現れた。

「はっはっはっ! よく時間を稼いでくれたね、熊坊!」

 聞こえてきたのは、高らかな笑い声。そして「姉ちゃん!!」と喜ぶ、熊太郎の無邪気な声だった。見ると、そこには直立した熊がいた。そう、熊。よく山に生息していて、冬になると冬眠すると言われている、あの熊。

 まるでモデルか何かのように身体を妙な角度で捻った立ち方をする熊は、熊太郎を胸に抱えて、高らかに宣言する。


「あんたたち、アタシが来たからにはもう大丈夫だよ! 昔から言うでしょう、目には目を、歯には歯を、神には神を、そして――――猛獣には猛獣を!」

 言うが早いか、安全な場所に熊太郎を置いて、ゴウガに向けて飛びかかる!

 十分巨大すぎる熊だが、その巨体に似合わない俊敏さでゴウガを翻弄する。そして、的確に関節部分にダメージを与えたかと思うと、その身体が黄金に輝いて……!


「スカボロー・フェア!!」


 俺には、何が起こっているのかまったく見えなかった。

 しかし熊が奇妙なポーズを取りながらその言葉を唱えた途端、目に見えてゴウガの動きが鈍くなってきた。なんなら、眠ってしまいそうなくらいに遅くなっている。そして、みるみるその身体が縮んできている!?

「なぁ、サン……今なにが起こってるんだ?」

「お、オレにわかるかよ……、なんだこれ、目に見えない能力!?」

「アタシのスカボロー・フェアは、アタシの生命エネルギー! スカボロー・フェアが触れた相手はどんどん気力が削がれ、やがて眠りに至る!」


 なんだその限定的な能力!


 そうツッこみそうにもなったが、人間どころか熊でも関節の構造的に無理そうな立ち方をしながら叫ぶ熊の“凄み”と呼ぶしかないものにすっかり気圧されていた。

 その間にもゴウガの身体は縮み、最終的に「うぅ……」と呻きながら眠りについたのは、俺らより大型な、1本の角を生やした兄ちゃんだった。さっきまでの、地獄からそのまま抜け出してきたみたいな鬼とはわけが違う。

 ツンツン頭の、(いか)つい顔をしたそいつの寝顔を見て、少し複雑な気持ちになりかけたが、すぐにそれどころではない事態が起こる。


「なるほど、それも稀有な能力ですね。ナパージで確認されている“能力”や鬼たちが使う力とも違う……驚かされました」


 苦しげな……しかしやはり冷たさを感じる声音が聞こえたからだ。毒に当てられていたからか、振り返った先のカラスは、ほとんど満身創痍に見えた。それでも、やはり実感として刻み付けられてしまっている。それ故に、察してしまう。

 俺たちは、まだこいつには勝てない。

 サルが決死の覚悟で仕掛けてくれた猛毒も凌ぎきった、先程までのゴウガですら問題にならないくらいの、掛け値なしの“怪物”。その証拠に、俺たちより野生の勘が優れている熊太郎や熊が恐怖を露にする。

「アニキ、なんだ、あの姉ちゃん? さっきの鬼よりずっとちっちゃいはずなのに、なんか、すっげぇ怖い……!」


 息苦しいくらいの威圧感の中でここまで話せる時点で大したやつだ、とすら思ってしまう。すると、熊が突然吼えた!

「――――っ!」

 思わず全員が竦み上がった隙に、俺とサン、それから意識を失ったままのゴウガが熊太郎によって持ち上げられて熊の背中に乗せられる! そしてそのまま、熊が走り出す!

 煤けた黒い街並みを走り抜け、どんどんカラスから遠ざかっていく。


 悔しさに歯軋りする俺たちを乗せて、安全な場所へと……。

 その最中、カグヤが突然語りかけてきた。

『エターナルフォースブリザード。逃げ切ることができたら、聞いてほしいことがあります』

「……え、なんだよ、急に?」

『あなたたちが対峙したあの個体、そして……』

 言いにくそうに言葉を切ったあと、カグヤはぽつりと言った。


『私がまだ、生きた鬼であった頃の話をしようと思うのです』

【ある断片】

「……バロル、ミヤ。ふたりとも、逝ったのか」

「あなたも後を追いますか?」

「遠慮しておこう、今はまだその時ではない。そうだろう、カラス――――いや、××××」

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