第三話 魔剣士ユノと誰もいない村
ユノとレヴィアタンはアークデーモン討伐後、荒れ果てた村を散策していた。
「酷い有り様ね…」
人間の姿になったレヴィアタンは、辺りを見渡してそう呟く。
「…うん」
ユノは小さな声で同意した。
現在、ユノは両親と村の生き残りを探していた。
しかし、全壊してある家や地面に広がる血だまり、まるで真夜中のように静まり返った村を見たユノは、生き残りが居ないことを薄々感付いていた。
一先ず、住み慣れた我が家に戻ることにしたユノは、レヴィアタンを連れてそこまで移動した。
「…」
ユノは口を閉じたまま、我が家であった瓦礫を目の前にして立ち尽くしている。
それを後ろから見たレヴィアタンは、彼女に同情をする。
「…私は元々は剣だった。人の感情を喰らい、力を喰らい…いつしか私は自我を持ち、感情さえも芽生えた。…だからというのもあれだけど、あなたの気持ちわかる気がする。辛くて…苦しい」
永らく存在し続けるその魔剣にとって、おそらく、初めて掛けるであろう励ましの言葉。
それほどまでにユノを気に入り、特別視していた。
その声を聞いたユノは、俯きながらレヴィアタンへと振り返り、抱き付いた。
そして、声を殺しながら泣き始めた。
レヴィアタンはユノを抱きながら思う。
封印を解いてくれた恩人とも言える人に対し、いつも通りに乗っ取ろうとしていたことに対して、後悔をした。
今となっては契約をして良い方向へと進んでいる。だが、それはユノが契約による支配を退けたからこそであったが。
レヴィアタンは、剣にして人と同じく知性と感情を持ち合わせている。
元々が剣であるため、人に使われる道具であるが、それを嫌ったレヴィアタンは、契約によって“私を使う奴を使ってやろう”と考えるようになった。
そのためにこの剣は、人を道具のように見ていた。
力を欲し、好き放題暴れていたレヴィアタンは、いつしか大賢者と呼ばれる魔導師に封印されてしまう。
封印されつつも満たされていく復讐の念。しかしそれは次第に長い年月を経て、知らずの内に廃れていっていた。
ユノに封印を解いて貰った時こそ、復讐を果たしてやると、ユノを使おうとしていたのだが、ユノにある不思議な力、ユノがする魅惑的な眼付き。
そのどれもがレヴィアタンの知りえもしなかったことであったため、ユノとの出会いによってそんな心は消え去っていた。
今はただ、ユノに興味と好意。そして、少しの嫉妬心があるばかりであった。
故に、魔剣レヴィアタンはユノに使われることを望んだ。
「ユノが許すのならば、私がいつまでもあなたの側にいてあげる」
ユノはレヴィアタンの胸のなかで何度も頷いた。
暫くして、泣き止み落ち着きを取り戻したユノは、瓦礫と化した元実家を見る。
どれもこれも原型を留めていない。
壁や屋根も家具もバラバラで、地面が抉れている部分まであった。
そして、母と父と思わしき亡骸が二つ、瓦礫の隙間にあった。
一目見て、どちらが母か父かは分からないが、遺された靴や僅かに付着している服、そしてアクセサリーからどちらが母か父かがユノには判別できた。
死臭が立ち込める中、黙々と遺品を手に取る。
ユノは顔をしかめることなく、悲しくも優しい眼で淡々と作業をこなした。
土を盛り、そこに瓦礫の中から手頃な木片を墓標として突き刺し、その木片に母にはネックレスを、父には指輪をそれぞれ固定した。
その二つは、いつも両親が肌身離さず身に付けていたアクセサリーだ。
残念ながら、母親の方の指輪は見付からなかったが、ネックレスはあったことに運が良かったと思わざるを得ない。
二つの簡素な墓を前に、ユノは両膝を地に付けて、両手を胸の前で組み静かに祈る。
その間、レヴィアタンは黙ってその光景を見ていた。
親子の会話に、入り込んではいけないと思ったためだ。
「もう、いいの?」
「…うん、ありがと」
「…そう」
レヴィアタンは剣であれ、知性と感情を持つ。そして人との触れ合いが多かった彼女にとって、物の分別を付けることは当然のように出来るのである。
しかし、この雰囲気でユノにどう話しかけていいかまでは、数百年生きる者でも難題であった。
もっとも、レヴィアタンがただ気まずいと感じているだけなのだが。
この状況を変えたのが、意外にもユノであった。
「これから、どうしよっか?」
笑みを浮かべてそう話し掛けてきたユノの目元は、赤く腫れている。
レヴィアタンはそんな彼女を見て、ある特別な感情を抱くが、今は本人さえどんなものなのかは気付かない。
「もう、この村に思い残しはない?」
レヴィアタンの言葉に考え込むユノであったが、背後のお手製の墓を見ては、頷いてこちらを向き直した。
「大丈夫。…本当は村の皆のお墓を建てたかったけどね」
「大丈夫よきっと皆喜んでいると思うわ」
「そう、だよね!うん、ありがとう」
そう言って、レヴィアタンの前で笑顔を見せるユノ。
レヴィアタンにとっては、それが初めて見るユノの笑顔であった。