人じゃないなにかはそこにいた。 筆:月輪あかり
とうとう11話目!
なにやら不穏な雲行きです……!
――気付けばソレは、俺たちの背後にいた。
今まさにクリアファイルから書類を抜き出そうとしていた手が止まり、俺は胸のざわつきをいつの間にか忘れて振り向く。
そこに立っていたのは、黒装束の5人組だった。
「おい……あいつら何時からいた?」
途端ピりつく空気感のなか、一番始めに疑問を唱えたのはライトニングサンダーボルテックスことサンだ。
頬を伝う汗が妙にくすぐったくて煩わしく思いながら、震えるような緊張しきった彼の声が脳内で反芻される。
――ぜんぜん気付かなかった。
「わっかんない……」
頭をふるふると振るって震える両手を握り締め殺し、思案げに俯いたのはサタニックランページサイクロンことラン。このグループの『紅一点』はそう呟けば、怖がるような素振りを見せる。
自然と前に出たサンがやはり好青年らしい、と、頭の片隅で感心してしまいながら。
「も、もしかしてオレのコレ狙ってるのかな……」
「この条件下じゃあんたしかいないだろ……」
「エタちゃんひどいぃ……」
怯えた様子でクリアファイルを胸元に抱き寄せたアルカイックフレアことアルがそんなとぼけたことを言うのでたまらず突っ込みをいれてしまいながら、しかし俺も奴等から眼を離すことが出来ないでいた。
心臓がうるさい。
言い知れぬ恐怖を直感的に覚えているからだろうか。
――俺たちから20メートル先、屋上の縁を取り囲むように張り巡らされた金網を背にして、中央に立つ俺等を見据えている黒装束。
その体格はそれぞれだ。中肉中背の男1人、スレンダーな女1人、2メートル半近い大男1人、小柄なチビが1人、長身痩躯の男が1人……。配置は中背の男と女が中心、右端に大男、左側にチビ、長身が並ぶ。
全員の姿が、この世界観にはいささか歪にも程がある黒コート姿だった。ロング丈に目深なフードは顔を角し、黒のグローブ、黒のハイカットブーツで、地肌を覗かせる隙間はない。
そいつらを前にして俺たちは自然と、ラン・アルを守るようにサンと俺が前に立つ配置となった。
こうやって身を張らなきゃいけない現状になったのはとても不服だが、あいつらの様子はなにかオカシイ。そんなこと言える暇がない。
決して温厚な空気じゃなく、不穏な敵意を秘めているからこそ俺たちも自然と臨戦態勢に入るのだ。
巻き込まれたのは本当にイラつくが、「助けて」と言われて断らなかった俺の責任でもある。
こうなるとは思わなかったけど……一応友達だしな。
「とりあえず、絶対にそのファイルは渡すなよ」
「俺としてはそれを捨ててくれりゃ見逃されると思うんだけど……その選択肢はないんだろうなぁ」
サンの明確な指示に頷いてしまった2人を背中に感じて、俺は文句垂れつつも納得するしかなかった。
さて……。
「入学初日にこんなことになるんなら、先に爺さんに鍛えてもらえば良かったな」
呟いて、身構える。
俺たちも敵意を持ち出せば、黒装束の奴等も反応を見せてきた。
――お互いがいつ弾けても可笑しくない極限状態へと至る。
腰を落とし、上半身は奴等に対して横向きに。左胸を前へ押し出し、右腕は腰だめに控え。どこかカンフーのようなポーズを取ってみたわけだが、無論映画からの受け売りだ。
技術的なものは俺に何一つないわけだから、カッコつけ程度でしかないが……。
サンは逆に、それほど戦闘体勢など取らず冷静に仁王立ちしている。しかし裏返した両の掌に高密度のエネルギーが渦巻き出すのを感じれば、なるほど、魔法かと納得した。
俺も肉弾戦よりそっちがいいんだろうけど……実戦投入は難しいな。
本当に、後悔ばかりしかない。
――サンが叫ぶ。
「やいテメーら! 俺たちになにか用でもあんのかよ!」
さすがの度胸だ。
その啖呵に反応したのは意外にも、一番弱そうなチビだった。
「ケケケ。弱いくせにそんなこと言っちゃってぇ、死んじゃっても知らないよー?」
――瞬間、空を埋め尽くすように展開したのは氷の矢じり。それも無数の、悪意の塊。
氷柱のような円錐状のソレは直径30センチとでかい。それが綺麗に羅列してこちらを向き、俺たちを仕留めるどころか学校への被害すら考えていないようだった。
その現実ならば絶対にあり得ない展開に、ただただ恐怖を刻まれる。
「うっそだろ……!?」
「おとなしくぅぅう、かーえーしーなーさぁーい! ケケッ♪」
天を仰ぐ。空が落ちてくるようだった。
陽光を浴びた氷がその光を屈折させて乱反射させ、視界がくらむ。尖端が見えなくて、とても怖い。
――レベルが違いすぎる。
そもそもこいつら何なんだよ。俺は関係ないのに……!
