プロローグ
拙い文章、表現力・説明不足等あると思いますが、どうかお手柔らかに願います。
更新は不定期です。
ここはとある小さな村。
大きな街からは遠く離れた場所にあるこの村は魔物からの危険は少なく、自然が豊富にあるそこは長閑な村であった。
だが今では、もうその穏やかな雰囲気とはかけ離れている。
住人は悲鳴を上げ、逃げ惑う。しかし次々と息の根を止められていく。
この惨状を作り上げたのは、たった一体の魔物によるものであった。
頭部は羊、黒っぽい体は膨張した筋肉を纏っている。そして、手に持つその大きな体格に似合う斧。
その太い腕から薙ぎ払われる斧に、まるでまな板の上の肉を切るかの如く、村人の男性は一切の抵抗なく両断されてしまった。
そして、また一人と犠牲になっていく。
この魔物をどうにかしようと村にいた勇気ある冒険者や警備隊が武器を取り、果敢に攻めるも、その暑い皮膚は剣をも通さず、その強靭な肉体は魔法すらものともしない。
そして、お返しにとひとたび斧を振るえば、盾は紙切れのように切断し、勇敢な者たちの命を無惨に散らしていく。
アークデーモンは辺りに血の池をつくると、嬉しそうに表情を歪ませた。
そして、ゆっくりと手を自ら殺害した人の方へと伸ばし、そして、乱雑に臓物を握り締め、それを口元へと運び、咀嚼した。
それをただ見ることしか出来なかった村人らは、恐怖に呑み込まれた。
何としてでもこの場所から逃がそうとしていた人も逃げていた人も、誰一人としてこの羊の悪魔の手からは逃がれられなかった。
「うわぁぁぁぁ!!!」
我先にと逃げていた一人の男性が悲鳴を上げる。
何事かと様子を見た女子供老人は見てしまう。
もう一体、更に奥にもう一体と羊の悪魔が来ていたことを。
「―いいかいユノ、ここに隠れているんだ」
優しく掛けられた声が、小さく響く。
そこは今現在、羊の悪魔から襲撃を受けている村のほんの僅か離れた洞窟、もとい祠に、中年の男性とその男性の娘と思われる銀髪の少女が居た。
少女は芯から震え、涙を溢しながら必死に父の袖を掴む。
―いかないで。
そう伝えたくとも、恐怖により声が発せずにいた。
そんな少女を安心させようとしてか、父は少女の頭に手を乗せ、こう言った。
「大丈夫。きっと、父さんがあの化け物をやっつけてあげるから、大丈夫」
優しく微笑みかけ、そして返事を待たずにその祠の重い扉を閉めていく。
―待って、行かないで。
その声すら喉から通ることはなかった。
代わりに止めどなく涙が溢れて、視界がぼやけていく。
少女は母の最期をその父と重ねてしまった。
ここに来る前に、羊の悪魔に殺されてしまった、母と。
そして、バタンと重々しい音が響き渡る。
祠の中にある発光する石が少女の小さな背中を弱々しく照らしている。
少女は気付いていた。
最期、父が頭を撫でるその手が、小刻みに震えていたことに。
その日、その祠では夜明けまで泣き声が響いていた。
この羊の悪魔の侵入は、突発的なものだった。
辺鄙な場所にある村だが、危険な魔物による被害も通年無く、平和そのものであった。
川も森も山も近くにあり、自然による恩恵を多大に受けていたこの村だが、唯一、見逃していたことがあった。
否、気付けなかったのだ。この村から離れた場所にあるが、深い森の中にある大きな洞窟の存在に。
そしてこの洞窟に、今回の元凶が住み着いていたのだ。
普段、狩りをする必要の無い村人達にとっては、魔物が蔓延る危険な地へと足を運ぶ理由が無かった。
唯一あるとしたら、探求心溢れる冒険者だろうか。
未開の地への到達。
それは、冒険者ならば共有できるロマンであり、仕事でもあった。
つまり、偶然その洞窟へと足を踏み入れてしまった冒険者たちによって、羊の悪魔たちを呼び起こしてしまったのだ。
