第二話 少女と魔剣と羊の悪魔
激しい音が鳴った方へと歩み寄ったアークデーモンらは、ユノとその魔剣を見るまでは嬉々としていた。
しかし、小さい身体ながらも、その鋭い目付きを持つ少女と、禍々しい気を放つ漆黒の剣を目にした瞬間、背筋が凍る想いがしたアークデーモンらは、その表情を恐怖の色へと変えていく。
「メ"ェ"エ"エ"エ"エ"!!!」
一斉に吼えるアークデーモンたち。
大気は震え、地を揺らす。
その咆哮は、己の中に芽生えた恐怖心と、絶対強者であるという自尊心を整える為のものであった。
「あ、あれが村の皆を殺した奴だよ…!」
『なるほど、アークデーモンね。ただの人間じゃあ勝てっこない相手だ』
少女と魔剣の目の前には、荒々しく吼える四体のアークデーモン。
斧を構えるその姿は、見るもの全てに恐怖心を煽らせる。
しかし、魔剣を携えたユノにはあまり恐怖心が芽生えなかった。
『ユノ、私があなたに力を渡しているから、安心して戦って。ちょっとやそっとじゃあ死なないから』
魔剣レヴィアタンの能力の内の一つで、ユノはレヴィアタンの能力を共有していた。
更に、もう一つの能力によって、アークデーモンの力を徐々に奪い取っていた。当然、アークデーモンは自身の身体に起きている異常には気が付いている。
しかし、対応しようにも発信源はどこなのか、どういった種類の攻撃なのかなど特定しようもないので、対応することが難しいということだ。
勿論その奪った力は自分達へと吸収されていく。
自然と力がみなぎっていく感覚に、ユノは安心と自信を付けていく。
不思議とアークデーモンに対する恐怖は無く、ほぼ自然体へとなっていた。
ただ、唯一不安があるとしたら…
「レヴィ、私剣得意じゃないんだけど…」
『大丈夫。私がサポートする』
「うん…わかった!」
そこに理論や根拠などいらない。ただ、ユノにとって心の支えがそう言ってくれているのだからと、疑いようもなかった。
ユノがより一層力を込めた瞬間、アークデーモンらもついに襲いかかってきた。
村の住人たちを蹂躙したこの悪魔たちは、腕力もさることながら、脚力も凄まじいものであった。
逃げ足に自信がある者でも、即座に追い付かれてしまう程の俊敏さ。
いくら、レヴィアタンに能力を奪われつつあっても、そこに変わりはない。
それがユノの眼前にまで来て、斧を降り下ろした。
しかし、ユノはこれをそれを上回る速さで避ける。
ユノには見えていた。
常人ならかなりの速さで見える動く巨体が、ユノの視界では、とてもゆっくりに見えた。
レヴィアタンによって底上げされた能力によって、それを可能とする。
ユノが居た場所はアークデーモンの
斧により激しく地面が抉れていた。
ユノは自身でも魔剣の力に驚きつつも、しっかりと次にくる攻撃に対して身体を動かしていた。
四体のアークデーモンから繰り出されるまるで嵐のような猛攻。
ある時は斧で斬り、またある時は拳を、脚を絶えず振るってきた。
アークデーモンらは焦っている。こちらの攻撃がまるで当たらず、空を切っているかのような手応えしか残らない。更には、理解不能な力の干渉が働き、自分の力が徐々にだが減少しているのだ。
自然と息が荒くなり、既に手に持つ斧が重たく感じる程になっている。どうすることも出来ないが、アークデーモンらは焦らなければならないのだ。理屈などは要らない。直感が、本能がそう語りかけているのだから。
一人の少女目掛け数体の悪魔が力の限り暴虐を尽くす。その衝撃は地形をも大きく変えてしまうほどだ。
しかしユノはそれらを避けて、避けて…そしてついには避けきることに成功した。
「メ"ェ"エ"エ"エ"エ"!!」
苛立ちと焦りによって、アークデーモンたちは平静を完全に失う。
顔を真上に上げ、吠え続けるアークデーモンらは猛々しいが、まさしく隙だらけであった。
『さあユノ、お仕舞いにしましょう!』
脳内に語り掛けてくるレヴィアタンの声。
ユノはそれに返事をし、ゆっくりと魔剣を頭上に持ってくる。
『祠の扉を壊した時のように、力を込めて私を振って!』
ユノは祠での出会い、父の最期の姿、母の最期の姿…時を巻き戻したかのようにして出来事を思い出していた。
そして、一つ息を吸って、吐いた。
「えい!!」
その瞬間だけは、微笑ましい光景のようにも見えるが、降り下ろされた魔剣から繰り出される漆黒の闇の激流は、その微笑みを凍らせることだろう。
降り下ろされた剣から、地を這う蛇ようにして闇がアークデーモンたちに迫る。
これには流石のアークデーモンらもまずいと思い避けようとするが、時は既に遅かった。
瞬く間に闇の奔流に飲み込まれていったアークデーモンたちは、闇に身体を徐々に崩されていき、そして最期には悲痛な叫びと共に消えていった。
『ふぅ…ご馳走さま』
肉体は全て消滅させ、アークデーモンらの能力だけを吸収したレヴィアタンは満足気にそう呟いた。
「……勝った」
ユノは、あの恐ろしい怪物たちを呆気なく倒してしまった喪失感と、果たしてこれで母親や村の皆の供養になったのだろうかという疑念を感じては、勝利による雄叫びではなく、深いため息を吐くのだった。