第七話 魔剣士ユノとオーク
ユノとレヴィアタンの背後から、ドスンドスンと地面を踏み鳴らして近付いてくる一体の魔物。
振り向けば、そこには2メートルは優に超える豚頭を持つ巨体が目視できた。
名はオーク。ゴブリンと同じく棍棒を作製する能力を持つが力はオークの方が明らかに上で、ゴブリンが脅威度【F】ランクなのに対し、オークは【E】ランクと上位に位置する存在だ。
ちなみに、この魔物に付けられる脅威度はF、E、D、C、B、A、Sとなり、Sが最上位となる。最下位は実はFではなく、無害と認定されているNランクが最下位である。
閑話休題。
そのオークは、大きな棍棒を肩に担ぎ、赤い液体で染められている“生き物だったもの”を引き摺っていた。
しかしそれは明らかに四肢があり、人であったということに気付いてしまう。
ユノは、その醜悪な姿を晒したオークに眉を潜める。
自然とレヴィアタンを握る手が強くなる。
『ユノ』
レヴィアタンはユノの明らかな怒りを感じとり、平静を保って貰いたくて声を掛ける。
名を呼ばれたユノは少しだけ感情を内側に落とす。その後、確かに頷いた。
レヴィアタンの短い言葉から、察したのだろう。レヴィアタンがユノにどうして欲しかったのかを。
ユノは落ち着きを取り戻したが、一方で、馬車で奇跡的に生還していた少年は恐怖に支配されてしまっていた。
「うぅ…あ…あぁ…」
この凄惨な状況を作り出したオークの登場、更には見覚えのある服を着ている死体が引き摺られているのを見て、少年は精神を保つことが出来なかった。
これは少年の姿がある意味では正しい。15歳も迎えていない幼げな少女が、この恐ろしい魔物を前にして、一切の怯えを見せていないことの方が異常なのだ。
しかしこのユノは以前にこのオークよりも凶悪な存在と敵対し、更にはそれの討伐を達成していたのである。故に彼女にとっては、このオークに怒りは覚えるものの怯えは些か感じ辛いのだ。
そんなユノが、余裕綽々とこちらに近付いてくる様を見せ付けてくるオークに対して、先制攻撃を仕掛けた。
魔剣によって超強化されたその身体能力を上手く扱い、一足でオークの眼前にまで迫り、一閃。
オークが何をするよりも速く魔剣をオークの喉に突き刺していた。
オークは、何事かを理解することもなく、ただ、驚愕の表情のまま絶命することとなった。
まさに呆気なく終わった戦いに、ユノは少々ホッとする。
未だに、魔物との戦いでは緊張感が走るユノ。それはレヴィアタンが常日頃から油断はするなとうるさく聞かされていたために、自らほぼ無意識に緊張させていたのだ。
これは良い傾向だと、レヴィアタンは内心で頷く。
ふぅと一息ついたあと、ユノは少年の方を見やるが、
「あっ…あぁ…」
しかし、未だに少年は怯えたままであった。
目線は下げており、頭を抱えるようにして蹲っていた。
ユノが「どうしたの?大丈夫」と声を掛けるも、少年は聞こえていないのか、まともな返事がなかった。
『この少年。心が壊れてしまったかもしれない』
「心が、壊れた…?」
『今みたいに、自分では消化しきれない程のショックを受けた時に、人は精神を保てなくなるの』
ユノは、レヴィアタンに出会う前の自分を思い出していた。
『ユノもあの時、もしかしたらこの少年と同じようになっていたかもしれなかった…』
「この、少年みたいに…」
ユノは、心ここに在らずといった様な少年の姿を見て、気の毒だが、自分には支えとなる存在がいて良かったと思った。
「私は、レヴィがいてよかった。本当に」
『…そうだね。私もユノがいてくれて良かったよ』
少年には何もできなくて申し訳ないと思うのと同時に、お互いの存在の有り難みを感じるユノとレヴィアタンであった。
その後、壊滅した馬車の中から、この馬車の出発地点と到着地点を結ぶ経路が書かれた地図を発見。
それを頼りに目的である街へ行くことに。当然、この場所から近い方の街へと行くことにした。
ちなみに、オークに殺されてしまった人たちと馬はここに埋葬し、オークの死体はレヴィアタンの『オークの死体は消して、“ここでオークが殺された”という証拠を消そう』の一言により、適当な部位を採取して、その後、レヴィアタンの火魔法で跡形もなく焼却した。
なぜこんなことをしたかというと、それはこの場所を特定され調査された時、必ずオークを討伐した者を捜索すると考えていたためだ。つまりは、ユノという一人の少女がオークを単独で討伐したという噂を広めないためであった。そういった噂が広まってしまえば、自ずと武器である魔剣にも注目がいくことを察知していた。
ちなみに、馬車の中の荷物で使えそうなものはなかった。
そして、一人残された少年だが、ユノとレヴィアタンがあれこれしている内に、怯えるのを止めたようだ。
「…………」
しかし、目に光がなく、呆然としている。
ユノとしても、この少年にはゆっくり時間を掛けて現実を見つめてほしいと思っていたが、ここは森の中。
少年を守りつつ森で過ごすのは危険と判断。
それによって、一先ず街へ移動することを先決。そして少年は人型のレヴィアタンに担がれて移動することに。
魔剣を持っていないユノでも、能力値はレヴィアタンの能力値と同様なので、剣がなくても素手で戦えるため、道中は楽勝であった。
その反則的能力の甲斐あってか、特に問題なく、街へとたどり着くことに成功したのであった。