羊の悪魔は名を『アークデーモン』。この魔物たちは、ただ、食料が近くに集まっていると解った為に出てきたのだ。
冒険者は責められるべきではない。ただ、運が悪かっただけなのだ。
当の冒険者たちは、既にそのアークデーモンの腹の中だから、誰も罰することはそもそも出来ないのだが。
アークデーモンが村に襲撃を掛けてきてから夜が明けた。
既に村には生存している者はユノ以外無く、アークデーモンが四体居座るだけであった。
もしかしたら、逃げ延びた人もいるかも知れないが、ユノがこれを知る術は今は無い。
ユノは、祠の壁を背にして小さく蹲る。
何処行く視線の先には、古くから祠に封印してあると言う黒い剣が、石盤に嵌め込まれていた。
異常なまでに鎖に巻かれているその石盤に無意識に眼が行くが、特に何を想うことも無かった。
ただ、淡い光に反射して輝くその黒剣に、眼が離せなかった。
どれくらいその剣を見続けていたのであろうか、待てども変化が起きないこの状況。いつしか不安を払うためにユノはその剣に話しかけていた。
当然、返事は返ってこない。
と思っていたユノであったが、光る石によって照らされているその剣が、ゆらりと光を反射したのを感じて、返事をくれたのだと思った。
「…ねぇ、ねぇ。…あのね……」
何を話そうかと考えた所で、必死に眼を背けていた昨日の出来事が脳裏に浮かび上がる。
―大きな羊の悪魔に殺されていく村の人達。
―魔法を放ち、自分達を逃がしてくれた母。
―微笑みを浮かべ、震える手で優しく語りかけてくれた父。
―そして、それきり音沙汰がないことを…。
自然と頬を伝っていく涙。
もう泣ききったと思っていたのに、心はまだ泣き足りないと、また大粒の涙を降らす。
次第に嗚咽までするようになり、不安に押し潰されそうになる。
“――剣…を、とっ…て…”
不意に聞こえた声に、ユノは思わず閉じられた扉の方へと向く。
しかし、扉が開かれる様子は無い。
“―剣…を、取っ…て”
「また、聞こえる…」
ユノは、黒剣の方へと向いた。
不思議な体験に、ユノは涙が引いていたが、これに気付くこと無く声の元へと近付いた。
「あなたが、喋ったの?」
“―そう、…おね…い、剣を、手…取っ…”
まさかと思い喋りかけた相手と、会話が成立したことに驚きつつ、その剣に手を伸ばす。
“お願い、剣を、手に取って”
そう言われた気がしたからだ。
黒剣にあと僅かというところで思い出す、昔話。
父と母から聞かされて育った話。村では当たり前で、近くにある存在の話。
それは、大昔、悪さを働いた黒い剣レヴィアタンが、大賢者マーリンの手によって封印されたという話だ。
よく、悪さをしたら黒い剣のように閉じ込められてしまうよと、聞かされていた。
それを思い出したユノだったが、迷いは無かった。
その黒剣に手を掛け、握り締めた。
―瞬間、眩い程の黒い光がその剣から放たれた。
巻かれていた鎖は徐々に砕かれて落ち、石盤にも罅が広がっていく。
不思議にも、ユノへの影響は皆無であった。
そして暫くして、その黒剣は石盤から解き放たれた。
がらがらと崩れ落ちる石盤は、良く見たら泥で落書きされていた。
その石盤を触ろうとして、また黒剣が輝いた。
「わっ」
それに驚いて剣を持つ手を見るが、そこには剣は握られていなかった。
代わりに、目の前にユノと同じくらいの年の少女が居た。
金色のツインテールに赤い瞳。服は白と黒をバランス良く合わせたメイド服のような格好をしている。
ユノは次々と起こる状況に対応しきれず、混乱するばかりであったが、ついに金髪少女が口を開いた。
「封印を解いてくれてありがとう、私は魔剣レヴィアタン。あなたは?」
これが、お伽噺に話されていた魔剣レヴィアタンとの出会いであった。