遊ぶ小惑星 惑う小遊星 5
――――ティネット。そう、名前を呼ぶ声が聴こえる。
早朝、うとうとしていたティネットは、セツリに揺り起こされた。
「ティネット」
「んん……?
…………どしたのぉ……」目をこすりながら、もごもごとティネットは返す。
「……! よかった、無事で」セツリは安心したように表情を和らげた。
「今朝、目覚めた瞬間から、セツリはティちゃんの身をとても心配していたのだ」
「……どしてぇー?」
寝ぼけ眼で枕に頭を沈めたまま、ティネットはいつも以上に間延びした声を出した。
「昨日、様子がおかしかっただろう」
「普通だったよぉ」
「いや、おかしかった。セツリもいつの間にか眠ってしまっていたし」
「それってぇ、普通じゃない夢、見たんじゃないのぉ」
「そうかな。ホットミルクを持って来てくれたのは実際あったな?」
「うん」
「ティちゃんが、自分で召喚した、天から墜ちた天使に長い髪の毛を絡められ、身動き取れない状態でホットミルクを飲まされ続けていた……のは……、夢、だな。どう考えても。……すまない。セツリが昨晩見た夢に引きずられて危機感を覚えただけのようだ。昨日の夜の不安も夢の一部だったのかな」
セツリは怪訝そうな表情で、首をほぐすように左右に動かした。
「だよぅ」
「これは……夢オチを体験してしまった……!」
「うぅん。おめでと、ってダメだぁ……もうちょい寝かせてぇ。ていうかティ朝方までワルツとお話してて、今眠りかけだったの……おとといもよく眠れなかったし、とっても寝不足ぅ」
ティネットの目は、カーテンの隙間から入り込む早朝の穏やかな陽光すら眩しい、といったように細められている。
「ワルツは昨日は外に帰らなかったのか」
「うん。さっき、もう帰るって言ってたから、今はいないと思うけどぉ」
「夜中に男性と二人きりになるのはどうか」
「ワルツなら安心設計だから大丈夫だよぉ。セツリちゃんワルツのこと意識しすぎぃ」
「そ、それは自覚している」セツリはうろたえながら、パジャマの上に羽織ったカーディガンのボタンを弄る。ぱっと顔を上げ、「だがセツリはティちゃんの身を案じてもいるのだ。ティちゃんはセツリにとって、かけがえのない大切な友達だからな。本当だ。悩みがあればいつでもセツリを頼ってほしい。なんでも言ってほしい。力になりたい」
「ふふっ。わかってるよぉ。セツリちゃんが慌てて駆けつけてくれたのは」セツリの着ているパジャマに視線を合わせ、ティネットはふにゃんと笑みを浮かべる。「ありがとぉ。ティもセツリちゃん大好きだよぉ」
綺麗な世界の、耳障りのいい言葉。大嫌い。
薄っぺらいように感じてしまうし、そんな自分自身に、無色の世界にはもう戻れないこと、もう辿り着けないことを思い知らされるから。ついでに自分も、というように、奥に押しやった嫌な思い出が次々と自己主張し出すから。
大嫌いだった。
セツリの放つそれには、少しの恥じらいも虚飾も混ざらない。無神経で直線的で、眩しさに目が染みる。自分の言葉として口にするのはやっぱり苦手だけど、セツリの言葉として耳にするのは大好き。キレイな人が綺麗事の落とし穴に嵌まらないままでいられますように。白を失わずに、なるべく黒を得ずにいられますように。
「セツリちゃんの変わらない綺麗事も、ティ大好きだよぉ」
セツリは不思議そうに首を捻った。
「ティちゃんはこの一夜で、なんだか少し、変わったように見える」
「……うん。ちょっとね、強くなったの」
「そうか」セツリはティネットの柔らかい髪を撫でる。「ティちゃんはこれから何にでもなれる、透明な水のようだな」
聞いてティネットは、ぱちりと目を開いた。ふっ、と微笑み、そのままゆるりと目を閉じた。
「嬉しい。……おっぱい揉みたいなぁ。でも寝るね。こんなにただ眠いの、久しぶり……」
ノックの音がした。続いて、フルールとジュニパーの声がドアの向こうから聴こえる。
「うぅん。みんな心配性だなぁ、入って入ってぇ……おやすみぃ……」
ほどなくして、ティネットは寝息を立て始めた。




