第1話 ~この物語の始まりの場所~
ここ雪国の地ではもう雪が降り始める霜月の中旬。
今日の天気は雪のち晴れ、日が暮れるまでは、このしんしんと降る雪も止むことだろう。
なんせ今夜は、満月なのだから…。
最近、綺麗な満月はだいぶご無沙汰だった。
中秋の名月の日もひどい大雨、その次も空が分厚い雲に覆われ夜空すら見えなかった。
「月が楽しみなんて、いつから若はそんなにおっさんに成ったんだい?」と、庭師である野田にからかわれて、先週まで自分の嗜みに疑問を感じていたのだが、盆栽が趣味の奴に言われたくないやい!
今日の予定は、先日京都から引っ越して来た神騎という家の同い年の子に手紙を書くこと以外、特に無し。
社交辞令満載な文章を連ねた手紙を、茶色い封筒に入れて、相手の住所とかを書き、切手を張る。あとは野田を見かけたらポストに出しておいて、とお願いするだけだ。
暖房も付けていない寒い部屋の中、さてと立ち上がろうとするが、長時間正座して長々と手紙を書いていたせいか、足が痺れて動けない。「痛っっ!」
足を前に放り出して血液が足に行き渡るまでしばし休憩。
ただぼーっとしてやや10分。縁側の向こうでこれでもかと降り積もる雪、最近太り気味な池の鯉、さっきから何度鳴ったか分からない獅子威しの音。少し眠たくなるようなシチュエーションだ。
「このままだと、風邪引いちゃう……。」分かってはいるんだけど、瞼が重い。こういうときは世の中で一番重いものが瞼なんじゃないのかと、心の底から思うのである。
そっと頬杖をつきながら目を閉じる…。
今日は風も吹いてないし、五月蠅い車の音もしない。お昼寝にはこれほどにもない最適な環境じゃないか? まだお昼にも満たない時間なのに、なんだかうとうとしてきた。
ゆっくりとまどろみに落ちようとしていた
………が、そんな沈黙を破るヤツが来た!
「若ぁぁぁ~~!」と、自分を呼ぶ声がした…あぁあ、ムード台無し。
問答無用でぼくの部屋に入ってきた、うちの庭師こと野田は、ぼくのお昼寝タイムムードを完膚無きまでに壊して、あまつさえ目の前にとあるチラシを叩きつけた。
「若! お話があるのですが!」
もうすぐ三十路のお兄さん? は、ぼくに真顔で迫ってきた。
「な、何々!? どうしたの!?」
「俺はもう我慢出来ません! 俺っ・・・俺っ……。」と、お兄さん(笑)は必死でこう言った。
「ここの冷麺食べに行きたいんです! 今冷麺まつりで冷麺安くなってるんです! 一緒に盛岡まで行きませんか?♪」
―――うん。心配して損した。さっきまでの眠気もどこかへ飛んで行きましたよ。おかげ様でね!
「はぁ~~。あのね野田。ぼくが無暗に外に出ちゃいけないのは知ってるでしょう? おじい様が絶対許してくれないし、それに外寒いよ? 第一、なんでこんな寒いのに冷麺なの!?」
「分かってませんね若…。寒いときほど冷たいものが食べたくなるのが人の“性”というもんでしょう!? 冬には冷たいアイスが食べたいなるし、夏には熱いカレーが食べたくなるもんなんですよ! あっ、それにおじい様にはちゃんと許可いただきましたよ? 遅くならないようにとのことでした」
「!?…珍しい。あの頑固な人が僕の外出を許すなんて―――。」
「若は昨日で12歳になり、今年から中学生なんだから、少しぐらいの外出は認める、ともおっしゃっていました! 良かったですね若!」
正直、心の底から喜んだ。しかし、あまり外に出たことがないぼくにとって、外を一人で出歩くことは、僕にとっては期待と不安の半分半分だった。
ぼくの家は、鎌倉時代から続いてる由緒正しき旧家の家柄で、ここ秋田の地でも3本の指に入る、とても大きな一族だ。
具体的には何をしている家なのかと言えば、今の時代では珍しいかもしれないが、霊能関係の仕事を主に行っている。
いわゆる“霊能力者”ってやつ。まだ自分でもよく分かってないのだが、まぁ悪い幽霊を成仏させるみたいなこと?だと考えている。
“悪霊退散~!”みたいな?(笑)
自分も幼い頃からそれらしきものは見たことはあるけど、正直あんまり関わりたとは思ってない。なんせ怖いのだ。
もう死んだのにもかかわらず、いまだにこの世を彷徨ってるなんて考えただけでもゾッとする。それなのに、その怖い霊達と交渉して、成仏を促すなんて大それたこと、ぼくには到底出来そうにない。
しかし、今のこの家の当主であるおじい様は、こんな僕には霊能力者になる素質があるとか言って、本来父が座るはずの次期当主候補に就くことになった。それ故に、ここ12年間、ろくに外にも出させてもらえず、小学校の登下校は車で送り迎え、友達とは遊ばせてはもらえずにひたすら武道全般や書道、花道、茶道などの習い事の日々…。過保護すぎるほどに守られながら育ってきた。
あぁぁもう! こんな12歳の子供に、何を期待しているんだあのトンチンカンなご老人は! そろそろ本気で反抗してみようかな! 中学生になったら今までみたいにおじい様の思惑通りにはいかないんだからね! っと心の底でおじい様反抗計画を練っていたところだったのに、本日、この世に生れて12年と1日目であるこの日に、少しなら外出OK令が出され、寝耳に水を差された気分である。
「よーし! そうと決まればちゃっちゃと行きましょう~!」
「おぉぉ! 若、今日はずいぶんとノリが良いですね~!」
「当然! だって今日は野田が全部奢ってくれるんでしょう? 冷麺の前に途中の道の駅でジャンボみそたんぽ食べたいな~♪」
「えっっっ!? あれ1本500円もするんですけど~!? 1本で勘弁し―」
「何言ってんの?3本でしょ?ぼくみそたんぽならいくらでも食べれるからさ~!」
「さっ…3本………。」
「あーあと、ぼくやっぱりこの寒いのに冷麺なんて真っ平御免だからこっちの温麺にする~」
「えっ~―ー。温麺は割引対象外なんですけ―」
「行くの?行かないの? (満面の笑み)」
「…行かせていただきます。」
こうして、ぼくと野田のわっくわくのランチタイムが幕を開けた!
