バロルという男 筆:月輪あかり
「そんなにおれのこと信用できない?」
悔しそうに口元を歪めながら、俯いてバロルが言った。
目の前に転移させられた俺とアルを差し置いて、二人は向き合っている。
目の前の俺がどれだけ騒ごうが届いていないらしい。
ランの険しい顔が印象的で――おい、まて、ダメだぞ。耐えろ、耐えてくれ、何を考えている。バロルを否定しちゃ何が起こるかわからないんだぞ……!?
「……――はい」
しかし、そんな作戦だったり俺の思惑だったりの一切を捨て置いて、今日一日の判断のもとランは、奴の眼をみてそう言った。
途端にぴりついた空気が走り、俺は臨戦態勢を取る。
と。
「そっか」
バロルは、悲しそうな表情でその言葉を受け入れると、俺たちを召喚しておきながら自分だけゲートのなかに姿を消す。
……逃げたようだった。
「どう、なったんだ……?」
予想外だ。
現状の理由に説明付けられない。
どうなってんだ?
ピンと来ない様子で俺はそう呟きながら、とりあえずランを労うことにした。
が。
「……っ」
胸元をぎゅぅうっと握りしめたランは唇の端を噛みながら何かを堪え忍ぶようにして、そして。
彼女もまた、なにも言わずに背を向けた。
なにか思うことでもあったのだろう、遠ざかる背中を眺めながら、なんとも居心地が悪いと思う。
「エタちゃん?」
「あ?」
「すごい怖い顔してる」
「………」
後味が悪い。
なんだ、なんなんだ、なにこのフラストレーション。
「とりあえず今日は解散だな」
なんとかアルにそれだけ絞り出して、俺は心のなかで悪態をつきながら今日の日を終えた。
◆ ◆ ◆
「ほぉ、こりゃまた意味わからねぇな」
後日。デートについてこれなかったサンのために、事情説明をしたところ、俺と同じ感想を抱いてくれたようだ。
今日はバロルもランも登校はしてるようだけど、バロルは接触してこないしランに至ってはまだ調子が悪そうだった。
多少話しはしてくれるけど、あまり晴れた表情を見せてくれない。
「幼馴染みのオレからすりゃあ、ランのはあれだな。あいつ八方美人っつーか優しい人間だから誰かを否定することにエネルギー使うんだよ」
「……そうか?」
「ランの場合な」
でもまぁ、わかる。
気持ちを素直に言葉にして、その結果に後悔しない人間なんていないしな。
でも、だったら、そこまでして否定しなくてもいいんじゃないかって逆に思っちゃうんだが。
いや、違うか。
そこも含めて優しさなのか。
「バロルの本音をあの日一日で理解したから、お互いのダメージを最小限にするために否定したのか……」
……どこまでいってもお人好し、か。
不器用なんだな。
よくその賭けに出たと、素直に称賛する。
「まぁ結果オーライだろ。いいんじゃねぇの?」
「そうか?……いや、そうか」
バロルのポジションはいま天秤のど真ん中にいるようなもんだ。
こっちとの繋がりは薄くなり、だけどあの対応を見るにまだランを想い続けているわけだから、こちらにも手は出さない。
ハンガーにかけられたような宙ぶらりん状態だ。
それならそれで、利用できないのは残念だが精神衛生上はましな結果と呼べるのか。
どちらにしろ、ランの勇気は誉めなきゃいけないな。
◆ ◆ ◆
それから一週間が立ち、サンは快復。ランもまた今までのような明るさを取り戻してくれていたが、バロルは以前として俺たちと接触しては来なかった。
それが妙に気持ち悪く、気がかりだと思っていれば、ある日のこと。
「今日も元気にしとるかね?」
「校長……っ!?」
午後の休み時間の廊下にて、まさかの校長とのエンカウント。
爺さんよりも20は上、小枝のように細くよぼよぼとした身体に、丸くなった猫背。ピカーンと光るつるりとした頭に、蓄えた白もじゃの髭。釣竿を模したような専用の杖をつくその姿は、今にも召されてしまいそうだけど、実年齢は実は爺さんよりも年下、60年以上前からこの姿のまま生きているらしい。
玉手箱に呪われた釣り人。不老不死の霊草を手に入れた探求者。
その名も――浦島太郎。
現ヴァルハラ・アスガルド校長だ。
「こ、こんにちは!」
「はいこんにちは。調子はどうかね? ん? ここには馴染めたかな」
「は、はい!」
「そうか。ほほ、友達もいっぱい連れておる。安心じゃな」
値踏みするような眼でアル、サン、ランを準々を眺めていく校長。それがどうにも気味悪く、ただただ堪え忍ぶしかない。
入学の際に顔を見合わせたときは、ここまで嫌な感じはしなかったのに……受け取り方も大分変わったもんだ。
「ふむ。面白い」
「――え?」
刹那。
ドォン!という余波にも似た衝撃が校内を通り抜けると、ふいをつくようにどこかの女生徒の悲鳴が一つ上がった。
追い付けない頭で弾かれるようにそちらに目線を配れば、彼女が窓の外を指差しているのがわかる。
ざわつく生徒たちに紛れるように校長を差し置いて俺たちも向かう。
――煙が上がっている?
