雨の降る昼空
雨の降る昼空
藍川秀一
ここは、雨の匂いが際立つ場所だ。雨によって緑が艶をだし、様々な花が、景色に彩りを持たせる。平日の昼間、この場所には誰にもいない。だからこそ昼休み、学校を抜け出して私はこの場所へと来る。昼食は味がしない。飲み物だけを自動販売機で買い、校門を出て、この公園へと来る。屋根のある場所へと向かい、ビニール傘を適当な場所へ立てかけてから、ベンチへと座る。この場所は毎日、変わらないものを私へと見せてくれる。
学校にはなるべくいたくなかった。授業中の最低限、もっと言えば問題なく卒業できる程度しか、あの空間にはいたくはない。教室は私にとって嫌な匂いが充満する場所だ。人が腐ったといえば言い過ぎかもしれないが、あの場所の空気は淀んでいる。腹の奥から、何かが込み上げて来るような、吐き気にも似た感情になる。
私はこの場所で、淀んだ空気を全て吐き出す。深呼吸をして、肺の中の空気をリセットする。目を閉じて、風と緑の香りを感じる。深く、深く呼吸をしてから、私は目を開けた。
「こんにちは」
見たことのない女性が、私の目の前にいた。
「こ、こんにちは」
人と話すことに慣れていない私は、たどたどしい挨拶を返す。
「ハハハ、本当に同じこと言ってる」
おかしなことを言う女性だった。背はそれなりに高く、髪は肩にかかるくらい長い。黒のブイネックのティーシャツを身につけ、白いスカートを履いていた。首につけている銀色のネックレスがやけに目立つ。雨が降っているにも関わらず、傘を持っていなかった。それでも、服は濡れていない。ニコニコと笑いかけて来る。
「何言ってるんですか?」
「いやいや、面白くてさ。昔の私と同じことを言ってるから」
「頭、大丈夫ですか」
「大丈夫、大丈夫。お姉さんは正常だよ。まあ、突然のことで信じられないかもしれないけど、私は未来のあなた。未来からこの場所にきたんだ」
「あなたが、未来の私?」
本当におかしなことを言う女性だった。
「救急車かパトカー、どっちを呼んでほしいですか」
私は携帯電話を取り出して、女性へと問いかける。
「わー、待って待って、落ち着いて。何もしないしすぐ帰るから」
「すぐに帰るって、なにしに来たんですか?」
女性は、どうしてか微笑んだ。
「この場所を、見に来たんだよ」
女性は目を閉じて、深呼吸をする。そしてその姿が、いまの私と重なった。
「うん、満足した。少し話でもどう? まだちょっとだけ時間あるし、正確には五分くらいだけど、あなたの昼休みもそれぐらいでしょ? 大抵のことは喋れないけど、色々聞いてくれていいよ」
私の中ではまだ、疑念が消えていない。嘘くさい以外の何物でもない。
「未来の私だと言う証明をしてください」
「それはできないな。信じてもらうしかない」
「私はこれから先、どうなりますか?」
「さて、どうなるんだろうね」
ニヤニヤと笑う女性。心なしか楽しそうなのが腹立たしい。
「でも大丈夫。それなりに楽しいとは思うよ。かけがえのない友達だってできるし、それに、」
「好きな人だってできる」
どこか嬉しそうに、女性は答えた。
「ごめんね、そろそろ時間だ。私は行くよ」
女性は屋根のある場所から出て、空を仰ぎながら、雨へと打たれる。
「雨なんて久しぶり」
女性は少しずつ、少しずつ遠くなって行く。手を伸ばせば届くが遠い場所へいることが、どうしてかわかった。
「最後に、聞いてもいいですか?」
「何?」
「あなたの歳はいくつなんですか?」
「ひ、み、つ」
最後に女性は笑って、私の前から消えた。
〈了〉