第三十一話 時間制限
「それじゃあ、私たちも準備しなきゃ」
「長い距離の移動になるから、水と食料と…いや、水は出せるからいらないわね」
ギルド内の宿の一室で、ユノとレヴィアタンは準備を始めていた。
「レヴィのお陰でいくら走っても疲れにくくなってるから、食料ぐらいでいいと思うんだ」
「うーん?確かにそうかも…?いやいや…あっそうだ、テントも必要だし武器も…」
「武器はレヴィがいるから大丈夫!」
「…そ、そう?いやでも一応あったほうが良いよ…?」
「えー…わかった、じゃあ後で適当な刃物を買うね」
話ながら次々とユノ作の簡易リュックに必要なものを各々入れていく。
「なら、後はランプぐらいかな?」
「戦うのに荷物が邪魔にならないかな?」
「それは戦いになる前に下ろせばいい」
「そっか!」
それから、食料、ナイフを購入した。テントは思ったより高額で、資金が不足していたために購入するのを諦めた。
準備を終えた二人は、退避する皆とは真反対の街の門へと到着した。
人目を可能な限り避け、ここへ来たのだ。
その理由は一つ、悪夢をもたらしている元凶を叩きにいくのだ。
「…ここまで来ると、もう兵士さんとか戦える人たちだけになったね」
「態々ここに来る一般の人なんて居ないわ」
「それじゃあ、私たちは?」
「冒険者でしょ?」
眼下には、兵士など装備を整えている人らが忙しなく動いているのが見える。
この二人は街壁の上に登り、街を見下ろしていたのだ。
以前、このようにして街壁に登った際、誰にも発見されることがなかったことから、人目を避けるのに最適だとわかっていたのだ。
「レヴィ、ここからどうやってバレないで行くの?」
「近いところに森があるでしょ?そこに飛び込んで行くの」
レヴィアタンが指す方向は、この街壁にとても近い場所に木々が生えていた。そこであれば、この場所から退いても発見されにくいと睨んだのである。
「あそこならバレずに済みそうだね」
「バレないよ」
「なんでわかるの?」
ユノはレヴィアタンの言葉に疑問を持った。なぜそう言い切れるのかがわからなかった。
「ここで籠城して戦おうなんて勝ち目のない戦、誰もが緊張と不安と疑念とで下ばっかり向いているんだもの。上にいる私たちに気付けるハズがない」
そう言われて見れば、兵士の表情は下を向いて……いや、距離が遠いために、表情を読み取ることができない。しかし、その誰もが顔を下に向けていることが遠目からでも窺えるため、そうなんだろうなと思った。
「…それじゃあ、そろそろ行こっか」
ユノは、改めてゴブリンの王がいるであろう場所へと向き直った。
そして森へ下り立ち、木の陰から兵士らの様子を窺う。やはり兵士らの目線の大体は下を向いているようで、二人の存在がバレていないようだ。
それを確認したユノとレヴィアタンは、ホッジス王国に向け一気にその森を駆け抜けた。
その瞳に怒りの灯火を秘めながら。
―――――
同時刻、ここホッジス王国では、もう争いの音が聞こえなくなっていた。
王国内ではゴブリンらが蔓延り、支配していた。
それらの王であるマモンは、しかし晴れない表情でホッジス城を見上げていた。
「ったく…折角逃げられないように包囲してたのに、ちょこまかと動いたと思ったら俺様の城に逃げ込みやがって…!クソッ…!」
マモンは、この国に増援として現れた人間らを駆逐しようと動いていたのだが、これがなかなかの難色を示した。
最初こそ奇襲が成功し、立ち向かってきた者を難なく排除していたのだが、勝ち目がないとわかるや否や、マモンを避けるように上手く班ごとに立ち回り始めたのだ。
それは時には別の班と合わさり隊となったり、時には隊を崩して班になったりと、非常に上手く陣形を変化させてはマモンらを翻弄していたのだ。
そうして、最終的に彼らはホッジス城に逃げ込み、直ぐ様その城を包み込むようにして魔法結界を張り巡らしたのだ。
これには堪らずマモンもしてやられたと、顔を怒りで歪めた。
この結界、マモンがいくら殴ったとしても破壊することが出来なかった。
故に、マモンは更なる怒りを溜め込むことになったが、この結界を維持するための魔力はどうなっているのかを考えた時、そこで冷静になれたのだ。
それから、マモンは大人しく城の前で座り込み、待った。
「…魔力が尽きて結界が維持できなくなった時、それが貴様らの最期だ…!」
冷静さを見せながらも、内面に静かに燃える怒気を抱えているマモンは、僅かに口の端を吊り上げた。