金持ち魔王と貧乏な勇者サマ
私の別作品の一ヶ月記念と逆お気に入りユーザー200人を祝して投稿させてもらいました!
皆様ありがとうございます!
朝七時。
目覚ましの音で起きるところから、俺の一日は始まる。
俺の暮らす、築何年か聞くのも恐ろしいボロアパートは、少し歩くだけでギシギシと音をたてた。
ぐーっと伸びをしてカーテンを開ければ、清々しい朝……と思いきや、外に停まっているリムジンで一気に台無しだ。
もうすぐすれば、
ピンポーン
……ほら。
あいつが来た。
三回に一回しかちゃんと鳴らない壊れかけのインターホンを、あいつは必ず一回目で鳴らす。
全くもって憎たらしい。
返事をしないでいたら、ゴンゴンとドアを叩かれた。
おい、インターホンを使うならそのまま使えよ。
「おい、来たぞー! 起きているのか返事をしろ! 聞こえてるのかー!」
甲高い声はよく響く。思い切り近所迷惑だ。
てか仮にも女が、そんな口調で怒鳴るなよな。
俺は四歩で玄関に着くと、勢いよくドアを開けた。
ぶつかった音がする。
そのまま、顔も見えない相手に告げる言葉は一つだ。
「帰れ」
しばらくして、騒音の主は帰って行った。
公立高校に通う俺とは違い、名門私立進学校の生徒会長であるあいつは、遅刻する訳にはいかないんだろう。
リムジンが去って行ったのを見て、俺ははぁとため息をついた。
あいつはいつまで俺に構う気なんだろうか。
そろそろ諦めてくれないものか。
あいつは、城ヶ崎真央は、黙ってればおしとやか系の美少女だ。
家は城ヶ崎グループとかいうとんでもない金持ちだし、頭も良ければ運動も得意だそうだ。
それに比べて、俺は見た目も普通で、せいぜい「(髪型が)かっこいいね」って言われるぐらい。
運動はできる方だと思うが、早くに親をなくしたものだから貧乏だし、勉強なんて、大して頭のよくないうちの学校でいつも後ろから数えた方が早い。
そんな俺とあいつの接点は何なのか。
それは分かっている。
あいつは前世で魔王なんでやっていて、それを倒した勇者が俺、剣本雄志なのだ。
……いや、別に中二妄想とかじゃないぜ?
初めて会ったのは、俺が帰宅している時だった。
自転車で信号待ちをしていたら、いきなり目の前でリムジンが停まった時はマジで驚いた。
そこから降りてきたのが美少女だし。
まあ、見た瞬間になんとなく分かったけど。
あ、こいつ魔王だって。
向こうが「勇者!」とか言って抱きついて来た時は公開処刑かと思ったわ。
かたや芸能人かってくらいの美少女。かたや特売の芋レベル凡人男。
……ああ、自分で言ってて辛くなってきた。
ともかく街の中でそんなんが抱き合っててみろ、どこのラノベ主人公だ。
俺も見る側だったら絶対リア充爆発しろって思うし。
そもそも、こいつ、俺が殺した相手なんだぜ?
なんで抱きついてくるんだ?
思わず腕つかんだよ、出刃包丁でも持ってんじゃないかと思って。
結局その時は運転手らしき人に帰らさせられたけど、その後、俺の家をどうやって知ったのか、毎朝俺のとこにやってくる。
ちょっとしたストーカーだろ。
しかも、俺の近所の人とも仲良くなってるみたいで、隣の吉田さんにこの前たっかいチョコ渡してんのを見た。
ガディバだっけ? そんな感じの。
なんだ。賄賂か。買収でもしてんのか。
何度帰れと言おうと来るなと言おうと、あいつは俺のとこに来る。
相手が美少女なら、そこでちょっと嬉しくなったりしてもいいのかもしれないが、前世で殺しあった奴に、今更そんな気分にはなれない。
本当に、なんなんだろう、あいつは。
意味が分からない。
今のあいつは、何でも持ってるんだろ?
何で、俺なんかにこだわってんだ?
