俺は強くなりたいと、心の底からそう誓う。 筆:月輪あかり
13話目、いよいよお披露目です!
屋上での戦いを経て、物語は新たな局面へ……!
――ずっと、波に乗っているようだった。
ずっとその場に流され続けていた。
俺の意思が介入する場面なんて一つもなかったと思う。
――この世界に生を受けた理由は、よくわからない。なんで俺だったのか……求めても答えの出ない話だとしても、疑問を覚えずにはいられない。
婆さんが急に化け物になった時は、本当に怖かったし、理解できなかった。
そんでもって婆さんがビーストになった理由だって、俺が上流から灰を持ってきたからだ。仮定でしかないけど、実際そういう事なんだろ?
ふざけんな、って思った。なんで俺のせいにされなきゃいけないのかと思った。なんであんな、悲しそうな爺さんの顔を見なきゃいけないのか意味が解らなかった。それも全部、俺が悪いのだ。だろ?
なんでなにもしてないこの俺が罪悪感を覚えなきゃいけない。
理不尽だ。
それからも、赤子の体だった俺に主導権はなく、全てが爺さんに流されるがままだった。
初めての鬼殺しだって、世界を救うことだって、俺がいつ了承したよ?
流されちまったもんは仕方ないけど、いつだって俺には拒否権がなかったように思う。
今回だってそうだった。
やっと普通にまともに喋れるように、歩けるようになったのに、その結果がこれだった。
いつの間にか巻き込まれて、その果てに身体を張って、腕を折られた。性格の悪いことを言えば、アルが被害を受けなかったことにも納得が言ってない。俺を巻き込んだ張本人が、自傷以外にダメージを受けていないのだ。
本来は喜んでやるのがいいんだろうが、いまは納得が出来ない。
そして、友の無事を祝福できない自分に自己嫌悪を覚えていた。
――アイザ。
サンの攻撃を受け、捲れたフードの中にいたのは銀髪の若い風貌をした男。黄昏に染まる街のように赤い、緋色の眼。ストレートに下ろした肩口までの長髪はザンバラで、陰気なイメージがあったのを覚えている。
そして。
額に小さく突き出た、その一本角を見逃しやしなかった。
ただただ怖かった。
人じゃない。し、人の眼をしていなかった。
いつだって、嗜虐的な色をその内に秘めていた。
だから、奴に致命傷を与えられた時、それがトドメにならず逃亡を許してしまったことがものすごく怖い。あの瞬間の奴の眼は、本質的な怒りを覗かせていたから。
次に会う機会でもあれば、……いや、その時は考えたくないな。
幸い奴に与えた傷跡は深い。
少なくとも一ヶ月は平穏にいられるはずだ。
――結局は。
俺はまだ、桃のなかにいるときと変わらない。
この世界を見れず、知れず、理解できず、ただただ周りに流されては気持ち悪さを覚え続けるだけ。
桃のなかに閉じ籠っている限り、それは改善されることはないだろう。
願わくば、この波に逆らえるような力を手に入れたいと。
本音を言えば、こりごりだった。
◆ ◆ ◆
その日、夢を見た。
化け物になった俺が、凍てついた空気のなかで独り、咆哮を挙げている夢だ。
荒んで踊る吹雪が世界を真っ白に染め上げて、その世界には俺以外の誰一人もいなかった。
氷山と一体化したような俺は氷のトゲを身体中から生やしながら、見渡すと、俺の周りには氷付けにされたアル、サン、ランがいて、爺さんやサル。黒装束の奴等、その果てには桃源郷で知り合った子供たちを始めとする何の罪もない住民たちも、――凍てついて動かない。
もがき苦しむような様でその姿は永久に固まっていて。
俺はそれを見て、涙を流す。
その一滴だって、無慈悲な冷気が氷へと変えてしまっていた。
――言葉にできない悪夢だった。
熱を持っている人が誰もいなかった。
それがなんとも怖くて、この力がとても怖くなって。
俺の手はいつだって冷たい。
まるで死人のようだと、我ながら思ってしまうくらいに。
そんな俺に、心はあるのだろうか?
