第三十話 始動
思い返せば、やはりおかしいことだらけだった。
誰も何もいない都市、しかし王城だけは生き残りがいて…まさしく、そこに行けと言わんばかりの状況だった。
それはつまり罠ってことだ。
だから今こうして、我々遠征隊は攻撃を受けているのであって…。
どうしてそれを気付けなかったのかなんて言われても、他に取れる選択肢が限られていたと言い訳を言いたい。
突然、自分達のいる場所が光だした。恐らく、この王国全土が光っていただろう。光が消え、代わりにゴブリンらが現れた。…まさしく、召喚されたと呼ぶに相応しい登場であった。そしてその直後に城から轟音が聞こえたのだ。
兵力を分散させていたことにより…いや、どちらにせよ完全に数的不利であった。
最初こそパニックを起こす者も多かったが、各ギルドのマスターが出した的確な指示により多少は状況が良くなったものの、もう、どうすることも出来ないだろう。
だが、やることはやった。
獰猛に眼を光らせているこの糞どもの眼を盗み、包囲を掻い潜らせた者がいる。
彼は、ミズガルドに無事辿り着き、事の顛末をキチンと伝えてくれることだろう。
後は、街にいる領主らに判断を委ねるとしよう。
「あーいたわ…テメェらどこから沸いて出てきやがったんだ、あ?」
廃屋の屋根から姿を現した、一際目立つゴブリンがいた。その出で立ち、周囲のゴブリンらの眼差しから、このゴブリンが王だと直感で理解した。
「そりゃあこっちの台詞だアホンダラ!蟻の巣を叩いたかのようにわらわらと沸いて出てきやがってこのクソッタレが!!」
「…お前、今の自分の置かれている状況がわかっての煽りか?」
…ッ!この威圧。やはり、ゴブリンの王といっても、只者じゃなかったな。
「あたりめーだ。無様に血を流しながら死にやがれ…ッ!」
出来れば、家族や子供たちにまた会いたいものだ。
「なら俺様が直々に教えてやろう。勇敢と蛮勇は違うことを」
―――――
それから時は過ぎ、翌日の朝。
ゴブリン強襲から数日経ち、落ち着きを取り戻したミズガルドに情報が入る。
その情報源は先日ホッジス王国へ遠征へ行った隊の内の一人であった。
彼曰く、ホッジス王国に殆ど生存者はおらず、その生存者たちは城に匿っている状態であるとのこと。そして遠征隊は突如として召喚されたゴブリンらにより包囲され撤退が難航。更に、ゴブリンの王であるマモンが襲撃してきたことにより戦況は悪化。今、ホッジス王国並びにミズガルド遠征隊は最悪の状況にある、と。
その報告を受けたミズガルドの領主は思わず頭を抱えた。
「なぜだ…!なぜ遠征隊は劣勢に立たされているのだ!」
頭に乗せていた手を机に振り下ろし、苛立ちを露にする領主。
「どうやら隊を班で分け、行動していた所をゴブリンキング、マモンの召喚により分断されたままの状況を強いられたらしく、圧倒的な数を捌けなかった模様です」
しかし、領主とは違い冷静にその付き人である執事が答えた。
「違う、なぜ隊員らはその急襲を予測できていなかったのかを問うているのだ!予測できていれば、対応もできる。違うか?」
「ええ、違いますね」
「なんっ…!ハァ…相変わらずムカつく態度だな、ジョルジュよ」
ジョルジュと呼ばれた老執事はニッコリと微笑む。
ある意味良い性格をしているこのジョルジュは自らの主である領主に対してなかなか不敬な態度を取っている。しかし、これを領主がいつものことと見逃しているので、関係は良好なのだろう。
そんなジョルジュが口を開く。
「予測していたにせよ、数万を超える大軍に囲まれてしまえば、どうすることも出来ません。むしろ、その状況下で一人でも情報を持ち帰還させたことを誉めるべきではないでしょうか?」
「ぐ…っ、しかしだな…!」
「お気持ちはわかりますが、今は起きてしまったことを掘り返している場合ではないでしょう」
先程まで微笑みを見せていた執事が一変して真剣な顔付きになり、領主に目配せをした。
それを受け取った領主は、やはり食えない奴だと内心で思いつつも、自分に冷静さを取り戻させてくれたことに、ほんの少しだけ感謝をした。
「…お前の言う通りなのが実に遺憾だが、今は次の対策を練るべきだな…」
そうして、軍の将官らを合わせた緊急会議が行われたが、良い打開策が出案することはなかった。
他の国や街に救援願いを出そうにも、時間も資金もない。
そうは言っていられないのは山々だが、ホッジスからミズガルドまで徒歩で3~4日かかるとして、ここから一番近い街や他国へ片道でどれだけ急いでも5日は掛かってしまうことから、やはり打開案と言えはしない。
しかし、例えそうであっても救援願いをしない理由にはならない。一応既に馬を走らせる準備は整えさせている。
「なぁ、ジョルジュ。どうすれば良いと思う?何か良い案はあるか」
「…はっきりと申し上げまして、全くと言っていいほどこの最悪の状況を上手く覆す案や作はありませんね。ですが、低い可能性にすがるならば、他国の救援が来るまで再び籠城戦をするしかないでしょうね…」
「あのホッジス王国が簡単に崩壊した戦力が来るのだぞ、万が一にも我がミズガルドが1日でも耐えれると思っているのか?」
ジョルジュは首を振る。
「…ですから、低い可能性と申し上げました」
領主はジョルジュの言葉を聞き、今まで言い出せなかった、とある案を口にする。
「……いっそのこと…この街を、捨てるか?」
…誰も何も言うことが出来ない。無論、この街を捨てたくはないし、しかしだからと言って確実な負け戦をしたくもない。
場に重い空気が漂う。
結局、この日は他国他街に救援依頼の馬を送るだけの進捗で終わった。
―――――
街はどこからか流出された情報で話が持ちきりであった。
「ねぇ、レヴィ。今の噂話聞いた?」
「ホッジス王国がゴブリンの王の手によって堕ちたとか…。そのゴブリンらがここミズガルドに攻めてきているだとか、そんな噂なら聞いたわ」
「…皆、それを聞いてこの街から逃げる準備を始めているみたい…誰もが皆、切羽詰まった顔をしてる…」
「ユノは怖くないの?」
「全然怖くない。むしろ、怒ってるくらい…!皆の命を、簡単に奪っていく奴等に…怒りが収まらないの…!」
「そう、なら…――」
レヴィアタンは真剣な目付きでユノの瞳を見つめる。
「―――どうする?」
「私は皆を助けてあげたい!だから、私たちで迎え撃つ!!」
怒りの表情ながらも、しっかりと真っ直ぐを見据えた澄んだ瞳をしていた。
ユノはレヴィアタンに同意を求めた。
「レヴィ、付いてきてくれる?」
「ユノは随分好戦的になったね」
「うっ…ダメ、かな…?」
レヴィアタンは笑う。
「とっても私好み」




