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廻逝のロンド  作者: ささ
第四幕
29/33

遊ぶ小惑星 惑う小遊星 2

 ノックの音に、セツリは書き込みを加え予習していた教本から顔を上げた。手に持っていた鉛筆をノートと水平に置く。パジャマの上にカーディガンを着てボタンをすべて留めると、ドアを開けた。

 廊下にはティネットが立っていた。にこりと微笑む。

「ホットミルク飲む?」

 ティネットは、持っているトレイに乗る二つのカップのうちの片方をセツリに、すい、と差し出した。

「ありがとう」セツリはカップを受け取った。手の平がじんわりと温かくなっていく。

「入るといい」

 セツリはベッドに腰を落とした。ティネットも隣に座る。

「メープルシロップ入れていーい?」

「ああ」

 ティネットはセツリが持つカップにメープルシロップを流し入れた。

 とろりとした透明度の高い茶褐色が、光を巻き込みながら静かに乳白色の中に沈んでいく。

「くるくる」ティネットはスプーンでカップの中身をかき混ぜる。

 甘くていい香りが立ち上り、部屋に広がっていく。

「眠れないのか?」

「うん。ご飯の後に紅茶飲みすぎちゃったみたい。眠れないから、ホットミルク配って歩いてるのぉ」

 トレイに乗るティネットのカップをセツリが見ると、中身は半分くらいになっていた。カップの内側の高い位置に、ミルクの薄い跡が見える。フルールとジュニパーにもこうして配り、一緒に飲みながら軽く話をして、順々に部屋を巡って来たようだ。

 セツリの手の中のホットミルクは白く湯気を燻らせ、その温かさが作り立てであることを知らせている。

「いちいち一人分ずつ作り部屋を回ったのか?

 それでは余計目が冴えてしまうだろう。ホットミルクとは、動き回らずに、眠りに備えてゆったりと飲むものだ」

 温かく柔らかい液体を口に含み、セツリは自分の言葉に既視感を覚える。

 以前、セツリにそう教えてくれたのは、目の前にいる少女だった。

「ティネット? 大丈夫か」

 胸騒ぎがする。

 ティネットは両手で持つカップに視線を合わせたまま、こくり、と頷いた。静かに冷めかけのミルクを一口飲む。

「だいじょぉぶ」

 セツリが抱く嫌な予感は、確信に変わっていく。

 そういえば、ティネットは少し前にもこんな様子だった。あのとき変わったことが、確か何かあった。

 ……手紙?

 黒いもやがかった手紙が。

 今ティネットが着ているのは、寝る前だというのにパジャマでなく、ブラウスとスカート。

 鼓動が逸る。けれど抗えない眠りに引き込まれる感覚が、緩やかにセツリを支配する……

「おやすみなさい」

 ティネットはベッドで寝息を立てるセツリに、綺麗に畳んであった毛布を広げて掛けた。頭をそっと持ち上げ、その下に枕を差し入れる。

 ……ばいばい。

 部屋の照明を消した。

 



 ティネットは自分の部屋に戻って扉を閉めた。部屋に振り返る。

「おかえり、ティネット」

 部屋の真ん中に、青年が立っている。

 白い佇まい。ティネットと同じに、蜂蜜色の髪と翡翠色の瞳。優しい微笑み。

 ティネットも笑みを返す。

「ただいま。にぃさん。……なんだか逆だね。にぃさんがこの部屋の持ち主みたい」

「なんだってそんなものだよ。変わらないものなんてない。流れが滞れば澱んでしまう。絶えず流動するのは世界の意志だ」

「……うん。そうだね」

 ティネットは中身の減った小瓶を兄に返した。

「上手にお別れできたかい」

「うん」

「荷造りをしようか」

「うん」

 ティネットは部屋を見渡す。

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