「勇者サマおはよー」
「……その呼び方やめろよな、元賢者」
朝からふざけたような挨拶をしてくるのは、クラスメイトの倉持健二だ。
しかし、実はこいつは前世では全智の賢者と呼ばれた男であり、俺のパーティーの一員でもあった。
そして、小中高とずっと一緒で、今だって俺の前の席がこいつという腐れ縁だ。
高校はもっとレベルの高いところに行くと思っていたが、俺といたら面白いから、とか言って俺と同じところに来やがった。
先生やらこいつの両親やらに睨まれたことは言うまでもない。
俺だって被害者だ。
まあ、この学校の先生たちは歓喜してたけど。
ニヤニヤ笑いを貼り付けたまま、健二は後ろ向きに座った。
「今日もやっぱ魔王の襲撃にあったわけ?」
「……ああ」
「うわーさすが魔王! 執念深いなぁ」
「ドアぶつけて追い返したが」
「うわー勇者サマ最低! それでも勇者か」
「お前、どっちの味方なんだよ」
クククッと笑う様子がまるで他人事なものだから、お前も賢者なら知恵かしてくれよ、とゴツく。
「残念でした! 今のオレはただの一般人です!」
「ウザい。てかそれ言ったら俺も元だから、いつまでも勇者勇者言うなよ」
「それはまた別の話だよ勇者サマ」
何がどう別の話なのかまったく理解できない。
そう言えば、それは勇者サマがバカだからじゃないと返された。
さすが、学年トップは言うことが違うらしいな、マジでうぜぇ。
「一限目なんだっけ」
「現代社会」
「あーなら俺寝るわ。どうせ来年とらないし」
「そう言う問題じゃないでしょ。現代社会は学ぶ必要があるから必修なんだよ?」
「あーそうですかー」
前世の俺なんて政治のシステムすらよく分かってなかったけど、それでも英雄になった。
何も知らなかったのに、何もできないのに、国政に携わった。
本当に優秀な治世者なんてほんの一握りだ。
俺はそうじゃなかったけど、周りが優秀だったから、俺はやっていけた。
「……元賢者。俺の前世の経験から言わせてもらえばな、必要なのは優秀な部下であって、優秀なトップじゃないんだぜ?」
「そんなこと、優秀な部下だったオレが一番よく知ってるよ。何、勇者サマはまた頂点に立つの?」
その目に期待のようなものが見えたのは、きっと俺の勘違いだ。
こいつはいつも、人を見透かしたような表情ばかりしている男なのだし。
「だからさ、俺が眠ってるのばれないように頑張ってくれよ、元賢者」
冗談のように言えば、健二はキョトンとしてから、思い切り吹き出した。
やっぱ勇者サマは変だしバカだなぁ、ってなんだお前、喧嘩売ってんのか。受けて立つぞコラ。
健二はひとしきり笑うと、前世とまったく同じ動作で礼をした。
優雅とも言えるほど、ゆっくりと、そして綺麗に。
「かしこまりました、勇者様」
……おい、お前ここ教室ってこと分かってるか?
健二のせいで変な注目を浴びてしまった俺だが、それでも授業になるとすぐに寝てしまった。
×××
あるところに、少年がいました。
少年は病気でした。
けれどそれは、たった一本の薬草で治る病気でした。
その薬草は、魔物の住まう森深くにありました。
少年の両親は、ある日その薬草を取りに行きました。
少年は止めました。
治らなくてもいいから、行かないでと。
しかし少年の両親は、行ってしまいました。
帰って来ることは、ありませんでした。
しばらく経った頃の話です。
少年の元に、薬草が届きました。
両親が取りに行った、あの薬草です。
少年は、両親が帰って来たのかと思いましたが、周りには誰もいませんでした。
少年はその薬草で病気を治しました。
その次の日、今度は少年の両親の荷物が届きました。
やはり誰もいませんでしたが、両親の荷物の中には、父親の手帳がありました。
それには、こんなことが書いてありました。
森に入って一日。
まだまだ先は長い。
息子のために必ず薬草を持って帰ろうと、妻と改めて誓い合った。
二日目。
だいぶ近づいたように思う。
たいした魔物とも遭遇していない。
これからもそうであって欲しい。
みっかめ。
まもの に おそわ れ た。
も う だめか も しれな い 。
四日目。
驚くべきことが起こった。
私も妻もまだ生きている。
そして、治療してくれたのは魔物だった。
最初は動けないながらに怯えていた私たちだが、とってきてくれた薬と食べ物のおかげで動けるようになった。
ありがたい。
五日目。
魔物は何度も果物をとって来てくれる。
どうやら言葉がわかるようだ。
話すことはできないみたいだが。
また、体が動かなくなってきた。
やはり、私たちは長くないようだ。
私たちが死んだら、薬草とこの手帳を渡してもらうように魔物に頼んだ。
六日目。
これを書くのが大変になってきた。
もう、日記でなく遺言を書くことにする。
私たちの息子よ。お願いだ。
魔物は悪いものばかりじゃないようだ。
だから、魔物を憎むな。
すべての魔物を憎んだり、しないでくれ。
お願いだ。
なのかめ。
かわいいむすこよ あいして いる。
おまえ の なお った すがた が みれ なく て ざんねん だ
少年は驚きました。
それならこれは、魔物が持ってきたものだというのか。
魔物が助けてくれるなんてこと、がありうるのか、と。
しかし、これは確かに彼の父の字でした。
親を失った少年は、協会に引き取られることとなりました。
手帳はずっと隠すように持ち続けていました。
協会は、魔物の王たる魔王を倒すべく、たくさんの勇者を育てていました。
少年は父の残した手帳が本当かどうか知るために、勇者になることを決めたのでした。
×××
キンコーンカンコーン、とチャイムがなって目を覚ました。
なんか変な夢を見てた気がする。
思い出せないけど。
ん? 教室がやたら静かだ。どうしたんだろう。
くぁ、と出たあくびをかみ殺す。
目を開けようにもまぶたが重い。
前の席で椅子に座る音がした。
どうやら健二は立っていたらしい。
ようやく視界がはっきりしてきた。
その音を合図にハッとしたらしい現社の教師は、「じゅ、授業を終わりますっ!」と逃げるように去って行った。
……本当に、どうなってんだ?
