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もし漫画の世界に入れたなら

作者: 星屑蒼空

 彼女に出会ったのは去年の夏だった。

 蝉がうるさく、蒸し暑い普通の日。

 友達の誕生パーティーで初めて会い、それがきっかけでどんどん仲良くなっていった。

 彼女と付き合ったのはその年の冬のこと。雪の降る寒い夜だった。

 告白は自分からだった。一緒にご飯を食べたあと、近場の公園を歩く。話す話題が尽きたところで一気に切り出した。面と面で向き合って、澄んだ茶色の瞳を見つめる。

『好きです。付き合ってください』

 彼女は目を逸らし、微かに頬を朱に染めて答えてくれた。

『はい……。私もずっと好きでした』

 黒い空から降る雪が、祝福してくれているようだった。幸せだった。

 これからも、あの日のことは忘れないだろう。

 ずっと、ずっと……。


 ――今日までは。


 信じられなかった。

 嘘だと思いたかった。

 けれど、いま目の前を知らない男と歩くのは彼女の姿そのもので。

 ふらりと入った裏路地でキスをしているのは彼女で。

 知らない男の指が、彼女の首筋をするりと撫でた。小麦色の脇腹が見える。男の指が彼女の胸へとのぼっていく。気持ち良さげな声が聞こえた。男の指が彼女の股の間へと伸びていった。喘ぐ声は、いつかベットの上で聞いた声と同じもの。

