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水月  作者: COLETTE
4/10

第3話 ~菊の花束と枯れ尾花~

病院の朝は早い。


入院したことが無い人には分からないだろうが、ほとんどの病院は午後10時に消灯。午前7時に起床が当たり前。

低血圧で朝が弱いぼくにとってそれはまさしく“苦行”の一言に尽きる。


翌朝の午前7時、とてつもなく寒い中、唯一の暖である布団が、無慈悲に・・・とてつもなく無慈悲に、看護婦さんの手によってはがされようとしていた。


「もう朝ですよ~。そろそろ起きましょうね~」

 悪魔の囁きに必死に抵抗しつつも、結局布団をはがされてしまって寒さに震えた。

「ちくしょ~悪魔の手先め~!」

ところで何故、病院は早起きなのだろう?早寝は分かる。普段遅く寝る人もいれば、ご老人みたいにとてつもなく早く寝る人もいるから。

でも早起きは何故?患者なんて療養のためだけに入院して毎日暇してるんだから、何時何分に起きたって問題ないはず…。

 “うーん。わからん!”



しばらくして、また五十嵐がやってきた。

「やあ!おはよう。昨日と同じ服装だな!」

「患者服なんだから当然でしょ!?それを言ったら五十嵐だって昨日と同じ服装じゃない」

「ナース服なんだから仕方ないだろ!」

「私服が良いよね~」

「あぁ…“私服”の時が一番“至福”の時だね~笑」


 “対応に困る…。”


「そういえばさ、なんで病院って朝早いの?」

「ん? あー。そりゃあれだろ。もうすぐ来るだろうし」

 五十嵐は病室のドアの方を向いた。

 徐々に“カラカラカラ”と、荷台らしき音がする。やがてそれはピタリと止まり…。

 コンコン。

「おはようございます! 朝の朝食です。」

と、看護婦さんが病室にやって来た。


「“患者に温かい料理を冷めないうちに召し上がって欲しいから”、だろ?」


“五十嵐さん、珍しくすごくまともな意見なんだけど、そのドヤ顔は多少ムカつく。”



午前10時、特にする事もないので、ぼーっとしたり、本を読んで暇を潰していたのだが、ただただベットの上で寝ていることに、非常に疲れた。

“病院生活には慣れてるつもりだったんだけど…”

約束の時間まではまだ時間があったので、病院生活に少しでも刺激を! と思い、院内散策することにした。


この病院は、地上8階、地下1階という構造になっている。2階から8階までは病室だから省くとして、残りの1階と地下、それと屋上にも行ってみることにした。


“じゃあまずは地下に行って、それから徐々に上へと上がって行こう!”


エレベーターに乗って地下一階へ。

“なんだここ…。”

そこはほの暗い電気がポツポツと付いてるだけで、薄暗かった。

1本の道から左右に道へと分かれていて、上の道案内のプレートには、


 “→ボイラー室、リネン室”

“←慰霊室”

と、書かれていた。


慰霊室って……。


“ぎゃぁぁぁぁ~~~!”


一目散にそこを逃げ出した! 特に“散策”もせずに…。

“さすがにあれは刺激が強すぎる~”


自らの度胸の無さを自覚しながら次は1階へ。

さっきまでの怖さが嘘かのように、1階は朝の日差しで明るく、診察に来た患者もちらほらといた。

休憩室でお茶を飲んでいたところ、受付の女の人が声を掛けてきた。

名前はちょっと思い出せないけど、顔には見覚えがある。


「こんにちは~、どうしたの? こんなとこで~」

「いや~暇だったんで病院の探検ごっこしてたんですけど、地下に行ったら怖くて逃げてきちゃいました」

「あーあそこは怖いよね~。雰囲気が何か出そうだもんね~。私も出来れば近づきたくないかな」

 “やっぱり大人の人でも近づかないとこなんだ…もう行かないようにしよ!”


1階ももう売店とか各科の診察室しかない。


もうこの探検ごっこも80%達成してしまったではないか!

 “まだ全然散策らしいことしてないのにもう佳境とか!”


なにもまだ新しい発見が出来てないまま、最後の場所の屋上に行くため、またしてもエレベーターに乗る。

確か、8階の非常階段のところに屋上に続く階段があったはず…。


“今度こそは!”と期待に胸を膨らせ、屋上までの階段を駆け上ったのも束の間、こんな、夢も希望もない張り紙が貼ってあった。


“関係者以外、立ち入り禁止”


試しにドアノブを回してみたが、案の定鍵あ掛かってて開かない…。

ぼくは、心底思った。


“病院って、つっっっまんね~~!”