「健二、お前なにしたんだよ?」
「んー、命令通りに?」
なぜ疑問系。
周りを見渡せば、すごく曖昧な笑顔を返された。
……よく分からんが、まぁいいか。
それよりねみぃ。
俺はもう一度大きなあくびをした。
半分くらいの授業を寝て過ごした俺だが、逆に考えて欲しい。
半分も起きてたんだと。
ほら、コップの水が半分入ってた時に、半分しか入ってないと考えるか半分も入ってると考えるか、それで人生は変わるはずだ、きっと。
靴を履きながらそんなことを思っていると、健二がニヤリと笑った。
「なんか壮大っぽいこと考えて悦に浸ってる顔してる」
「……そんな顔してない」
「考えてたことは否定しないんだね」
「うるさい」
何故ばれたんだろう。
こいつエスパーか。
「エスパーじゃないよ。元賢者の一般人」
「あれ? 心読まれてね?」
「それより、校門のあたり、騒がしくない?」
地味に話そらしやがったぞこいつ。
けれど言われたままに校門の方を見れば、確かに人だかりがあった。
……嫌な予感がする。
「なぁ、今日裏口から帰らねえ?」
「え? 何で?」
むしろグイっと校門側に引っ張られた。
口元の笑みを見てハッとする。
こいつ、確信犯だ!
覚えのある顔が見え、そして目が合う。
最悪だ。しかも手なんか振ってきてやがる。
「いた! 勇者!おーい! 僕思ったんだけど、ほら、朝だとお互い忙しいから帰りならいいかなぁって!」
何がいいんだよ!?
ちょ、周りの人やめてください、お前この子の何なのって視線やめてください!
強いて言うなら前世からの宿敵です!
「え、あれが魔王? すごい美少女じゃん」
「おま、この状況でその感想? ってやめろ押すな押すな!」
「それって押せっことだよね」
「違うわぁ!」
人混みはゆっくりと俺を避けた。
何故だ。押し返すぐらいの気概で来てくれていいんですよ?
健二は笑ったまま魔王に手を差し出した。
いきなり握手って。
ここ日本だからな?
お前、向こうの文化抜けてないんじゃないか?
「お久しぶりだねー魔王」
「……どちら様?」
「うわぁひどいな、これでも勇者と旅してた中にいたんだけど」
「——あ! もしかして賢者?」
そうそう、と健二が頷く。
こんなとこでそんな話すんなよ!
とんだ中二病だと思われるから!
「うわ、メガネのイケメンになってる! 前は金髪系美麗エルフだったから、全然分からなかったよ!」
「そっちも可愛くなってるねー。前は二メートルを超える牛もどきだったのに」
「それは言わないでよー」
……なんでこいつらこんなに和気あいあいと喋ってんだ?
不機嫌そうに眉をひそめれば、拗ねないでよ勇者サマ、と健二が言ってきた。
は?
「あ、勇者も混ぜてないと寂しいよね、ごめん」
「何言ってんだ魔王」
「いいよいいよ、オレは別で帰るからさ。あとはお二人で、さ」
「おい、なんだその全部分かってる親友的対応。いや、知ってるだろうお前も! 俺と魔王はそんなんじゃ……」
「あ、ありがとう賢者! 恩にきるよ!」
「お前も便乗すな!」
「いいって。楽しめよ」
……どうしてこうなった。
俺が自転車だからと、魔王は車をおりて自転車を押す俺の隣を歩いていた。
なんだか悪いことをしているような気がしないでもないが、元をたどればこいつの自業自得だ。
俺が気に病む必要はない。よし。
魔王はなぜか楽しそうに、ふふん、と鼻歌を歌っていた。
なんでこいつこんなに機嫌いいんだろう?
