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水月  作者: COLETTE
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第6話 ~軌跡という奇跡~

「腕、腕だ! ははは、触れる! 信じられない! また身体を使って動ける事が出来るなんて!」

野田に憑依した正さんが身体を使って、自分が“生きてる”ということをいろいろ試している。

よっぽど嬉しいのか、目に涙をいっぱい溜めて笑っていた。


次に正さんは、自分の顔を洗面台に付いていた鏡で見ながら、顔をペタペタと触り始めた。


「俺の…じゃないけど、な…。やっぱり死んだの夢じゃないんだな。本当の顔はあんまりカッコ良くなかったけど、今の顔の方がカッコいいな!」


“それはないだろ…。”


今度正さんは自動販売機の前に来た。

 

“忙しい人だ”

まるで子供のようにはしゃいでいた。


 「コ、コーラだ! 好きだったんだよな~!最後に飲んだのいつだったっけな~」


“まぁそれくらいはいいか”

霊を安らかに成仏させるのがぼくたちの仕事だしね。


懐から雀の涙程度の金額しか入ってない財布から百五十円を取り出し、正さんが見ている横からお金を入れてコーラのペットボトルを一本買う。

ぼくはそれを正さんに渡す。

それに正さんは、目を丸くして言った。


「そ、そんな! もう死んだ身なのに受け取れません!」

「いや、つい違う物買っちゃって…。。それにぼく炭酸飲めないんだ~」

間違えて買ったのは嘘だけど、ぼくが炭酸が飲めないのは本当だ。

そのことを正直に受け取った正さんは“それじゃあ、いただきます”と言って、おもむろにキャップを開け、豪快に飲み始めた。


“ゴクッゴク”

―――…。

“ゴク…ゴクッ”

―――…。


“いっ一気飲みだーーー!”

“うわーー! 初めて見た!”


“―――ゴク…。”


―――何故だろう。

最後の一滴を飲み干した正さんの目からは、何故か一筋の涙がこぼれた。


「もう俺…こんな些細な、小さい幸せも感じれないのかな…。」


どんどん、どんどんと溢れ出てくる涙、涙。


“こんな時、ぼくはなんて声を掛ければいいのだろう。”

自分が青二才過ぎて、実に力不足で、自分で自分に腹が立つ。


ぼくは背中にそっと手を差しのべて、

「―――さぁ、行きましょうか…。」


正さんはゆっくりと頷き、借り物の身体で、一歩一歩、歩き始めた。


“一体、ぼくはどこへ導こうとしてるんだろう…。”





日もどっぷりと沈み、辺りが蛍光灯の光に照らされ始めた頃、ぼく達は正さんのお母さんと、今日会った降霊術師の女の子がいる病室の前に来た。

正さんは、この中にあなたの母親がいると聞いたら、少しの躊躇いを見せた。


「どうしました?」

部屋の前に着くなり、やけにそわそわし始めた正さん。緊張しているのだろうか、額からは冷や汗のようなのもが流れていた。


「―――なんでも…。」

少しの間―――


「―――い、いえ。実は…。

―――実は母は、俺のことを恨んでるんじゃないかって…。俺は、母が生前入院してる時に、一度も会いに行ったこと無いんです。

 長い間なかなか就職もしないでうろうろしてた俺を、母はいつも、“大丈夫、正はやれば出来る子だから!”とか“きっと将来有望な人間になれるんだから頑張りなさい!”とか…。決して俺のことを嘆いたり、絶望したりしなかった。

やっと就職した職場も、なかなか休めなくて…。珍しく休日貰って母の見舞いに行こうにもなかなか体がいうことを聞かず…。

そんな日々が続く中、俺は見舞いに行くことに抵抗を感じていた…。

長い間、ほおっておいた母に拒絶される事が、何より怖かった。

 そんな自分が、とても嫌になったんだ。病院からの電話にも、何故か怖くて出られなかった。

おかげで親の死に目にも立ち会えなかった。

こんな俺のこと、母は絶対許すはずがないんだ! 死んだ後でも、俺の事が憎くて成仏出来ないに決まってる!」

と言って、正さんは両手で顔を覆いながら泣きだした。


今まで泣くことが出来なかったせいか、溜まっていた涙が一気に溢れだしたのだろう。


そんな正さんに、ぼくはそっと背中に手を添え、優しくさすった。

「…ぼくは先に中で待ってます。気持ちの決心がついたら中へ入ってきてください。」


正さんは首をそっと“コクン”と頷き、そっと呟いた―――。

「―――母を…、よろしくお願いします」





「すみません。お待たせしました。」


女同士で話が弾んでいたのか、シリアスな状況とは打って変わって、何かの話で盛り上がっていた。

ぼくは気になって、例の女の子に聞いてみた。

「何の話をしてたの?」

「この人の息子さんの話、とっても聞いてて“すごい人なんだなぁ”って思って感心してたの」

彼女は微笑みながら言うものの、泣くのを我慢しているようにぼくは思えた。


「息子は昔から頭も良くて、運動も出来て、中学では野球部のエースやってて凄く活躍したんだから!」

ついさっきまで息子の死を知って絶望に満ちた目をしていた室江さんは、今は何故かキラキラした目をしていた。

“一体どうしたのだろう…。さっきのぼくのいったことが通じていなかったのか?”


