迸れ、俺たちの青春! 筆:遊月奈喩多
「それでは、個人指導を始める」
指導開始初日、爺さんはいっそ厳かにさえ思えるような声で俺たちにそう告げた。
まず、俺とアルに課せられたのは、能力の制御。
一応サンとの喧嘩でかなりの重傷を負わせた……ということになっていることもあるし、何よりも俺自身もあのとき、自分の意思なんて及ばないレベルでの能力を発動させたことが怖い。あの夢みたいに、いつかほんとに……!?
当然だが、そんなの真っ平ごめんだった。アルにしたって、屋上での戦いで、ミヤと呼ばれたチビの魔法を無効化した後、それに爆散する氷片を防ぐために熱の結界を張ったあと、やはり全身に致命傷にはならない程度ではあったが、それなりにひどい火傷を負ってしまっていた。
そんな有様では浦島校長のファイル――『最初の鬼』の真実に迫ることなんて到底無理だ。
だから、どんな厳しい指導だってこなしてみせる!! ……もちろん、できる範囲でだぜ? え、これって指導だし、爺さんだって学校の先生やってるわけだし、そこら辺は手加減してくれるよな……? あの、ネーミングセンスを揶揄されたときみたいな殺気丸出しな指導なんて……しない、よな?
「お前の場合は、まずは能力の発動タイミングを完全に掌握しなくてはならないな。狙いもしないのに向かってくるものを瞬時に凍らせた……アルカイックフレアから聞いた状況であればまだ功を奏したと言ってもいいだろうが、さすがにそれ以外の状況で発動してしまったら危険な能力だ。その制御を身につけてもらうぞ」
「は、はい」
くっ、気迫がすげぇな、今日の爺さん!
そう言うや否や、爺さんは俺を連れて家から出た。え、個人指導って家とかじゃないの? なんか停学中って家を出ないような雰囲気あったんだが!? 学生時代にこそこそしながら外出してたのはなんだったんだ、と言いたくなるくらい堂々と外を歩く羽目になった……!
歩くこと数十分。いや、思ったより長くねぇ? そりゃ若い頃桃太郎として鬼ヶ島への旅をした爺さんには苦じゃないんだろうけど、俺は一応現代の平均的な野郎だったわけで……あ。
「爺さん、車とかねぇの? 移動距離けっこう長そうだし、なんかそういうので移動した方がいいんじゃね?」
「くるま? それはいったい、何だ? とにかく歩け、エターナルフォースブリザード」
心底不思議そうな顔で首傾げないでくれよ! え、なにこの世界どうなってんの!? SFスレスレの世界観っぽいのに、桃源郷の住人の服装とか、あと車のこととか、なんだろう、所々がすっごい昔話の世界なんだよなぁ!
そうして、すっかりくたびれるまで歩き続けた後に辿り着いたのは、熱風がすさまじい活火山だった。歩いているだけで汗が吹き出て、ん、なんならこれ、ちょっとずつ軽い火傷負ってないか、俺ら? 爺さんも少し息が荒くなってきているような……。え、桃源郷ってこういう場所があるところだったの? なに、地形おかしくなってない?
「安心しろ、ここは猿が管理している訓練用地だ。噴火する可能性は10里先から投げた針が狙い通りの場所に命中する確率よりも低い。仮に噴火したとしても、きっとお前たちが気付くよりも前に鎮火されているに違いない」
「なんだ、その所々に感じる偏ったオーバーテクノロジー……」
元いた世界で習った知識が通用するなら、そういう噴火とかってもう地球規模の力が原因で起こるものだろ? それを制御できるシステムってなんなんだよ……。
そもそも、なんたってここまで科学技術発展してるわけ? 桃源郷の壁だって、たぶん人間業じゃない。何がきっかけでそんなことに……。
などなど、爺さんの後ろについて歩く間にもこの世界そのものに対する疑問がちらほら涌いてきてはいたが、次に爺さんが言ったことを前に、全部吹き飛ぶことになった。
「最初の指導だ。まずはこの溶岩を渡り、向こう側の指輪をとってこい」
……え?
いや、何を言ってやがりますかこの爺さんは!?
見てみると確かに、俺たちの立つ場所から10mくらい行ったところに、溶岩に囲まれた小島みたいなのがあって、そこにはなんか意味ありげな箱があるけど、まさかそれ!?
