金太郎の孫。 筆:月輪あかり
「ふ、ふざ……や、ななんで……くそ……どういうことだよ……!」
――ダメだ、情報量が多すぎる。
どういうことだ、訳がわからない。
なぜこうなってる。なんなんだ。
もう、もうもうもうっ、なにも考えたくない……。
「簡単なことですよ。不必要だったんです」
いつかの黒衣を真っ赤に染め上げ、特に右腕がひどい。鋭利に伸びたような五本の爪を長く尖らせ、際立って浮かぶその鬼のような片手は、赤いペンキに腕を沈めたんじゃないかと思うほど返り血で紅蓮だった。
「ランはどうした!」
「答える義理はありませんね」
「バロルをなんでっ!」
「それもまた、義理などない」
果てしないほどに冷徹に。無感情で。そう言い切りやがった。
「おいカラス! てめーどういうつもりだ?」
「ああ……ミヤ、あなたもあの方を知ってしまったのですね。可哀想に」
「はぁ?――カッ!」
意を唱えたミヤが、その瞬間に胸部を貫かれる。
速い。捉えられないほどじゃないが……対応できなかった。
「て、め、どっうつもりだ……グ」
「貴方が悪いのですよ。認識しなければよかった。彼の正体に」
どぷどぷと止まらないソレが、鼻に突き刺さって気持ち悪い。
より赤色に染まるカラスが果てしないほどに不気味で、ただただ恐ろしい。
鬼でありながら人であったようなバロルとはまるで違う。
人とはまるで思えない、無慈悲な鬼がそこにいた。
「ゴウガは……まぁいいでしょう。さて」
いずれ壊死していくように崩れたミヤを捨て置き、カラスの眼が俺たちを射貫く。
目深に被ったフードがいまなおその顔を明らかにしないが、狂気に染まるその眼はしかと俺を見つめていた。
ぞくりとする。本能的な恐怖を覚える。生理的嫌悪を隠せない。
「小心者が故に自身の正体を偽り、道化を演じて正義を飾る彼もまた、本当に愚か。あの少女も、あなた達も、気付いているというのに。笑えますよね」
「はぁ……? な、なに言ってんだよあんた……」
「良いことを教えてあげましょう。あなたたちにはどこか因縁めいたものを感じるのです」
そういって、おもむろにフードを捲ったカラスのその顔は、これ以上ないほどに。この世界のものとは思えないほどに。――美しい。
眼を奪われる。圧倒的な美の体現。
胸が締め付けられる。本能が、彼女に平伏するべきだと、崇めるべきだとそう叫ぶ。
黒い艶のストレートヘアーを背に落とし、玲瓏なその眼。立ち居振舞いは際だって浮かび、この世界のものじゃない。
――二本の角。大きなその角が、彼女の性質を物語る。
「私たちの目的は鬼の世界を作ること。その意味が判りますか、あなたに」
「っ……桃太郎が、黙ってねぇぞ!」
異色なまでの存在感を放ちながら、この戦場を忘れたかのように停止する。
咄嗟にそう抗ってみれば、フッと笑われて。
「彼もいつか、こちら側へ。もう蝕まれている」
「あぁ……!?」
くそ、もっとわかる言葉で話せ! 爺さんがこちら側ってどういう意味だよ、ばか!
意味深に話すカラスは、どういう意図をもってそう話すのだろう。
それがまるで読み取れないことに、ただただ不気味を覚える。
「ORGEの散布領域はナパージ全土、最北の地であるここより先に、あなたたちの世界はありません」
それは、真実だ。
「私たちはORGEに適合した鬼だけの世界を作ります。そのために、人は淘汰しなければならない」
それは、奴らの目的だった。
「ああ、哀れな少女。サタニックランページサイクロン。彼女は偉大すぎた。恵まれ過ぎていた。だから私たちは彼女を利用する」
それは、俺たちの失敗だった。
「てめぇランに何するつもりだ!」
ここで初めて声をあげたのはサンだ。カラスはそんな勇者に冷ややかな眼を向けると、ただ一言、意味深にも、こう告げる。
「彼女の力に価値がある」
「説明になってねぇ!――いいか、ふざけんのも大概にしやがれ!」
その啖呵が、再びこの場を戦場へと塗り替えた。
咄嗟にぴりつく空気、迸る静電が、話し合いの継続を否定する。
もう情報は聞き出せない。やるしかなくなった!
「オラオラオラオラオラァァッ!!」
両手に黄電を溜め込みながら、足元で膨らませた雷を踏み込んだサンはまるでカミナリのような光速でカラスに接近する。
バチバチとその身体に、その眼に、その魂に。圧倒的なまでの金色を放電させながら、サンは一撃一撃を入れ込んでいく。
ダムダムダム! 連続として聞こえた、カラスの腹部にめり込むその音。ジュゥウと焼いていく雷の強い熱が、その身を焼かせ、骨に振動し、叩き折る。
「我が腕が、かの苦境を打ち破る力とならんことを!」
サンがその全身をもって行くというならば、俺は援護に回ってやるよ。
両手に顕現したその拳銃。いかつく刺々しいその氷銃を構え、強く力を込めて意思ある言葉を!
