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タイガの花屋  作者: 花屋
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承.森の忍者

 気にかけられながら進む道中、わたしたちは互いの近況について話していた。

 リス社会は多産多死型。隣保状況が目まぐるしく変化していく環境で、わたしたちは情報を共有し合うことで警戒網を張り巡らせている。森の捕食者たちは強く狡猾で、身を隠すこと以外に生存の術はないのだ。

 しかし不幸ばかりではない。多くの血族と会えることはとても楽しみだった。産まれて一年で性成熟を迎えるため、強運の持ち主であれば雲孫(八代後の子)を拝むことだってできる。理論上の話だが。

「ーーこの先。血の匂いで天敵が寄ってきてるかも」

 出発から四半刻ほど。体からの様々なSOSを黙殺しつつ進んだ先に、目的の地はあった。

 そこは、モミの密集地に開発されたコロニーだった。幅広い樹冠が上空からの視界を遮り、苔むした大小の岩がそこらじゅうに転がっている。その光景自体が、屋根の下で暮らす団塊家族のようにも見えた。

 北東にある斜面は日が当たりにくく、また降りた先には小さな沢もあるため、夏の暑い時期でも安定してキノコが採れるという。沢の上流にはクルミの木があり、流れ着いた実も楽しむことができる。さらにモミの球果もわたしたちの食料となることから、この場所で植物性の食べ物にはまず困らないだろう。

 その一角、様々な供物が寄せられた共同墓地があった。他の動物に荒らされないよう、草花でカモフラージュされている。

 墓標には、少量の尾毛を束ねた工芸品も飾られていた。サラの遺品だ。

「サラちゃん、わたしよ。花屋のおばちゃん」

 膝をつき、夏桜を供えて語りかける。はたして気に入ってくれるだろうか。

「あなたのがんばり、無駄にしないわ」

 飾り物を撫でてやると、カラカラという心地の良い音がした。加工した豆の鈴がいくつも付いていた。

 哀悼の意を惜しみなく捧げて、約束を果たすべくコロニー内の同族たちと話をしに行った。子どもたちにはフクロウの存在を認知させ、夜間に出歩かないことはもちろん、無闇に物音を立てないよう指導を施す。猟から戻ってきた大人たちを召集し、対策について議論もした。

 住民の平均年齢は比較的高く、わたしよりもご高齢の方も多くいらっしゃった。コロニーが安全だったことの証明であり、住民たちは今回の一件を重く受け止めていた。


 日没が迫り、弟がとある話を持ちかけてきた。今日はもう遅いから一泊していってはどうか、というものだった。

 住民も歓迎ムードだったが、わたしは花屋の営業を理由にそれを断った。どうしてか、休んでしまってはサラに面目が立たない気がしたのだ。

「花の手入れをしなきゃ」

「いいだろう一日くらい」

「でも、わたしよそ者だから」

「もう仲間だよ。みんな頼りにしてくれてるんだから」

「でも、やっぱり、花が心配なのよ」

「……姉さん、今日は」

「枯れちゃうかもしれないし」

「……わかったよ、せめて一緒に行く」

 わたしはそのとき、弟の体力が限界に近いことを察してやれなかった。彼は明け方から情報集めに東奔西走していたにも関わらず、同行を名乗り出てくれた。

 住民に見送られてコロニーを後にする。夕陽に射たれた苔石が金色(こんじき)に輝き、神々しささえあった。

 わたしがぽてぽてと歩くあいだ、弟は短距離走と周囲の警戒を交互に行って先導してくれた。ひとつしか歳が離れていないはずなのに、この身体能力の差はなんなのか。

「どうせ花ばかり食べてるんだろ。たまには動物質も食べなよ」

「売れ残るんだから仕方ないじゃない」

 わたしの経営状況を例えるならば、消費期限が極端に短い駄菓子の売店だった。お小遣いを握った子どもや保護者が食用花を買っていき、ごくまれにフラワーギフトの依頼、冠婚葬祭の催しのため鮮やかな商品が売れる。そして生花は足が早く、売れ行きも天候に左右されやすいため、日により廃棄ロスの多い職業なのだ。

 わたしの花食癖の起源は一歳の誕生日にある。今は亡き父に連れられて、ユスラウメの実を食べに行ったときのことだ。そそっかしい父は結実の時期を誤り、いざ向かってみると開花したてのユスラウメばかりだった。このまま手ぶらで帰らせるわけにはいかないと焦った父は「花も美味しいんだ」と腕一杯に摘んできてくれて、その蜜が本当に甘くて衝撃的だった。度肝を抜かれた。わたしの味覚にマッチしているみたいで、気づけば枝一本分の花を食い散らかしていた。

 そして今はまさに、ユスラウメ開花の季節である。しかし花は萎れやすいため市場に出回っておらず、味わうためには自分の足で取りに行く必要あった。

「つまり父さんが元凶だったと」

「聞こえが悪いわね。お父さんの()()()

「はは……」

 久しぶりに弟の笑顔を見た気がする。今日は張り詰めっぱなしだったから、増して新鮮だった。

「ユスラウメ、懐かしいな。俺は実の方が好きだけど」

「ジャムは食べるの? 毎年作ってるから食べに来てよ」

 と、その直後のこと。

「ーーん」

 弟の表情がこわばる。わたしたちの後方、木の上を凝視したまま動かなくなった。なにかを見つけたのだ。

「リク……?」

「静かに」

 低い声だった。わたしは声に押し付けられるように屈む。風が吹いておらず、日没間近の森は一気に音を失っていく。

 わたしはほとんど地面に向かって、弟へと訊ねた。

「なにかいるの?」

「……いや」

 そう否定するも、弟は警戒を解こうとしない。すぐに駆け出せるよう、尻尾がぴったりと背中にくっついている。

「わからない。でも、走ろう。もたもたしすぎた」

「ええ」

 わたしたちは物陰を意識しつつ、身を寄せ合って“なにか”から逃げていた。それは例のフクロウかもしれないし、数多の天敵、木の葉のさざめき、夜の帳が見せた幻覚だったのかもわからない。

 とにかく一心不乱に走り、気づけば花屋のある根元に転がり込んでいた。わたしは腹を上にしてくたばり、弟は様子を窺うべく外を見つめていた。

「ーーいる?」

「…………。いや」

 ようやく愁眉を開く弟。気が抜けたのか、体力が限界を迎えたのか、あるいはその両方か、立ち上がってすぐ尻餅をついた。

「あいてっ」

「ちょっと、だいじょうぶ?」

「ふはは……。姉さんこそ、その格好」

 彼は、最後の力を振り絞るようにして笑っていた。

 姉弟二匹、花に囲まれた売り場で天井を仰ぐ。今ならてんとう虫の体当たりでさえ命取りな気がした。

「ピクリとも動けないや。今夜は泊まろうかな」

「そうしてちょうだい」

 わたしは枯れ葉で寝床を作り、本当に動けそうにない弟を転がしてそこに導く。貯留槽から雨水を持ってきてやり、再び声をかけたときにはぐったりと眠っていた。

 ほとんど気絶だったのだろう。口を開いたまま、体の半分が死に浸かっているみたいだった。

 弟が見た影、感じた気配はなんだったのか。

 考えるだけの頭が回らず、わたしもいつしか深い眠りに落ちていた。


フクロウは“森の忍者”、“森の賢者”と呼ばれています。

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