溶岩を渡るって、無茶にもほどがあるだろ! だって、溶岩だぜ? いくらなんでもそれって……あっ、もしかしたらこの溶岩凍らせれば……ってできるのか!?
「ちなみに、あの指輪はお前たちのこれからの戦いにおいて大きな助けになること請け負いだが、ひとつ言おう。あれは温度差にとても弱い。だから、この場を凍らせようとすればすぐに砕け散ることになるぞ」
「えぇっ、じゃあどうやって取りに行けっていうんだよ!?」
溶岩を渡るってこと自体厳しいのに、それを溶岩を凍らせずにやれって!? いや、無理だろ!
焦って詰め寄る俺に、爺さんはやれやれと言いたげに首を振って、いつも通りの冷静に過ぎる口調で言い足した。
「何か勘違いしているようだな、エターナルフォースブリザード。俺は、能力を使うなと言っているわけではない。能力を使わなければ、あの溶岩の中を渡ることなどできるはずがないだろう。俺が言っているのは、あの溶岩全体を凍らせることによって渡ろうとするな、と言っているのだ」
「え、それってどういう……?」
「そうだな……、では見せてみよう」
静かな声で呟いた後、爺さんはいきなり足下を光らせて、そのまま溶岩に向かって歩き出した!
「え、ちょっ、爺さん危ねぇ――――、え?」
俺は、夢でも見ているのだろうか?
爺さんの足と溶岩の間に、謎のモノ――強いて言うなら“空間の溝”とでも言うべきモノができている。簡単に言えば、溶岩と爺さんの足の間には、絶対に越えられない壁が生まれている状態。安全な地面の上だとでもいうように、爺さんは溶岩の中を悠々と歩いてみせた。そして戻ってきてから、言った。
「意識を己の足下だけに集中しろ。お前のその能力は、OGREの末期症状になったマリアや、飛来する雷を瞬時に凍らせるほど強大だ。それを己の意識でコントロールしろ、お前の意識で能力を凝縮するんだ」
「の、能力の……凝縮?」
理屈ならなんとなくわかる。
たぶん、爺さんが言っているのは、いま爺さん自身がしてみせたように、俺の足下にだけ極限までの冷気を集中させて、押し寄せる溶岩を押し留めろ、ってことだろ? けど、そんなことできるのか?
えっと、どうすればいいんだ……?
足下凍れ、足下凍れ、足下凍れ……っ!
必死に念じながら、足先を煮え立つ溶岩に近付けた!
じゅぅっ、
「ぐぁぁぁ――――――――っ、づぁ、ぁぁぁぁぁあああああっ!!!!」
熱い! 死ぬほど熱い! あっっっっっっつい!!!!
俺は思わず、岸辺でゴロゴロと転がってしまった。みっともないだとか気にしてられる次元じゃない、なんだよこれ!? 死ぬ、死ぬの、俺!?
「落ち着け、エターナルフォースブリザード。ただの火傷だ。まだ致命傷になるほどのものではない」
「あぁぁぁぁっ、おぢづげっで、む、むりぃぃぁぁぁ…………っ!!」
ただの火傷って言ったって、熱いじゃねぇかよ! 無理だって、こんなの!
だが、爺さんにとっては俺のこの火傷はまだ致命傷じゃないって扱いらしい。くっ、なんとなく予想してたけど、爺さんの指導ってなんか「鬼軍曹!」って呼びたくなる感じのあれだよな……ていうか鬼も恐れをなして逃げ出しそう勢い……っていうか実際にそれをやってのけたんだよな、桃太郎って……。
不意に、若かりし頃の爺さんを取り巻いたいろいろな事情を思ってアンニュイな気分になっちまったが、あぁ、やるしかねぇのかな……?
と、言ったはいいものの……。
その後何度チャレンジしても、うまく溶岩の上を渡ることなんてできそうになくて……というか何回火傷しただろう、やばい、息すっげぇ苦しい。つらい、あれ、俺ここで死ぬのかな?
ふと火口から見上げた空は、着いた頃の青さがすっかり赤に塗り替わって、そのまま紺碧に辿り着きそうな具合に見えた。あぁ、俺何時間これやってるんだろう……。
ひょっとしたら、これだけ時間をかけてやったっていう努力評価でちょっとした温情とか見せてくれたりするんじゃねぇの? ……なんて期待を一瞬したはいいものの、もちろんその期待が報われることなんてなく。それどころか、「どうした、エターナルフォースブリザード? まだ一歩も進めていないぞ?」と言われる始末。
元々大して期待もしていなかったが、やっぱりタイムリミットなんてのは存在しなかったらしい。爺さんは、ただ黙ったまま俺を見つめている。くっ、やっぱりプレッシャーがすげぇ……!