「ヘイルショット!」
攻撃の集中砲火。サンに手一杯のカラスのもとへ注がれる、いくつかの雹弾。その意識外から飛んでくる攻撃は――さすがにヒットを許してくれないけれど、それでいい。注意さえ逸れれば。
俺の放った弾丸を躱すようにしてサンを弾き、翻るように後方へと着地したカラスの元へ、「サンいくぞ!」「おう!」――即席ながらの友情コンボを、見てもらうぞ。
「スキュアーズ!!」
「人よ、その探求は遍く祝福されるべきものである!!」
今までの串とは違う、まるで杭のように太く、力強く、細く長く、計五本のつららが、降り立ったカラスがいるそのポイントを取り囲むように、空から落ちてくる。
ダン、ダン、ダダダン!とリズムカルにもカラスの回りの地面へ突き刺さった氷柱。そこへ、降り注ぐのが、まるで天墜のようなサンの落雷。
避雷針にも似たその氷柱に導かれるように落雷する。水分の結晶たる氷が蒸発すれば雷を通す空間がその場に生まれ、圧倒的な質量のその雷に砕ければ、破片が弾け突き刺さる。身を焦がし、氷が舞う。水がカラスを染め上げ、高熱の落雷が燃える。
視界を染め上げる目映い光。収束するまであと1秒。
真っ白に、何も捉えられないなか。
「エタ!」「わかってる!」
身を翻し、後方へ二発。
背後に向けたその雹弾は――「チィ!」呻くカラスの声がすぐ近くに聴こえたことで、察せられる。
――こんな簡単にやられてくれるわけがない。そして、二度も背後を突けるとは思わないでくれよ。
視界が戻る。世界を捉える。
黒い渦を纏ったカラスが俺のすぐ目の前から姿を消し、十メートル先の場所にまで待避していた。
「あんたも、転移を持ってるってわけか」
ずっと疑問だった。
屋上襲撃の際の転移方法と、バロルの持つ妖術との差違。ずっと判らなかった。
いま、やっと理解できる。
「バロルよりも劣った能力だな」
同じ転移でもまるで違う。
ゲートはタイムラグがまるで存在しなかったが、渦は遅い。俺の眼だったら一、二発攻撃をいれる隙があるくらい。
もっとも常人なら大差ないように感じるだろうが、この二週間で確立させたこの眼は、確かだった。
「俺はお前を許さない」
街を。人を。ランを。アルを。バロルを。ミヤさえも。――そして、世界を塗り替えようとするお前を、許さない。許しはしない。
そこに立つ女は、ボロボロで憔悴しきっていた。裂けたコートからは白い肌と赤い裂傷が覗き、先ほどまでの余裕な面持ちはどこへやら、そこにはただただ死の縁に立つ悪魔がいる。いつだって俺たちに容赦がなかった。
ならば、この奥義を使うことに、何の気兼ねも覚えない。絶対に許さない。
「氷獄の底より招――」
ドゴォオオン!
「――なっ!」
刹那、後方で何かが咆哮を挙げた。大地を震わすほどの衝撃を放つ。
そうか、注意を逸らされていたのはこちらも同じ。完全にゴウガのことを――!
「エタ!」
「まずい!」
一斉にカラスからゴウガへと視線を移す。ダメだ、やつを止めないと。
「もう一度できるか!」
「チャージすんのに時間がかかる!」
「ああマジかよ!」
のっそりとした動きで立ち上がろうとするゴウガに、悪態を吐きながら向かい合う。
パリパリパリッと発生させた氷がゴウガの足元から、蝕むように侵食していくが――簡単に割られてしまう。
いつかの婆さんを上回る熱量に、そしてその質量が、捉えきれない。氷が覆う前に割れる。
「ガァァァアアアッッッ!!」
耳をつんざくその咆哮。
頭がくらくらとしてくるほどのソレを身に浴び、苦しく思っていると――巨体の割な速度で跳ねあがって飛び上がったゴウガ。その丸太のような腕が、俺に迫る。
「ぐっ!」
早く早く早く!
空間に浮かぶ氷のシールドを何枚も展開し、重ね合わせ、少しでもゴウガのソレの威力を削る。
両腕をクロスに重ね合わせ、全身を氷塊で覆った。分厚く身体を保護するために。
パリンパリンパリンパリン!
順々に、その拳を受け止めきれない氷が舞う。世界を彩るように、幻想的に、パラパラと無惨にも。
来る。耐えられるか。生き残れるか。死にたくない。絶対に、耐えてやる――。
しかし、いつまでたってもやつの拳が俺に届くことはなかった。
静寂にも似た感覚。その不可解に、恐る恐ると眼を開く。
「ぶっさいくだったアニキ! おれっちが来てやったんだぜ!」
俺の眼前にいたのは、豆粒のようなガキ。そいつは、自分の五倍近い巨体を誇るゴウガの右腕を全身で受け止めながら、それでもなお余裕そうに俺に話しかけてくる。
桃源郷に初めて入った、まだ赤子だった俺を「ぶっさいくぅ!」と貶したガキ。憎まれ口しか叩けない、今の俺よりずっと年下のガキ。
そして、坂田さんの一人息子。森の王者の血を引く子。
その者の名は、熊太郎。
百獣の王者坂田金太郎の孫にして、彼の有志であり、無二の親友であり、師であったクマの名を頂く、強き子供。
「アハハハハ! おれっちに任せてくれよ! こいつ! たのしぃー!」
優れた能力もなければ、ガキだから魔法だって覚えていない。
だけど、その血には膂力のみで支配した豪傑金太郎の血が流れている。その力のほどは、いまゴウガの腕を受け止めているそれだけで察せられる。
「ヒーローは遅れてやってくるんだぜ、アニキ!」
「……ほざけよ、バカ」
真打ちの、登場である!
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