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魂に棲まう獣  作者: ジュウゾー
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太陽

ゆっくり書きすすめていきます


太陽が眩しくて、晴れている時は僕はつい下を向いて歩いてしまう。

別にお天道様に恥じるような事をしてる訳じゃないけれど、なんとなく眩しく感じる。


母は、背筋を伸ばしてシャンと前を向いて歩け、と言う。


けれど僕は思う。地面を見て歩いて何が悪いんだ。

地面を見て歩くと、面白いものがたくさん目に映る。


道端で天寿を全うし、生き絶えるカナブン。その大きな獲物を掲げ帰路を急ぐアリ達。そして、踏みつけられてもなお誇らしげに咲く一輪のタンポポ。


そこには生というものが確かにあった。僕はそんな彼らを見て、なんとも言えない気持ちになる。生きるとはなんなのか、何の為に生きているのか、そして死とはなんなのか。大きすぎる悩みに呑み込まれ、息が苦しくなる。いつもそんな事を考える内に立ち止まって、彼らの一生懸命な生き様に見入ってしまうのだ。





その日もタンポポに見惚れていた。


アスファルトの上に咲く勇壮な様を見ていると、感化され勇気を与えられる。生きる活力を与えられる気がするのだ。そんなことを考えていた。


「何か面白いものがあるの?」


突然声をかけられて、僕は驚いた。

こういう事をしていると不思議な奴がいるもんだ、という風に見られ声をかけられることもたまにはある。

でもその時驚いたのは、声をかけて来たのが同い年くらいの女の子だったからだ。

ひさしの大きな白い帽子を被っていて、顔はよく見えなかった。


「タンポポを、見てたんだ」

と、僕は少しドギマギしながら言った。


「ふーん、そうなの」

特に興味なさそうにそう言うと彼女は、隣に近づいて来てタンポポを見下ろした。


「ねえ…」

そう彼女が僕を呼びかけ、そして僕の顔を見た瞬間ハッと息を飲んだのがわかった。


「ちょっと、怪我してるじゃない」


確かに僕はその時怪我をしていた。左頬を思い切り殴られて、口の裏も切れて出血していた。


彼女は何も言わず強引に僕を立たせると、僕の手を引き歩き始めた。


「ど、どこ行くんだよ」


「そんな顔見て放っておけないでしょう。手当てしてあげる」


と、歩き始めた時だ。グイグイ引っ張って行かれるので、それに任せて歩いていたら突然止まった彼女にぶつかった。


「そういえば私、この辺全然詳しくないんだった。何処かに公園ある?」






水に濡らしたハンカチは腫れた頬に当たると痛かったけど、冷たくて気持ちがよかった。


僕は少し歩いたところに公園があるのを知っていたので、彼女をそこまで案内した。

まず口をゆすぐように言われてそれに従ったけれど、

沁みてとても痛かった。そして彼女は僕をベンチに座るように促して彼女もそこに並んで座り、断ったのだが彼女がハンカチを当ててくれた。僕は行き場の無い両手を意味もなく握り合わせた。その手にじっとりと汗が滲む。


僕は彼女に声をかけられた時あまり彼女を気にして見ていなかったけれど、白い大きな帽子を被り花々の刺繍が施されたワンピースを身に纏う彼女はとても可愛かった。そんな女の子に手当てしてもらう事は何だか誇らしい感じがして、照れくさかったけれど満更でもなかった。


「変な顔」

そんな僕の下心は顔に思い切り出ていたみたいだ。


彼女は僕の顔を見ながら言った。

「随分殴られたのね、やり返さなかったの?」

彼女は気が強いらしい。

「そんな事したって何にもならないよ」

そう、何にもならない。僕は腕っぷしになんか自信はない。反抗したところで返り討ちにあって、さらにオマケも付いてくるだろう。


僕の言葉にムッとしたのか、僕に当てていたハンカチを離して息巻いた。

「意気地なし。あなた弱虫よ、そんなんじゃいつまでたってもやられっぱなしじゃない」


僕はため息を吐いた。

「別にいいよ。いつかは飽きるでしょ、こんなこと」


「バカね、どんどんエスカレートしていったらどうするのよ。そういう奴らはあなたが何もしないからつけ上がってるの。ガツーンと一発お前らなんかには屈しないぞっていう意志を見せてやればすぐに大人しくなっちゃうんだから」