「づぁ――――――っ!!!!」
火傷で感覚が鈍っていたこともあって、恐る恐る付けようとした足は少しずつ溶岩に近付いてきて、今回はとうとうその表面まで付けることができた。が、やっぱり駄目だ。身体全体は涼しかったが、やっぱり足下の熱さが全て帳消しにしてしまう!
あぁ……、きっつい。
火傷そのものはすぐに冷やしてなんとかできるけど、それより何より心が折れてくるぞ、これ? もちろんあの日――アイザたち黒装束連中と戦って打ちのめされたときのことを覚えてるから諦めるつもりなんてないけど、それでも……やっぱり無理なんじゃないか、なんて思ってしまう。
つーか、なんだ、身体が動かない。
どうやら、無自覚に相当な魔力を使っていたらしい。倒れ込んだが最後、意識が急激に不確かになっていくのが、はっきりわかるくらいだった。冷やした火傷の箇所が、なんとなく冷たくて気持ちいい。
……ん?
もしかして、こういうことなのか?
ふと思い付いたことを実践するような余力なんて、あるはずもなく。俺はすぐに眠りについた……。
そして目が覚めてから、俺は早速その思い付きを試してみることにした。もちろん、爺さんが言ってたような理想形にはだいぶ遠いだろうが、たぶん俺が出せるなかでは1番近い回答だ……!
まず、溶岩に向かって足を突き出す!
じゅっ……
「づっ……!!」
駄目だ、ここで出たら意味がない! 我慢だ、ここで堪えろ、俺……! 火傷を冷やす傍ら、そのまま足を踏み出す! すると……やっぱりだ、なんとか、歩けないことはない。その状態を、維持する……!
いや、熱いけど、熱いけど! ただ、なんだろう、入れないことない程度の熱湯くらいにまで熱さは軽減されている。
考えてみると、屋上でアルの火傷を治したり、それから今も自分の火傷を治したりするときは、その部位だけに集中して冷気を当てられている。それも、強すぎないように、別の部位にまで行き渡りすぎないように。
要は、それをより強く、より一点集中で、途切れないようにかけていく。そういうことだったらしい。
前に、爺さんが歩きながらの旅で言っていたことを思い出す。
『お前のその氷、もしかしたら恐ろしいものかも知れないな。熱というのは、言ってしまえば物質を構成する分子の動き。絶対零度とは、その全てが止まるものだ。氷獄の名を冠するお前のその冷気は、あらゆる熱を――熱あるものを絶やすこともできる能力なのかも知れない』
そのときの言葉を借りれば今、あらゆるものが俺の足下で止まっている。だから溶岩の熱も届かないし、それが触れることもない……ならなんで熱いんだろう、とも思うが、きっとそういう状態なのだろう。
一歩ずつ確実に、気を抜かずに進む。
溶岩が流れて、ボコッと泡立っているのが見える。泡が弾けているのも目に入ったが、動揺するな、集中しろ……対岸まではあと少しだ。
あと4m……3m……2m……、3歩……2歩……、あと少し……っ!!
とっ、
「――――――しゃっっっ!!!」
渡りきった! 俺、渡れたのか!? え、ほんとに!? すると、対岸から爺さんの声が聞こえてくる。
「無事渡りきったな、エターナルフォースブリザード! さぁ、その箱を開けるんだ、その中にはきっとお前の助けになるものが入っているぞ!」
…………そうだった!
箱の中にあるという、これからの戦いで俺たちの助けになる指輪。それを取り忘れたりしたら、何のためにここを渡ったのかわからなくなっちまう! 恐る恐る開けた箱のなかに入っていたのは、見た目からしてなんか意味ありげな指輪。サファイアかなんなのかわからないが、あしらわれた青い宝石が神秘的だった。
「さぁ、それを持って、今度はこちらに戻ってくるんだ!」
「え……」
そ、そこまでやるのかよ……。
その後、這う這うの体で渡りきった直後に疲労と空腹で倒れてしまった俺を爺さんが家まで背負ってくれたのは、また別の話である。
だいぶお待たせしましたが、修行パートの始まりです! もっと強くなろうぜ、エターナルフォースブリザード!
ということで、修行なのです。