諦観にも似た絶望。逃げることすら忘れ、いや違うな。空を埋め尽くす数多の矢じりは、逃がしてくれる余地などなく、学校ごと俺たちを八つ裂きにするようだった。
しかし。
「旧き世界を焼き尽くす火よ」
アルの声が聞こえた気がした。
途端、後方から爆発するような空気の蒸発を感じ、それが尋常じゃない熱だと理解する。背中が焼けるようだと離れれば、アルがいる地点から立ち上るのは紅蓮の火柱。空間を歪めるほどの熱量を持って空気を喰らい潰していくソレは、蛇のように天を泳いで氷矢を呑み込んでいった。
その圧倒的な技に、助かった心地を覚えてはハハと乾いた笑いが漏れてしまう。
しかし、なんて言っている暇もなく、すぐに異変に気づいた。
――アルの呼吸が荒い。
「アルくん!? だっ、大丈夫かい?」
「炎は暴走しやすいからな……おいアル、無理するな」
その眼を真っ赤に充血させ、踞るアルの背中には未だ燻るような火が踊る。本人に熱は感じていないんだろうが、こちらとしては近づきにくい高温だ。
この残炎を消せればなんとかなりそうな気もするが……。
「ちょっと退いてくれ」
一か八か。氷属性のこの冷えた肉体を信じて、アルの肩口から揺らいで燃える残炎に蓋をするように手を覆い被せた。
ジュワッとして焼ける感覚がどうにも気持ち悪く、また神経に突き刺して残るような火傷が堪らないが、その状態で十秒。堪え続けて音がしなくなると、その手を退けてみる。
……火は無事消えていて、サンとランは一斉に駆け寄った。
「ありがとうっエタくん!」
「エタ、さすがだな」
皮膚の感覚が絶妙にないが、まぁそれは置いておいて。
救ってもらったのだからこれくらいはしないとな。
なんとか、アルも立て直したようで、それにホッとした。なんとかなった。
「――へぇ、すごい。ミヤの魔法を打ち破るんだね」
さなか、パチパチと独り拍手をこちらへ送るのは中背の男だった。
黒装束は顔も隠しているため、奴の表情を明らかにすることは叶わないが、その顔がニヤついているのだろうなと言うのは声音から判断できる。
嘗めてる態度とでも言うんだろうな。確実にこちらを下に見てる、苦手なタイプだ。
「とりあえずファイルは遠くにやろう」
「うん……そうだね」
こちらはこちらで作戦会議。先程はランにパスされていたからアルの炎にファイルが巻き込まれることはなかったが、そう気を使い続けた立ち回りは負担が大きいのは察せられた。
ランやサン、ひいては俺もだが、使える魔法の質を見るにほとんどが全体へ影響を及ぼす範囲系の魔法だ。それにファイルを巻き込まないためには、そうするしかないな。
問題は誰の手にも届かなくなるので、ビーチフラッグになる可能性が大きいわけだが。
「穹操」
森羅万象を形成する四大元素がうち、風への適正が抜きん出た優等生――ランの技術は高次元だ。
クリアファイルは風に乗せ、意のままに遠くへ流していく。その速度はとても早くて、気付いたときには見失ってしまった。
「カラス」
それを追いかけていったのは、中背の男に名前を呼ばれた黒装束の女だ。
奴は助走のように屋上を駆け抜けていくと――横幅3メートル程に広がる悪魔のような羽根を展開し、地を蹴って金網を飛び抜けて追う。
その様に「人間じゃ、ない……!?」ただただ疑問しか涌かなかった。
「なにあの羽根……魔力を感じないよ」
「有翼の人種なんて聞いたことねぇぞ」
「まさか、あれが鬼……? エタちゃんわかる?」
「いや……鬼はもっと違うはずだけど」
それとも、まさか……? いや、違うよな……?
