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タイガの花屋  作者: 花屋
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結.森の花屋




 ずっと、

 ずっと、ずっと、ずっと、


 暗闇を見ていた。

 それが地獄なのか、夜なのか、瞼なのかもわからずに。

 一瞬のまばたきを永遠と感じていたのかもしれない。目が潰れていただけかもしれない。

 耳では川のせせらぎだけを聞いていて、それが自分の呼吸と脈拍と心臓の音だったと理解し始めたころ。

 唐突に暗闇が引き裂かれた。光が差し込んできた。

 押し寄せる物影、近づく顔、声。

 弟の声。

「ーーさん、ナナ姉さんっ」

「…………。ウ……」

 わたしは全身を固定され、狭い空間に閉じ込められていた。



 わたしは全身骨折と診断され、三ヶ月の療養生活と絶対安静を宣告された。

 弟いわく、自然治癒以外に治療法はないという。動き回ったら折れた骨が皮膚を突き破ってくると半分脅された。

 ここがコロニーの診療所であること、襲われて丸二日が経過したこと、完治まで住民たちが手を貸してくれることを前置きした上で、弟は今日までの経緯についても話し始めた。

 わたしがユスラウメ採取に出掛けた直後、コロニーに戻らない弟を心配した住民が花屋を訪ねていた。昏睡状態だった弟は彼らに起こされ、すぐにわたしの捜索を始めて捕食現場に居合わせた。瀕死のわたしをコロニーに運び入れるまで半日を要したという。

 それと、店の付近には市場の配達員の遺体があった。急所を一突きされただけで捕食はされていないとのこと。おそらく例のフクロウの仕業で、自分の情報の拡散を防ぐ口封じが目的だったのだろう。

 花卉市場には事情を説明し、遺体も返却したという。わたしが大ケガを負って経営が困難なことから、花配送の契約も解除してくれていた。

 あの日以降、フクロウは姿を現していない。それらしき犠牲も出ていないという。この近辺には情報が知れ渡って、活動地域を変えたのかもしれない。あるいは潜伏しているのかも。

「あと数日は様子を見る。蓄えはあるから、食べたいものがあれば言えよな」

 食べたいもの。真っ先にユスラウメの花を想像し、ハッとフクロウの言葉を思い出す。花を食すかと訊ねたのは、そこで罹患者か判断するためだったのではないか。花には微量の毒が含まれていて、それが蓄積されて起こる病気があるのでは。病名は、確か、

「クル」

「……来る? なにが」

「ちがう、あイッ、いてて……」

「バカ、バカ、安静にって」

「うぅぅぅ」

 弟が調べて回ったところ、どうやら、食事が植物質に偏ることで運動能力が著しく低下する病気があるという。フクロウはそれを見抜いていたのだ。

 衰えた原因が老化ではない(多少の関係はあるだろうが)とわかったとき、わたしは何歳も若返った気がして場違いにも喜んでいた。食生活の改善で克服できるらしく、頼む前から動物質メインの食事が多く出るようになった。わたしはそれを残さず食べることで治癒に努めて、気力も養えたことから急激に回復していくのだった。

 二ヶ月が経過し、森が秋めく頃にはリハビリを始めていた。すっかり仲良くなった子どもたちとコロニー内を歩き回ったり、簡単な採取作業を引き受けたりする。住民たちは冬眠に向けた食料の貯蓄に奔走しており、わたしも早く力になりたいと考えていたのだ。

 わたしの退院後について、コロニーの代表格や古老と話をした。元いた場所で暮らすのか、ここに移り住むかという内容だった。

 わたしは、花屋を捨てて移住することを願った。花の過食が病原だと知った以上、今までよりも廃棄ロスがかさみ経営は困難だと考えたのだ。コロニーに移店しようにも周辺は植物質に満ち溢れているし、食用としての売り上げはほとんど見込めない。

 住民は廃業を惜しみつつも、それに同調してくれた。さっそくわたしの居住地の検討が始まり、備蓄もそれなりに分けてくれた。


 どうしてそこまで尽くしてくれるのか。

 いつか、そう訊ねたことがある。あれは冷たい雨の日で、雨宿りで偶然居合わせた初対面の住民から防寒生地を頂いたときのことだ。

 治療も、介護も、食事も、お見舞いも、復帰の手引きも、おすそわけのどれもこれも、だれもかれもが心配りの行き届いたケアをしてくれる。見ず知らずのあなたでさえ珍しい物を分けてくれる。わたしは与えられてばかりで、生きている間に全員分の恩を返せる自信がない。そう皮肉に笑ってみせた。

 その住民、ちょうど亡くなった配達員と同年代の青年は、わたしの言葉を強く否定し、こう続けるのだった。

「恩を返すのは僕たちですよ! だって、ナナさん、英雄みたいなものですから。フクロウの被害がなくなってみんな感謝してるんです」

 内気な子という第一印象を突っぱねるすさまじい熱弁。

 それに英雄だなんて。わたしはただ襲われ、助けてくれたのは弟や住民の方なのに。

「違います、あんな重体で生き延びたから英雄なんです。それに聞き出した情報を持ち帰ったじゃないですか。僕たちを見えない不安から救ったんです。敵を見えるようにしてくれたんです」

 完全な平穏無事が訪れたような顔をする青年。

 捕食の危険なんてごまんと存在し、常に周囲に犇めいてる。平和とは混沌の間の期間であって、常に危険意識を持たなければ淘汰される世界なのだ。

 だというのに、この青年は、どうしてこんなにも優しい笑顔を見せるのか。

 ここで生まれ育つ子たちは、一様に平和ボケして暮らすのか。

 ここが本当に安全だと確信しているからか。

 ここに住めば、変化のない平凡で優しいだけの毎日を過ごすことができるのか。

「ーーできます。僕たちだって、安心して暮らす権利があるんです」

「…………」

「ここなら雲孫だって拝めますよ」


 そして十月。わたしは骨折とクル病を克服し、間もなく冬眠の時期を迎えた。翌年の四月まで、時おり目覚めては食事や排泄をしつつ越冬する。次に見た外の景色は、雪解けを迎えた針葉樹林(タイガ)の森だった。

 もう六度も見たはずの景色が、とても新鮮なものに思えた。


 身の回りが落ち着いた頃、わたしは健康になった体で久しぶりに花卉市場を訪ねた。

 顔見知りに無事を喜ばれ、一緒に配達員の死を悔やみ、帰り際に一輪の花を買う。ほころびがないよう丁寧にコロニーに運び、共同墓地にそれを手向けた。

「ーーお待ちどうさま」

 精選した一輪の桜を、亡き姪孫の墓に添えたのだった。




解説的なものです。

リスは昆虫や果実を好み、ナナのように花を主食とするようなエゾシマリスは(おそらく)いません。特殊な味覚の持ち主です。

ナナは五歳、人間では五十歳程度です。厳しい自然界ではそれくらいで姿を消すそうです。

スナッフル、クルという病は実在します。フクロウにも感染しますが、体力が衰えたりしない限り発病はしません。

桜を意味する漢字に“櫻”がありますが、元はユスラウメを指す言葉でした。実の成る様子が首飾りを付けた女性ように見えるためだそうです。サクランボに似た実をつけます。

どこが一番苦労したかってフクロウのセリフですよ‥。検索と切り貼りで言葉を作り、何日も費やしてしまいました。(こんなキャラ設定にしなきゃよかった‥)

お付きあい、ありがとうございました^_^

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