「うぅぅ…。食べ過ぎたぁぁ……。」
調子に乗って、みそたんぽ×3と、温麺と、マックのポテトLを食べたぼくと、みそたんぽ×2と、鮎の塩焼きと、冷麺×2と、チーズバーガー×2と、てりやきバーガーと、ソフトクリームをたいらげた、おまけに店員に「冷麺とご一緒にラーメンなどもいかがですか?」と勧められ、断ればいいものの、野田は律義にOKした!
冷麺にラーメンに…大丈夫か? と心配していたが、案の定根をあげた。
そもそも冷麺を食べに来たのに、さらに同じ麺類であるラーメンを勧めるのもどうかと思うが…。
もうすぐ三十路なお兄さん(笑)とぼくの二人は、家まであと1時間以上もあるのに、サービスエリアの屋根つきのベンチの上で仰向けで寝転がっていた。バカと言われても返す言葉も無いほどの無様っぷりだった。
「マックだ…。帰り際のマックがいけなかったんですよ若……。」
「冷麺とラーメンも食べたのにあそこでハンバーガー3つも食べる? 普通」
「よ…欲望が抑えられなくてつい…。っていうか若もよくあんなに食べれましたね。普段あんなに小食なのに」
「きょ…今日はなんか食べれたんだよ…。珍しいよね、こんなに食べたの…意外と温麺が…。」
「わっ若! ストップ! 今食べ物の話しないでください! 思い出したくもない!」
「いや…最初に振ったのはそっちだよ?」
もうしゃべるのもままらなくなってきたところで、また若干眠気が襲ってきた。
静かな日暮れ時、少し強い満腹感。まただんだんと瞼が重くなってきたとき、さっきまで伏せっていた野田が口を開いた。
「若がちゃんと元気に育ってくれてよかったです。生まれた時は、そりゃあ小さくて小さくて、2500グラムぐらいだったかな、普通の子よりちょっと小さめで、でも本当に可愛くて、触ったら壊れそうで少し怖かったんですけど、初めて抱っこしたときは、わが子を抱いてるように幸せでした。」
「ん? どうしたの突然。」
「いや、月を見てたら、若が生まれた時のこと思い出して…。生まれた時も今日みたいな月だったんですよ。」
ふと空を見上げると、そこには綺麗な十六夜の月が浮かんでいた。輪郭がくっきりと分かるようなまん丸い月だった。
「綺麗な月……。じゃあ昨日のぼくの誕生日の日は満月だったんだね。」
「なんだかロマンチックですね、誕生日に満月なんて。」
「野田の頭の中に“ロマンチック”なんて言葉あったんだね!」
「失礼なー!」
「あはは。ごめんごめん!」
「これから先、楽しいこととか辛いこととかたくさんあります。でも、若ならきっと大丈夫、なんとか乗り越えて行けるはずです。昔は病弱で、ホント気が気でない日々でしたが、今の若は、心身共に丈夫になりました。」
「んー。まぁ確かに多少は丈夫になったかもね。」
「若も今年から中学生ですし、今日からは、少しですが1人での外出の許可も出たので、今まで見られなかった景色も見えるはずです。だから若、なるべくたくさんの物や人とふれあって、良い大人になってくださいね」
野田はいつもこうだ。いつもいつもぼくに優しくしてくれる。いつもまっすぐで、純粋な心を持ってる。そんな野田をぼくは心から好きだ。
「うん。ありがとう野田。ところで野田の中学生活ってどんなだったの?」
「俺の、ですか? そりゃあ俺は部活一筋でしたよ!勉強は……まっ、まあまあです!」
「部活ってなにやってたの?」
「野球部でしたよ!高校でも続けてましたよ!いやーなんで始めたかと言うと、野球部のマネージャーがメチャ可愛くて!一目惚れってやつ?それが俺の初恋だったーなんてもー!キャー恥かしい!」
「――はつこい? 初恋って・・・何?」
聞きなれない言葉に、僕は疑問を覚えた。
「んー。若は恋なんてしたことないもんなぁー」
「“恋”って?」
「んー。なんて言えば良いんだろうな。俺にも良く分かんねえんですよ。」
「良く分からないのにその“恋”ってのをしたの?」
「したっていうか、させられたっていうか、してしまったというか…。とりあえず!若も遅かれ早かれ、恋することはありますよ!若がどんな娘を好きになるのか楽しみですね!」
「好きになる? ぼく野田のこと好きだけど、これは恋なの?」
「すっっっっごく嬉しいです! けど、それは違う“好き”ですね。それがもし“恋”だったら、ちょっと若を教育し直さないといけないですね!」
「ふーん。なんだか良く分かんない。難しいね、その“恋”ってやつは…。」
これが、ぼくのいままで見えてなかった世界の一部なのか…。だとしたら、この世界に、まだぼくの知らないことはどれだけあるんだろう…。
遥か空の彼方に浮かぶ月が、周りの降り積もった雪を照らし、夜を明るく照らしていた、
久々に綺麗な月の浮かぶ夜のこと――。
―――思えばこの“物語”は、ここから始まったのかも知れない…。