あの位置は、住宅街の中心、噴水のある公園の辺りだ。坂田さんの家も近い!
「どうした」
「爺さん! あれ!」
職員室から駆け付けてきた爺さんを呼び掛けて、外を示す。
目の色を変えて爺さんが怒りの感情を見せた。
がしかし。
「行くな。貴殿は生徒を守りなさい」
「浦島?」
「なに、サルの奴めが当たるじゃろう」
なんだ、何が起こってる?
意味がわからない。鬼の進撃? それともアイザ達か? もしかして、バロル――?
と、思っていた矢先だった。
途端に視界が晴れる。屋内に居たはずなのに、日差しが身体を突き刺した。
それは俺だけじゃなく、アルサンランも同様なようだ。
これは転移か。
すぐに理解して、状況把握のために辺りを見渡した。
ここは……学校の屋上。修復がまだなっておらず、封鎖されたように入り口にテーピングされた、普段なら誰も立ち入れないような場所。
そこに、バロルが佇んでいた。
「聞いてくれ。君たちのためにおれは言っておきたい」
「……久しぶりだな。なんのつもりだ? いま何が起きてる?」
「マスターの命令だから逆らえなくてね。その上で、君のお家が狙われているから、こうやって報告してあげようかなと」
「はっ?」
「てめぇのせいか!」
「違う違うっ、なんだいこの子、すっごい怖いんだけど!……正しく、転移させたのはおれだ。そして、おれだって不本意だ。だからちょっと協力してほしい」
「――ちょ、ちょちょま、はぁ!?」
いつになく真剣なトーンだった。
初めて会ったあの日以来の、別の顔をしたバロルだった。
「あそこにいるのはゴウガ。あの日ここで君たちとあった、あの巨体の奴だよ」
思い出す。
黒装束襲撃事件のとき、やつらは五人いて、当時名前が割れていたのは
リーダー格の、アイザ。
有翼の女、カラス。
チビ魔法使い、ミヤ。
そして後日に、この目の前の男、バロル。
そして最後の一体、抜きん出た巨体を誇っていたのが――ゴウガというらしい。
「奴はいま正気を失った状態にされていて、鬼人と化している。このままでは街の被害もゴウガも死んでしまうかもしれない。いいか、聞いてほしいんだ」
息を呑む。
「おれは、どっちも大事なんだよ。君たちも、ここにいるナパージ国民も。そして、マスターや、おれと同じ鬼達も」
混血種。半端者であるはずのバロルは、他の四人と比べて角が出ていない。だから、人にも鬼にもより寄り添えてきた。
だから、どちらへの思い入れも強く、どちらも大事にしたいようだった。
「おれは協力できない。マスターの眼があるから。だから、君たちに頼みたい。申し訳ないとは思う、ランちゃんはできれば置いてってほしい」
おい、なに抜かしてんだこのバカは。
「――頼む、どうか街を守ってくれ」
この瞬間に。
俺達は、英雄になろうとしていた。
アフターワンショット
「坂田さんだけ別の場所に隔離できねぇ? 危害を加えたくない」
「おれの力を一般人には割れたくないから協力できないね。申し訳ない」
「んじゃ、行くしかないわけか……」