言い知れぬ不気味さに一人思案してしまっていれば、ランが「とりあえず私が追うね! 皆気を付けて!」と風に乗って飛んでいくのを見届ける。
あちらの妨害は任せて、俺たちは目の前のやつらに向き直ることにした。
「あんたたちの目的はなんだ」
「もちろん、そのファイルだよ」
異様なオーラだった。
他の四人とは桁の違う存在感と言うべきか。
奴の言葉は実に軽快なそれだが、ものすごく重たいおぞましい音を秘めている。
――人じゃない、そんな気がした。
「渡す気はない。俺たちのだからな」
「なら奪うだけなんだけどね」
再び先程と同じファイティングポーズと決め込む。初手のチビの殺意を受けてか、こちらの覚悟も大分変わった。
意地でもこのファイルは渡さない。
サン、俺、アルは各々身構えて、黒装束の動向を見据える。
それを受けて、奴は「僕一人でやるよ」と仲間たちと会話していたのが聞き取れる。
俺たちを嘗めているようだが、まぁいい。好都合だ。
こちらは、全員で行かせてもらうけどな。
「自己紹介をしよう、僕の名前はアイザだ」
「羨ましい名前だな」
いやほんと。
エターナルフォースブリザードなんて長すぎて自己紹介する気力もないわ。
「じゃ、返してもらおうか!」
なんていう啖呵を切って、中背の男・アイザは地面を蹴ると、一瞬でこちらへと間を詰めてくる。
20メートルもあったのに、早すぎる!
対応できない速度では決してなかったが、虚を突かれたのも反応が少し遅れてしまった。
――アイザの狙いはどうやら俺らしい。ずっと問答を俺としていたからか? どうでもいいが、眼前に迫る奴は早かったけど――初日に見た爺さんなんかよりは断然遅いわけで。
見切れていた。
「シッ!」
右腕を引き絞って、射程圏内に奴が収まるのをじっと見据える。
あと少し。あと少し。そしたら殴る。昔ヤンチャしてたことを思い出せ、喧嘩の経験を。
殴れ殴れ殴れ殴れ――やっぱちょっと怖い!
10年もデスクワークばっかりだから殴り方なんて忘れちまったよ!
そんな臆する気持ちが身体に反応されてか、眼をつむりながらも差し出した右ストレートは誰の眼に見てもなよなよしていた。
そんなへにゃちょこパンチをアイザは――屈むことで回避し、がら空きの俺の腹部、鳩尾へ右の掌底を叩き込むと「グッ!」呻く俺に休ませる暇なく、左のフックで脇腹を抉るように殴る。
「づァっ!」
横に吹き飛ばされそうになっていると、しかしアイザの猛攻は止まない。立ち上がった奴は放り出されてそのままの伸ばした俺の右手を、絡み付くように両手で絞り固めると、背中に回って背負い投げ。
腕の可動域限界にギチギチと折れそうな程エビ反りに持ち上げられれば、くるんとうつ伏せ状に地面に叩き付けられる。
「かはっ」
コンクリの屋上も痛かったが、それ以上な猛攻に感覚が麻痺し出していると。
んごきんっ。
「ぁ……」
右腕を逆に曲げられた。
「ゃ……な、あ、あ、ああ、あああああああ、……ぁああああああ!」
痛い! スゴい痛いなんてもんじゃない!
鳩尾突きも左フックも背負い投げも叩き付けも全てが霞むほどに、地獄ッ!
いだいだいだいだいだいだいだいだいだいあああああああああああああああッッッ!!
「く……ぁあ……ぅ」
しまいには泣いてしまう。
――だって仕方ないだろう!? 恥も外聞もプライドもなんでも捨てて、ただひたすらこの苦痛を呻くしかない。
気絶できるならそっちの方が良かった!
無駄に意識があるだけに、この痛みを覚え続けなければいけないのが果てしないほど腹立たしい!
「おいおいエタちゃん!」
「エタ! しっかりしろ!」
「心配してる暇あるのかな?」
駆け寄ってくれる仲間たちのなか、妙に耳に残るアイザの声にハッとして、涙ぐんでぼやけた視界を絞り見守る。
そこでは――次にサンが狙われていたんだ。
バトルイベント(負け戦)




