第二十五話 魔剣士ユノと殲滅
ゴブリンたちはその時地獄を見た。
突如として現れた、二人の少女。
一人は銀髪で血で汚れた剣を握っている。
もう一人は金髪でこちらはなんの魔法か、己の姿を黒い剣に変えては銀髪の少女に持たれている。
――そして、その少女は今、自分の仲間たちの命を驚異の速さで奪っていっている。
目で追えないほどの高速で動き、その軌道上では仲間の首が飛ぶ。
何か反撃しようにも、その姿を捉えられず、がむしゃらにこん棒を振り回しても近くの味方に当たるのみ。
あまりにも一方的過ぎる力の差を見せ付けられている。
しかも、死神は剣で斬るだけに留まらず、魔法さえも駆使してきたではないか。
必死に逃げながら確認できただけで火と氷、闇属性の魔法が確認できた。
三種の魔法を操るなんて魔物界でも人間界でもあまり聞かない。
しかも、その魔法どれもが大規模な威力を誇っている。
…異常だ。
さながら、地獄の使者――死神のそれのようだ。
「はぁッ!」
再び振られた剣から火の斬撃が放射され、大量のゴブリンがそれに飲み込まれた。
そして今度は別のゴブリンの塊に素早く飛び込み、剣を一振り。その一振りと同時に作り出される刺々しい氷の道。
至るところで悲鳴が湧き、鮮血が飛び散る。
絶望を感じるゴブリンに、ユノは追い討ちをかけるように、さらに深い絶望を与える。
「レヴィ!行くよ!」
『抑え気味でね!』
「うんッ!」
剣先から今度は闇魔法が放たれた。
その闇は、今までのどの攻撃よりも広範囲で、威力が高く…そして、今まで感じたことのない鋭い悪寒が全身を襲ってきた。
「マ、マモン様…オタスケヲーー!」
ゴブリンの一体は泣きながらそう懇願するしかなかった。
―――――
ユノとレヴィアタンが街の外で暗躍してから暫く時間が経ったその頃、籠城戦をしている最前線の街の門では―…。
「えー、諜報員から報告がありました。先ずゴブリンらがどうやら急激に数を減らしたそうです。えっ、はい、理由はわからないとのことです。……は、はい…すみません。…次の情報ですが、街で起きた暴動及びゴブリンの侵入に関してですが、これはどちらも鎮圧済みの模様。しかも、壊された壁は氷魔法によって防がれているようで、処置もされているとのことです」
とある男の兵士が上官である部隊長へ報告を終える。
この報告の通り、現在のミズガルドの戦線は良い方向へと向かっていた。
部隊長はそれを聞き、思案する。
(…一体全体、どうして急に数を減らした?ゴブリンらに何が起きてやがる…?)