出来ることなら言いたくないが、もう一度伝えよう。


「あの、室江さん? 息子さんはもう…―――」

「―――だから…。だから、あの息子が死ぬなんてことは、何かの間違いよ」


ぼくの言葉を遮って、室江さんは息子さんの死を信じなかった。

どうしよう、どう説明すれば信じてもらえるだろう…。


「―――あ、あの!」

なんとか説得させようと必死だったぼくは、潤んだ瞳の彼女と目が合った。

彼女は悲しそうに目を閉じ、静かに首を横に振った。


彼女も懸命に説得したのだろう。

今は何を言っても動揺を煽るだけだと悟ったぼくたちは、打つ手もなくただただ室江さんの話に耳を傾けることしか出来なかった。


「―――正はね、最近は口は悪いけど、本当は心の優しい子なんだよ。昔うちでは猫を一匹飼っていたんだけど、病気で死んだと聞いたら大泣きしてねぇ。どこからか拾ってきた小さな木箱の中に猫の死体入れて、海が見える丘の上にお墓作って、綺麗なピンクのコスモスを添えて…。私が死んだと知ったら、息子は泣いてくれるかねぇ」


“―――えぇ…。きっとすごく悲しむと思いますよ…。”


「中学校の頃、いじめられていた男の子をかばって上級生と喧嘩したねぇ。傷だらけで帰って来て私が、どうしたのって聞いたら泣きそうな顔で“転んだ”って言い訳して…。よっぽど負けたのが悔しかったのねぇ」


“―――息子さん、凄く優しい子だったんですね…。”


「あとはね、高校に入った時だったかな…。いきなりアルバイトなんか始めて、やっと初任給が入った時に私にあるものを買ってくれたのよ? なんだか分かる? 給料全部はたいて私に、新しい服と大好きな菊の花束をくれたのよ! その時の私…、もう嬉しくて嬉しくて…。」


“―――…。”


「あとはねぇ…。あとはねぇ…。……あとは…。」


今まで、希望に満ちた目で息子のことを語っていた室江さん、泣きそうな顔で俯いた


「…正、…正……。」

ついにかがみこんでしまった。



すると、いきなり病室のドアが静かに開いた。病室に入ってきたのは、今まで入るのをためらっていた、野田に憑依した正さんだった。

電灯すら付けてなかったので、廊下の電灯からの光がやけに眩しかった。


「―――今…。」

正さんは、信じられないという顔をしていた。

「―――今、母さんの声が…聞こえたような気が…。」


“母さん”という単語に反応したのか、室江さんは憑依した正さんの方を向いた。


「…正? 正なの?」


「母さん! どこにいるんだ? 出てきてくれよ、母さん!」

「―――正! 母さんはここにいるよ! 正!」


―――お互いが視えてないのだろう。二人は霊力が高いわけではないので、正さんが肉体が無い室江さんを視るのは難しいだろう。


「―――正…。」


室江さんは正さんに触れようと手を伸ばす。

―――でも触れることは到底出来なくて、“すぅ”っと、室江さんの手は、簡単にすり抜けてしまう。


―――目を覆いたくなる光景だった。


ちゃんと“そこにいる”のに、ふれあうことも、お互いを認識することすら叶わない。


―――もう見ていられない…。

ぼくは最終兵器こと、彼女の協力をお願いした。


そっと、彼女に耳打ちをする。

“もう、終わりにしよう。”と。


彼女は「―――任せて」と言って、涙を一つ、零した。



―――“親子水入らずの空間に、ぼくは部外者だろう”

二人には何も言わず、ぼくは病室の外に出た。



「―――母さん、ごめん…。ごめん」


「―――何泣いてるんだい…。もう大きい大人じゃないか…。」


「俺さ、もっともっと母さんに親孝行したかった…。父さんが死んで、女手一つで俺を育ててくれたのに…。将来はいっぱい稼いで、母さんを楽させてあげようと思ってたのにさ…。ホント、ごめんな。こんなバカな息子で…。」


「そうだねぇ。バカだねぇ。ふふふっ。…でもね、母さんはあんたの母さんで、幸せだったよ…。

“あんたが生まれてきたこと”

これ以上の幸福は無かった。私たち夫婦の“奇跡の結晶”なんだよ。おまえは…。」


「…母さん? 俺のこと恨んでるか?」


「えっ?」


「俺、一度も見舞いに来なかったろ? 死に目にも立ち会わないで…。」


「仕事…、始めたんだろ? 毎日毎日お国の為に頑張ってたんだろ? そんな息子を恨む理由は無い。あんたは私の、自慢の息子だよ。よくこんなに立派になったもんだ…。良かった良かった…。」


「―――なんだ。母さんだって泣いてるじゃないか…。」


「あぁ、これは涙じゃないよ…。今までの苦労の汗だねぇ。私が今まで泣いたことがあったかい?」


「―――母さん?」


「―――ん? なんだい?」


「俺、母さんの息子で…本当に良かった」


「私も…。正が息子で本当に良かった…。また生まれ変わっても私の息子として生まれて来ておくれ…、正」


「―――母さん…、母さん…。」



二人の声が、完全に聞こえなくなった頃…。


気づけばぼくは、俯きながら泣いていた。



―――居待月の夜のこと。


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