理解できない。
「……なあ、魔王。俺らって敵同士だったろ」
「そうだね」
「俺、お前殺したんだよな」
「そう、だね」
「何で、お前……」
魔王は少し黙って、それから笑みを浮かべた。
その笑みがやっぱり美少女なもんだから、俺は一瞬言葉を失う。
「僕はね、勇者に殺されてもいいなって思ったから、そうしたまでだ。
だって、初めて会った時、お前……っくくく」
「笑うなよ! 真剣だったんだからな!?」
「分かってるって。だから殺されてやったんだからな?」
その言い方じゃまるで、俺はお前のおかげでお前を殺したみたいじゃないか。
俺がそう言えば、気づいてなかったのかい、と魔王は笑った。
まったく、いやな性格してやがる。
「……でも、やっぱり勇者はいいなぁ。僕のこと、殺したとは言っても倒したとは言わないんだよな」
「はぁ? それが何なんだ?」
「ううん、なんでもないよ」
ふふん、とやっぱり機嫌がいいようだ。
訳がわからん。
「魔王っていうのはさ、勇者に倒されるものなんだろ? だったら、僕がお前に倒されるまで、ずっとそばで守ってくれよ」
「意味が分からん」
「何で分かんないのさ鈍チンが」
ゲシゲシと脛を蹴られる。
地味にそれ痛いって。
「どうでもいいけど、ニブチンガーっていうとなんか敵の操るモンスターっぽくない?」
「本当にどうでもいいなそれっ!?」
何なんだろうこいつは。
いや、それより問題なのは、こいつとこうやって過ごすのが案外楽しいような気分になっている俺自身、だよなぁ。
「……本当に何なんだよ」
「うん? 僕は——」
「お前に救われたものの一人だよ」
×××
あるところに魔王がおりました。
魔王は、魔王になりたいなど一度も思ったことはありませんでした。
ただ力が強かったために、魔王にされたのでした。
魔王は人間と仲良くしようとしました。
魔物たちが人間とトラブルを起こす度になんとかおさめようとしました。
けれどそれも無駄でした。
魔物には気性が荒いものがたくさんいました。
魔王は、魔物の中でも弱い魔物たちが人間に殺されることのないように努力しました。
それでも、人間は勇者なんていうものを育てて、弱い魔物たちを殺していきました。
果てに勇者たちは魔王の城にまでやって来るようになりました。
勇者は人間の救済者だからと、魔物を痛めつけ、虐殺し、魔王を罵りました。
魔王は、救済者と言いながら敵を殺すことしか考えない勇者が嫌いでした。
何千の勇者がやってきたのでしょうか。
ある日また、勇者がやってきました。
その勇者は、驚いたことに城の魔物を殆ど殺すことなく魔王の元へとたどり着きました。
そして、言いました。
「魔王、すまない。俺は今からお前を殺す」
なぜ謝る、と魔王は聞きました。
「俺は旅の途中で魔物とは一体なんなのか知ろうとした。知ってみれば、この旅がいかに無意味なことかと思った。
魔物は人間と同じにいい奴も悪い奴もいる。
村を襲うのだって、あの長い爪じゃ農耕なんてできないのだろうから、山から食糧の絶える冬では仕方ないことだ」
魔王は驚きました。こんな話をする勇者は初めてでした。
勇者とともに来た人間たちも、様々に魔物に助けられたと話しました。
「魔物だって全てが悪いわけじゃないのに、皆殺しにしようだなんて、ひどいよねぇ。人間が残酷だってこと、なんで気づかないのかな」
「賢者」
「あは、すみません勇者様。黙りまーす」
ふざけた集団でした。
けれど、面白い集団でした。
「お前がいい王だということは俺にも分かるぞ、魔王。騒ぎをおさめ、弱きを守る。
それ以上のことがあるか」
魔王は、自分の治世が褒められていることに驚き、そして嬉しく思いました。
故に、こう言いました。
「勇者、いいぞ。僕を殺すがいい」
魔王は初めて、殺されていいと思いました。
どうせなら、こいつらに殺されたいと思いました。
魔王はずっと、解放を待っていたのでした。
だから、やっと自由になれる。そう思いました。
魔王は勇者によって、救われたのです。
だから、魔王は——
うう。金持ち設定と貧乏設定が活かし切れてない気がしますね(~_~;)
感想など、いただければ嬉しいです。