 ――なあ、あの時の返事は嘘だったのかよ。

 裏切られたという実感が蔓のように心に巻き付く。

 ――なあ、今まで過ごした日々は嘘だったのかよ。

 こっちに気づく様子も見せず快楽に溺れていく彼女。

 ――どうして……。

 鼓膜の奥に、喘ぎ声は絶えず突き刺さっていた。目の前が真っ黒に染まっていく。


 ◆


 暗闇の中で、唯一パソコンの画面だけが青く光っている。その前にはひとりの青年が座っていた。

「……よし、こいつで決まりだな」

 男はポツリと呟くとすっくと立ち上がって、クローゼットまで行くと、妙なものを取り出した。

 それは、模様のない仮面だった。

 目の部分だけに穴が空いていて、頭の後ろで縛って固定するタイプのものだ。

 男はパソコンの横にある大きな袋から金属バットを取り出すと、仮面を付けた。

「許せん」

 男は深呼吸を何度かすると、画面に右手を伸ばした。

「――裏切りの愛には断罪を」

 刹那、眩しい光が暗闇の部屋を照らした。その閃光は数秒経つと霧散したが、男の姿はどこにもなかった。

 部屋には、また暗闇が訪れた。


 ◆


「ここか……」

 仮面を付けた男が立っているのは、小汚い裏路地。目的の近くに出現できたはずだ。近くにいるだろう。

 耳を澄ましてみる。

「――――あんっ……んっ…………」

 すると喘ぎ声が聞こえてきた。やはり近い。しかし、目的の人物はその声の主ではない。その人物は、子作り運動中である女の彼氏だ。彼にコンタクトを取らなければならない。

 彼にはすぐ会えた。

 喘ぎ声の音源から少し離れたところで膝をつき、項垂れていた。流石に憔悴しているのだろう。

「……おい」

 仮面の男は声をかけた。

「…………」

 こちらのシグナルに反応しない。まあいい、と男は鼻をならし項垂れる彼の胸ぐらを掴んだ。

 ぐいっ、と無理矢理顔をこちらに向けさせる。枯れた涙で酷い有様だった。

綺堂きどう誠司せいじ。お前に話がある」

「…………」

「いいか、よく聞け。お前は彼女に裏切られたと思ってるかもしれない。だがそれは思い違いだ」

 この時初めて誠司は反応した。「……え」と微かに答えたのだ。

 仮面の男は続ける。

「お前の彼女といまヤっている奴は昔の彼氏だ。昔の写真を拡散すると脅したんだ」

 声には怒りがあった。

「よほど恥ずかしい写真だったのだろう。彼女は断れずアイツにされるがままになってしまっているんだ」

 仮面の男はバットを肩に担いだ。

「だから、気に病むことはない。彼女はお前を裏切ったわけじゃない。悪いのはアイツだ」

 それを最後に、仮面の男は誠司を後にした。次なる目的は、未だに行為をしている奴らだ。

 仮面の男はわざとバットを地面に擦れさせ、カランカランと音をたてながら歩いた。

 まず最初に元カレが気づいた。

 無言で迫ってくる謎の仮面は、さぞかし不気味だったことだろう。

「――なッ! 誰だッ!?」

 続いて彼女……鈴原すずはら深雪みゆきが気づく。しかし彼女の目線は仮面の男ではなく、その奥の誠司にとまっていた。

 深雪の目尻から涙が溢れる。「ごめんね……」と謝罪の言葉。

 仮面の男は、バットの先を元カレに突きつけた。

「お前が、元凶だ」

 そして何か言わせる暇も与えず、思いっきり鼻へとバットを振った。手にピキッと骨が折れる振動が伝わる。いい気味だ。

 続いて、突然の出来事にやっと震えだした深雪の首を掴む。模様のない仮面を顔近くへ近づけた。

 深雪は恐怖で顔が引きっている。

「お前は、誠司の彼女じゃなかったのか。好き愛してたんじゃないのか。なぜ裏切るような真似をした?」

「……だ、だって写真を――」

「関係ねーだろッ!」

 びくりと彼女の身体が震える。

「好きなら……愛してるなら……相談しあえよ。どんなに恥ずかしくても誠司なら受け止めてくれるんじゃないのか? それで終わるような仲じゃあないだろう?」

 深雪の瞳から、またもや涙が溢れだした。嗚咽を我慢せず子どものように泣き始める。

 仮面の男は、そっと誠司のほうへ背中を押してやった。

「ふう……」

 軽く息を吐くと掌を上へと向ける。もう、やりたいことは終わった。後は帰るだけだ。

 ぱぁぁ、と光の柱が空へと伸びていく。男の身体全体が光に包まれそうになったとき、

「あの……」

 誠司がこちらを見ていた。隣には深雪が寄り添っている。

「ありがとうございます。よろしければ名前を教えてください」

 数秒迷った後、男は答えた。

「…………俺は、ドクシャだ」

 ようやく光が男を包み込み、一気に発光した。

 誠司が次に目を開けた時には、もうそこには誰もいなかった。


 ◆


 暗闇の部屋に一筋の光がさした。光源はパソコンの画面だ。その光は徐々に強くなりながら人へと形を変えていく。

 やがて、それは仮面を付けた男の姿になった。

「はぁ、疲れた……」

 光が霧散するや否や、男は模様のない仮面とバットをそこらへんに投げ置くと、パソコンの画面を見た。

 そこには笑顔の誠司と深雪がうつっている画像があった。その右下には『ラブラブなカップルの彼女を奪ってやった』とタイトルがあり、十八未満閲覧禁止のマークがあった。

「寝取りとか脅したりで幸せのないエロ漫画なんて大嫌いだ」

 男は、そう呟いた。

オチがああなだけで、作者はそのような漫画をよく読みません。というか、僕のこれに登場する仮面くんと同じ気持ちです。


よく漫画を読むのですが、彼氏が彼女がいるのに他の女とキスしたりベットにはいるシーンがあると怒りではちきれそうになります。


最後に、こんなクソみたいな話に付き合っていただいて本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人型ゴミ元カレの全身の骨折っとかな
[良い点] 非常に共感できる点 [一言] いつもいつも寝取られ系などを目にしたら悪役をボコボコにしたくなります。 やっぱりハッピーエンドが一番ですよね。
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