本当に何をしに行ったんだろうぼくは…。



徒労に終わった院内散策から帰ってきたぼくは、特にする事もないのでただベットの上で寝転がりながらぼーっとしていた。

本無し、話し相手無し、すること無しで、ただ漫然と過ごす時間というものは、傍から見ればとても楽そうに見えるだろうが、これはこれで辛いのだ。

「おや? 昼間から寝っ転がってるとは、良いご身分ですね~」


皮肉たっぷりなセリフとこの声は…。

「五十嵐こそ、飽きずに足繁くぼくのとこに通うなんて、よっぽどお暇なんですね~」

って、五十嵐が持ってるあれは…。

「おや~? イイのかい? そんなこと言って。これが目に入らないのかい? いつもよりン百円お高いプリンだぞ~?」


五十嵐の右手には、色取りどりのフルーツが乗ったいかにも高そうなプリンが!


それとなぜか、左手には菊の花束――。


コンマ1秒で正座に座り直し、深々と頭を下げ――。

「私が間違っておりました!」


相変わらずの安い人間である。


五十嵐から授かったプリンをおもむろに開け、一口一口を大事にかつ、味わいながら食べる食べる…。


そこで、気になった左手の物について聞いてみる。

「その菊の花は何? ぼく年上はちょっと…」

これかい? と花束を掲げて見せた。


「なんか勘違いしてるようだな。お前にゃ10年早いぞ? これは他人にやるものだ。覚えてるかなぁ~。先月けいちゃんがインフルの予防接種しに来た時なんだけど、待合室でちょっと変なおばあさんいたでしょ? 室江っていうおばあさん、知ってる?」

「室江さん? さぁ~。聞き覚えないけど、その人がどうかしたの?」

「昔から入院中の人で、軽く認知症?だったのかそうでなかったのか、詳しくはよく分かんないんだけど、息子さんが写ってる写真をただじーっと見てる、ちょっと変わったおばあさんなんだけどさぁ」


 “あぁ思い出してきた!確か待合室で診察待ってたら、いきなり話しかけてきて、私の息子がどうのこうの言ってたっけ…”


「あぁ思い出したよ! いきなり“私の息子はね!”って話しだしたからちょっと怖かったけど…。」


「昨日の深夜に、息を引き取ったんだよね」


この頃のぼくは、他人の死というものに対して、いまいちどう対応していいか分からなかった。


「そっか…。お気の毒に……。」

「その日の朝に看護婦が起こしにいったんだけど、朝方にはもう手遅れだったんだ。で、話はここからなんだけど、人が死んだら、まずはその人の遺族に連絡するだろ? ご家族とかに」

「まぁ、そりゃそうでしょ」

「その人、若いうちに旦那さん亡くして、息子さんと2人で住んでたらしいんだけど、その息子さん、連絡が付かなくて今困ってるんだよ。家にも携帯にも出ないし…。おまけにその人、ひどいことに入院中に1度もお見舞いに来なかったんだよ…。なんだか、かわいそうでね、これじゃあおばあさんも浮かばれないだろうと思って、大好きだった菊の花束を、せめてもの手向けとして持ってきたんだよ」


 息子の写真をずっと見て、息子のことをいつまでも心配しているおばあさんの姿を想像したら、胸のあたりが少し、切なく感じた。


「息子さんはなんで連絡取れないんだろう…」

「ここだけの話なんだけど、その息子さん、どうにも金遣いが荒くて借金してるって噂で、家にもあまり帰らないで、どっかでふらふらしてるらしいよ。全く、親が入院してるって言うのに、お見舞いどころか看取りにも来ないなんて、人としての道徳を疑うね」


 もし、自分の親が息を引き取った時、ぼくだったら真っ先に駆けつけたいと思う。多分誰だってそうだと思う。自分を育ててくれた親に、最後の別れの言葉を言いたいだろう。 

“ありがとう”と。


でも、その息子さんはお見舞いどころか看取りにも来ない。これはつまり…。


「そのおばあさんに何か、恨みでもあるのかな?」

「ん~。どうだろう、おばあちゃんの方は、少なくとも息子を溺愛してたってのは察するけど、息子の方はそれを毛嫌いしてたのかもしれないね。そうでなければ…。」


 「五十嵐ちゃ~ん。ちょいと手伝って~。」


病室の外から別の看護婦さんの声がした。


「はいよ~。今行くよ~っと、ごめんね~こんな話して、少なくとも子供に話す話題じゃなかったね」


それじゃあね~! と、五十嵐は慌ただしく病室を後にしたのだが、肝心の菊の花束を忘れて行ってしまった。

 しっかりしてるように見えて、どこかちょっと抜けたとこがあるよね(笑)



“しょうがない、どうせまた来るだろうから預かっておこう。”

そうして、五十嵐が忘れて行った菊の花束に手を伸ばした―――が、いきなり悪寒のようなぞくぞくとした寒気が背中を過った。

ただ“寒い”というわけでもないーー。人間の“第6感”というやつが、何故か今反応した。

“なんだ? っていうかこの感じ…。覚えがある……。”


まだ外はお昼の真っただ中で、“あいつ達”が見えるようになるのは、大抵夜のはず…。


“――気のせいか。”と思ってもう一度、花束に手を伸ばす――。


すると、今度はさっきまで机の上に置いてあった花束が無い――って言うか消えた!