彼女はそんな見た目に似合わない事を平気で言う。

どうやら彼女は活発な子らしい。僕には無いものを持つ彼女を羨ましく思いつつ、少し眩しくも思う。僕は気が強くないし、消極的だ。


なんだか僕はきまりが悪くなって俯いた。

足元ではアリ達が一生懸命に獲物を探していた。

僕はもう、彼らのようになれない。


僕は黙った。

居心地の悪い沈黙が流れ、彼女は取り繕う様に言った。


「私、エリカ。今度ここに越して来るの。あなたの名前は?」


「タイシ」


「よろしくねタイシ」

そう言って微笑んだ彼女の顔はとても眩しくて、僕は居た堪れなくなる。


「ねえ、よかったらまた明日同じくらいの時間にここに来てよ。話し相手が欲しかったの」


突然の誘いに、僕は多少訝しんだ。自分で言うのもなんだけれど、僕はあまり面白い人間ではない。でも、可愛い女の子にこう言われたら嫌な気はしない。

「別にいいけど」


「じゃあ決まりね。また明日来ること、待ってるから」


その後特に話しもせず、暗くなって来たので手当てしてくれた事への礼を言いエリカと別れた。






太陽は傾き、遠くに見えるビルの陰へと隠れようとしていた。段々と辺りは暗くなる。



どこかでカラスが鳴いている。僕はなんとなく家路を急いだ。住宅街の路地を縫って進み、十字路に行き合った。ここをまっすぐに行き、その先の三叉路を右に行き少し歩けばアパートに着く。


やがて風が止まった。


そして、僕は確信した。

十字路の陰に人の気配がするのだ。

誰かが十字路で僕を待っている。

誰が待ってるのか、その見当は付いていた。


じっとりと嫌な湿気が体に纏わりつく。


この先で僕を待つ人物は僕を殴った人間ではないし、ましてさっき知り合ったエリカでもない。



僕は不本意だが、そいつに問いかけることにした。

「何の用だ」


やはり、路地の陰から人が姿を現した。そいつは黒いスーツに身を包み、頭には黒いシルクハットを被っている。整った髭を蓄え、一見正装をした紳士の様だが、ギラギラとした目がそれを台無しにしている。


僕と目が合うとそいつはにっこりと不愉快な笑みを浮かべ会釈をして来た。


そして癇に触る声でこう言った。


「ご挨拶ですねえ、用もなく顔を見に来てはいけないんですか」


当然、こいつは僕の気持ちをわかった上で言っているのだ。


「出来ればもう会いたい相手じゃないな、あんたは」


僕は苛々する気持ちを抑えて一呼吸置き、また問いかけた。


「もう一度聞く、何の用だ」


そうするとそいつはさも憂いを感じている様に、芝居がかった調子で話しはじめた。


「帰って来てほしいのです。そのお願いに参りました。あなたもよくご存知でしょうが、我々の仕事は待ってくれません。そしてその役目は誰にでも出来るというわけではない」


まあそんなとこだろう。だが僕にもうその気はない。もう全て終わった事だ。


「もう辞めたんだ、放っておいてくれないか」

僕はそのままそいつを無視して帰ろうとした。


だがそいつは僕の進路を遮り、食い下がってくる。

「そういうわけにもいきませんねえ。あなたが辞めると言うのなら、新しく空いたポストを補う必要が出て来ますし」


僕はそいつの顔を睨みつけた。

「どういう意味だ」


「そうですねえ、例えば」

そいつは思案するように目を泳がせ、そしてギラギラした悪意に満ちた目で僕を見る。


「先ほどの女性など如何ですか。素質は十分に感じられましたが」


僕の怒りは我慢の限界に達した。

こいつは、一体どれ程の人間を巻き込めば気が済むのだ。


「ふざけるのも大概にしろ」

僕はそいつに掴みかかった。


が、掴んだ襟はまるで霞の様に手からすり抜け、そいつの姿も夕暮れの闇に紛れ見えなくなった。


そいつの声が響く。


「待っていますよタイシさん。あなたは必要な人間です」


そう言い終わると、辺りを包んでいた重たい空気が去り、風が吹いた。


ひたいには嫌な汗が滲んでいた。

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