部隊長は机上の紅茶を口に含み、鼻腔をくすぐる爽やかな香りにより気分を落ち着かせる。
(…しかし、いくら考えてたって仕方がないな。今は戦線の維持…いや、押し返すチャンスだと見る)
結局、夕方にはゴブリンの軍勢はほとんど殲滅することに成功した。
明らかに数を減らされたゴブリンらはパニックを起こし、戦場から逃亡することによって辛くも人間側の勝利で終わった。
夕陽が見えるここミズガルド街では、生存者全員が勝利の雄叫びを上げたり、抱き合ったりして喜んでいた。
領主主催の宴に参加する者もいれば、兵士や冒険者らのように、隣街や隣国の情報、なぜゴブリンが召喚されたのか、その召喚の主は誰なのか特定を急ぐ者もいた。
そして、今回の大勝利の影の立役者である、ユノとレヴィアタンは既にギルドに戻っていた。
あの後、二人は街をぐるりと回ってゴブリンらを掃討していた。
勿論、最前線で戦っている人には見られない程度にだ。
そうしてひと暴れし、ゴブリンの数を大きく減らした後は、そそくさと街へと帰ってきていたのだ。
どうやって帰ってきたかというと、至極単純で、街の壁を飛び越えてだ。
本気の跳躍力を見せた二人は壁の上に立ち、誰にも見られていないことを確認し降りる。そうして街へ帰ることに成功したのだ。途中、返り血まみれのユノに驚く冒険者に鉢合わせをし少しだけ焦ったが、出血が多い人の手当てをしていたと適当に嘘を付いて事なきを得た。
「今日は疲れたね」
酒場の一席に座るユノが食事をしながら目の前の相方に話しかける。
話し掛けられたレヴィアタンも食事を楽しみながらそれに頷く。
しかし、魔剣であるレヴィアタンはあまり疲れを感じてはいないが。
しばし今日の出来事の会話をしていると、二人に声を掛ける者がいた。
「ユノさん!レヴィさん!探しましたよ!」
それは受付嬢のカナリアだ。
彼女は二人を心配していたのだろう、焦りと疲労の表情で近付いてきた。まぁ、疲労に関しては今回のゴブリン進軍の件のほうが大半を占めているだろうが。
「途中で急に二人の姿が見えなくなったから…!私、とても心配しました…。でも、無事で良かったです」
胸に手を当ててそう言った彼女は、心の底から心配してくれていたのだと、二人は感じた。
「ごめんなさい…。えっと、途中で街にゴブリンが襲ってきた時に、レヴィと一緒に逃げたの。だから―…」
ユノの言葉をカナリアは驚きの声を上げて止める。
「えっ!私は二人が戦闘に参加していたと、目撃情報を受けていたのだけれど…だから私は心配して…―」
この言葉にユノはしまったと思った。
確かに二人はゴブリン襲撃の際、これを手加減していたとはいえ、迎撃していたのだ。
当然、その時は二人の他にも戦闘参加している者もいたし、それを目撃する人がいることは間違いなかった。
思わず言葉が詰まってしまうユノに、レヴィアタンが助け船を出す。
「――嘘は言っていないわ。私たちはゴブリンたちに攻撃をしかけた。けれど、直ぐ様戦線を離脱したの。だって録な装備すらないしね」
態とらしく両手を広げて何も装備を着けていないことを主張する。
じゃあ、戦った時の武器はどうしたのかと聞かれ、武器屋から勝手に拝借したと返答する。
ちなみに、その拝借した剣は元の武器屋に置いてきてある。…血で汚れたままだが。
そうして何度かのやり取りの後、カナリアは納得した。
しかし、これだけは言わせてくださいと、カナリアは二人を真剣な眼で見据える。
そして、話始めた。
「私たち職員は冒険者の皆さんを支援するのと共に、長らく顔を合わせる関係になります。だから、その人が死んでしまったら悲しいですし…辛いです…。私は、貴女たち二人を大切に思ってるんです…一方的にかもしれませんけど…」
すると次第にぽつぽつと机上に滴る水滴。
カナリアは涙を溢していた。
「今回の戦いで数多くの人が命を落としました…。兵士さんに傭兵さん…そして、このギルドの冒険者さんと職員さんも…。それだけじゃないです、街の人も皆無事では済みませんでした。それが…私には辛いです…」
カナリアは涙を拭き、一つ笑みを浮かべて見せた。
「すみません…!長々と、つまり何が言いたいかというと…“友達”の貴女たちが、生きてて…本当に良かったです…!」
我慢できず再び涙を流すカナリア。
そのカナリアの背中をユノがさする。
「ありがとうございますカナリアさん…。大丈夫です、私たちは負けませんし死にません。カナリアさんを悲しませることなんて、しませんから」
「私たちの心配なんて、時間と心の無駄ね。私たちはスライムのように柔ではないし、錆びた剣のように脆くない。それに…私がユノを死なせないもの」
二人のらしい励ましを受け、カナリアは思わず二人を抱き寄せては呟いた。
「…本当に、ありがとう…!約束ですよ…!」