“ってことはやっぱり―――。”


ちょっと目線をやや上に向けてみた――、すると予想どおり花束は空中に浮いていた!


“あーあ…。やっぱりそうか……。”


まぁ、客観的に見れば、どう見たって“浮いてる”ようにしか見えないだろう。でも、ぼくからの視点だと、普通の人とはちょっと“違う”のである。


「あなたが“室江さん”?」

そうぼくは、まず相手に見えていることを察してもらう。

“幽霊の正体は枯れ尾花”って言ってる人もいるけど、実際こうまではっきりと見えてしまっては、どう見ても“枯れ尾花”だとは思えないのである。


「おや~! あんたには私が見えるんかい? そうかそうか~! ここら辺で私みたいな“死んだ人”を見える人がいるなんてねぇ~。それでお前さんは何者だい? 坊主の息子、とかかい? どっかで見た覚えがあるんだけどねぇ」

と、菊の花束を右手に持つ幽霊こと、室江さんはぼくに尋ねてきた。


 「実家が昔から霊能関係の家系で、家の者なら“見る”ことぐらいは出来ます。前にぼくがインフルエンザの予防接種をしに来たときに一度お会いしてますよ?」

室江さんはしばらく“う~ん”と考え込み――。

「――忘れた。」

“さいですか~。”


そんなことはさておき、そろそろ本題に入る。


「室江さん? 何の心残りがあって成仏しないんですか?」


すると、室江さんはさっきまでとは違って、優しい顔をして、窓の外に目をやって言った。


「正……、息子が立派に育ったのかが心配でなぁー。高校も中退して、働きに出ると言って上京したは良いんだけど、うまくいかなかったみたいで、こっちに戻ってきては酒や煙草や博打ばっかりで…。部屋借りて一人で暮らすと言ったっきり、連絡も取れなくなってしまってなぁー。ちゃんとやってけてるのか気がかりでなぁー。」


“息子さんは“正さん”、と言うのか…。


「正という名前は主人が付けた名前でな? “いつも正しい道を歩めるように”って付けたんだぁー。名前の由来通りに生きててくれればいいけどなぁ」


“親にこれほど心配させて、どこで何をしてるんだ? その正さんという人は!”


「菊はねぇ、主人が私にプロポーズしたときに指輪と一緒にもらったものでねぇ、綺麗な白い菊の花束がそれ以来好きで好きでしょうがなくてねぇ~。プロポーズって言ったら普通は薔薇の花でしょう? そう言ったらその時主人、なんて言ったと思う? “薔薇はトゲがあるから怪我する”だって! その時本当に私笑っちゃって~。だってその時の主人の顔と言ったら真剣な眼差しで言うんだもの~! あっ! それでねぇ、プロポーズされた場所がねぇこれまた綺麗な場所でねぇ、私当時は東京に住んでてねぇ、その時は主人はまだ宮城の方の会社に勤めててねぇ、こっちに来たのは~。何年後だったけかなぁ~………。」


“――長い! このまま放置しておくと延々としゃべり続けるに違いない。流石に疲れてきた。”


「あ、あの~」

と、夢中になっているところ悪いが水を差させてもらう。

「息子さんのことについては、本当に何も知らないんですか?」

「あ~何も知らん。今はどこで暮らしてるかも分からん。」

――そうですか。そう言ってぼくはちょっとお手洗いに行ってくると言って病室を出た。


そこで、ちょうどいいところに、用のあるヤツが来た。


「若~~! ご無沙汰! しばらく見ないうちに大きくなって~!」


“昨日会っただろ!”なんていつも通りのツッコミは後回しにして、野田に用件を言う。


「“室江正”っていう人の所在を調べてくれる? むろえは教室の“室”に、江戸の“江”、ただしは正義の“正”。」


すると野田はハンカチの端を咥えながら、

「俺という者がありながら、今度はその人? 誰? いったい誰なのよ~ソイツ!」


“――キモい…。”


「気持ち悪いボケはいいからとにかく調べてきて! 大至急!」


すると、野田はしょぼくれた顔で分かりましたよ~と言ってどこかへ調べに行った。

さっきまで約束の時間の3時まではまだまだ余裕があったのに、今はもう時計の針は2時半ちょっと過ぎを指していた。


―――そろそろ時間かな。


約束の402号室の病室に足を運ぶ、よく晴れた昼下がりのこと――。


続きは少し遅れます。

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