俺はいつか、この夢のように友も敵も分け隔てなく氷付けにしてしまうのではないかと怖くなる。
この力は、よく判らない。
アイザの返した力を氷像にしたときも思ったが、未知数が過ぎる。
なにが出来なくて、なにが出来るのか俺自身把握しきれていないんだ。
だからこそ、この力がいつか暴走でもしたら……と思ってしまう。恐れてしまう。
制御したいと、
強くなりたいと、
心の底から拳を握る。
◆ ◆ ◆
黒装束襲撃事件から三時間後、俺が眼を覚ましたのは、桃源郷滞在中爺さんと俺が住む所、坂田さん家の二階の一室だった。
「……起きた」
木造でシックな作りの天井を見つめながら、自己申告的にそう呟く。
身体を動かそうと思った途端鈍痛のようなジンジンと染み込む痛みを右腕を覚え、少しだけ呻いた。
「エタちゃん!」「エタくん!」
まだ寝ぼけるような意識のなか、重なる声が俺の鼓膜を貫く。
片方は俺にめちゃくちゃ馴れ馴れしい友の声、アル。
もう一つは、鈴の音のように可愛らしい――消息が気になっていたランの声だ。
「ラン! そっ、そうだ、アイザ……アイザは……いや、それよりも無事だったのか? ラン。ていうか、サンは大丈夫なのか!?」
疑問がつきない。整理が付かず、ただ思い付くままに質問していく。
右腕の痛みなんか忘れて、いつの間にか元通りに動かせるようになった関節のままランの肩を鷲掴み問い詰めた。
見れば、アルは火傷も忘れてピンピンしておりランに至っては無傷もいいところ。まるで意味が解らない。
そんな俺の鬼気迫るような様に、アルが「まぁまぁ」と他人事のように宥めてきて、ランもまた「まぁまぁ」と俺に掌を向けてストップを促しながら頬を掻く。
あんまりなその対応にイラっと来てしまった。
「えっとね、順を追って説明するから……とりあえずエタくん、気になることはあるだろうけど一旦落ち着いてもらえるかい?」
「そーそー! 安心しなってぇ、エタちゃんっ」
「アルくんの言う通りだよ」
「余裕ありすぎて腹立つな」
そんな会話に少し笑ってしまっていると、自然と元気が出てくるようで悪い気持ちが洗い流されるような気がした。
さっきまで煩かった動悸も静まり、安定しているのが我ながら判る。
そんな折、障子の向こうに人影が移ると、部屋に入ってきたのは爺さんだった。
「エターナルフォースブリザード」
極めて冷ややかでずっしりと重たい声で、爺さんが俺の名前を呼ぶ。
あれ……なんだこれ、すっげぇ怖い。やばい、爺さんがマジギレしてるのが判る! やばい、ネーミングセンスダサいと子供に言われた時くらいガチで怒ってる! 殺されそう!?
助けを求めるようにアルとランを見れば、白目を剥いて泡を吹いていた。
……思えばこいつらに取ってみれば学校以外で出会う教師、しかも授業内容がスパルタで有名な怖い人だ。
そりゃオフの場で出会えば地獄だよな。俺も、普段の日に嫌いな上司なんかと鉢合わせたら同じようになってしまう自信はある。
くっ、助けはないのか……ッ!
「入学初日にやらかしたな」
どうしよう、ビンタでもされるんだろうか。
それくらい怖いんだけど!
戦々恐々とただただ爺さんを見据える。毛布を手繰り寄せて胸元で抱き寄せると若干女々しいポーズになってしまったけど気にする余裕がない。
奥歯がガタガタと言う。
ゆっくり歩み寄る爺さんが覇王に見えた。すげーこわい。
「……確かお前のクラスの委員長だったか。ライトニングサンダーボルテックス」
「はい」
思わず敬語になってしまった。
息を呑んで、続きの言葉を待つ。
「なぜ……」
間を溜めないでほしい。すっごいドキドキする。
心臓に悪すぎるんだけど!
「喧嘩した?」
「――え?」
そう問う爺さんは、複雑な表情を浮かべていた。
それに、その言葉に、しかし俺はぽかんとしたアホ面を浮かべる他ない。
え、喧嘩?
どういうことだ?
訳がわかんないんだけど??
なんてハテナマークをポンポン浮かべていれば、ふいに立て直したランが爺さんに見えない四角からパチッパチッとウインクしてくる。
思わず可愛いなと思ってしまいながら、しかしこれは口裏を合わせろと言うことか?
意図が判らないんだが……乗るしかないのか。
「……ごめんなさい」
粛々と頭を垂らす。
それを見た爺さんはひときり大きな嘆息を吐けば、心労からかやつれた表情を隠すように無精髭をジョリジョリと擦った。
そして。
「相手側の傷が深い。一命は取り止めているが、身体の傷と魔力の枯渇により完全な快復には二週間がかかると予想される」
「良かった」
「どういう理由があったにせよ、一個人の俺としては追求しない。しかし仮にも教員職に付くお前たちの講師として、エターナルフォースブリザードには七日間、アルカイックフレアには三日間の停学処分を命ずる」
「……はい」
たった一週間の停学で済むのは爺さんの尽力の賜物だろうな。
だから俺は文句を言わない。退学よりはマシだしな。
アルについては、屋上に焦土を残していたからだろう。本件に関わり合い有と判断されての三日だ。
停学処分についてアルは事前に聞かされていたのか、特に反応は見せず平気そうにじっといた。
その事に安心を覚えてしまいつつ。
「それに伴い、停学期間中はお前たち二人に特別指導させてもらう。どうやら二人とも、有り余る力を消化しきれていないようだからな。俺直々に鍛えてやる」
「「――げ」」
本音を言えば願ったり叶ったりかも知れないけど……俺たちが問題行動を起こしたからか、爺さんの熱が熱い。
そうとうしごかれるんじゃないか!?
考えただけで泣きそうだ。
じゃあな、と言い残して部屋を退出し、ピシャンと障子を閉めた爺さんを見送って、暫しの沈黙がこの場に流れてしまった。
「「………」」
「ま、まぁまぁ、授業は三人分私がきちんとノートを取るからさ。うん。……ガンバレ」
眼を逸らされて心にもない声援を投げ掛けられると、思い返す。
「そういや、なんで屋上のことを俺とサンの喧嘩って事にしたんだ? じゃなかったら、俺たちこんな目に遭わなくて済むんでね……?」
「その事なんだけどね。いいかい? エタくん、この事はあくまで私たちの問題だと思うんだ」
「……それで?」
「元はといえば私たちがファイルを盗んだことが発端。だから、この件は私たちで済ませなきゃいけないと思う」
「口ぶりからして、アルから事の顛末聞き汲んでいるんだろ? だったらサンがどんな目にあったか解ってるはずだ。大人を頼るべきだと思うんだけど」
「……私も見たよ、二人の傷は。でも、思い返してみて欲しいんだ。私が有翼の女を追って暫く、私は思いきって聞いてみたんだ、『君たちの目的はなんなの?』って」
「ファイルだろ?……あ」
「うん、アルくんからそっちの話を聞いたとき、私は確信したよ。それに、賢いエタくんならすぐ気付くと思った」
ニヤッと嬉しそうに微笑んで、ランがそう言う。
嬉しいところではあるが、それよりも行き着いた答えに驚きを隠せない。
全てのピースが繋がっていくこの感覚は、久しぶりだ。
なかなかに気分が高揚するが、そうも言ってられない。
――奴等の目的、それは、ファイルだが。
そうだ、アイザも言っていた。
その言葉がそのままの意味なら、ランの言う「大人に言うな」という言葉も納得できる。
それは――
「本当の目的は、ファイルを奪うことじゃない、『取り返すこと』か……!」
「そう! 彼女も私が聞いたとき、同じようにそう答えてしまっていたんだよ」
アイザは確かに言った。
返してもらおうか、と。
そもそもこのファイルは浦島太郎の私物のはず。
この言葉の辻褄を合わせようと思えば、行き着く答えはたった一つしかない……!
「奴等は浦島校長の差し金……?」
ああ、なら納得できる。
納得できてしまう。
「この件の有力説として浦島校長は黒幕であると私は考える。だから、この件に関する露見とファイルの存在は秘密にしなきゃいけない。これ以上自分達の立場を危うくしないためにね」
「ああ、判る。今回、牽制という意味にしろアイザたち黒装束は容赦なく俺たちに迫ってきている。それはまだ、この四人にしかファイルの存在が知られていないと踏んでいるからだ。つまり、これ以上ファイルに関する話を広げれば殺害命令も下されかねない……」
考えて、ゾッとする。
「おいおいアルよ……飛んでもないもんに巻き込んでくれやがったな……。
俺たちの条件は今極めて危うい。少なくとも、暗殺部隊のような奴等を寄越したって事は浦島校長もこの件を表出すつもりはないからだ」
「うん」
「極論俺たちがこのままファイルのことを忘れていれば浦島校長は手を出してこない。せいぜい監視が鬱陶しいくらいか? わかんねぇけど……裏でなにされるかわかんねぇからな。はっきり言って、こうやって話してるのさえ危ないぜ?」
「そこはきちんと考慮してるよ。音を管のように巻いた空気のなかで震動させて届かせてる。見えない糸電話みたいなものかな、複雑な術式だから解説できないけど、要するに私の声は今二人にしか聞こえていないし二人の声も同じ条件下にしてる。安心して」
「お、おう……さすがだなラン」
天才的な能力者とはさんざん聞かされてきたが、ここまでとは。
もう風を完全なセンスの元に置いているわけだ。
「改めて……色々考えたい事はあるけど、今はちょっときついな。とりあえずの行動としてはファイルのこと、黒装束の事は他言しない。いつも通りの態度を装う。こんなもんか?」
「うん、バッチリだと思うよ。アルくんも聞いてた?」
「だいじょーぶ! へへ、浦島校長がそれだけ隠し通したい秘密のファイル、ものすごい興味湧いてきちゃった!」
そうか、言われてみれば、そう逆に捉えることも出来るな……。
思わぬ視点にランと顔を見合わせてしまうと、吹き出すように笑ってしまい、アルをおだてる。
確かにそうだ、それだけの秘密が入っているファイル! 興味がないなんて言えば嘘になる。
「絶対に、盗みとってやろうな、浦島校長のファイルを」
「うん!」
「おー!」
そのためにも、来るべきアイザたちとの戦いに備えて強くならなくちゃいけない。
……目下こなすべき事は、爺さんの指導だ。
爺さんによる地獄の日々が開幕です(*´ω`*)




