はぐれうさぎ と その迷宮 4
ジュニパーが廊下を歩いていると、今度は、最近話題に上ることが増えた、黒系統の色でまとめた装いの人物に出くわした。ジュニパーは頭に無造作に引っかけていたタオルを外し、肩に掛け直すと髪の毛を払った。
「今日はアナタが来る日だったの」
「ジュニパー。おはよう」
ジュニパーはあいさつを返さなかった。
ワルツは気にした風もなくそのまま擦れ違おうとする。
ジュニパーは道を開けずに、相手の足を取るような仕草で片足を伸ばした。
「どうかしたのか」ワルツは訝しがる素振りもなく立ち止まった。
「そういえばアナタ、歳はおいくつなの?」
「勝手に決めてくれていい」ワルツは馴れたように質問を流した。
ジュニパーは、やっぱり、と鼻で笑う。
「アナタのこと、何も教えてくれないのね」
「口下手なんだ」
「ならあたしのことは、どう思う?」
「なんだ急に」
「いいじゃない。少しお話しましょうよ」ジュニパーは壁にもたれ掛かると足を交差させた。
ワルツは足止めされたときのまま廊下の真ん中に立ち、視線だけを横のジュニパーに向ける。
「で、どう思ってるのかしら?」
ワルツは腕を組みながら、考える風でもなく、
「どうって。ジュニパーだとしか思わない」
「ふ。なによそれ。あたし、中学でミスだったのよ。ここに来ていなければ、三年連続だったはずだわ」
「それはすごいな」
「こんなこと、聞かなくても見ればわかるでしょ」
ジュニパーは心底あきれたように手の平を振った。
ワルツはジュニパーを眺める。
砂色をした、ウェーブがかった肩下の長さの髪。スラリと伸びた手足に、整ったつくりのパーツが並ぶ小さな顔。瑪瑙色をした瞳の、長い睫毛に縁取られた気だるげな目がとくに印象的なこの少女。口調や仕草とも合間って、歳を聞かなければとても十代前半とは思えない。
確かに、こんな娘が中学にいたらさぞ目を引いたことだろう。
「そうだな。ジュニパーは綺麗だよ」
「ええ、そうよ」満足げにジュニパーは頷いた。
「ねえワルツ、あたしのこと抱いてもいいのよ」
「……あ?」ワルツはわずかに片目を細めて声を漏らした。
ジュニパーは小馬鹿にするような笑みを隠しもせずに、ワルツの肩に手を掛けた。
「冗談よ」
「ああ」ワルツは長く息をついた。「滅多なことをいうものじゃない」
「でも、アナタは特別。その気になったらいつでもどうぞ」
「冗談でもそんなことを言うのはやめなさい」
ワルツが自分の手を肩から降ろそうとするその手に、ジュニパーは指を絡める。
ワルツはジュニパーの手をやんわりとだが跳ね退けるようにして降ろすと、そのまま自身の胸元でさっきよりも固く腕を組んだ。
「相手が私でなかったら、ただじゃすまないかもしれないぞ」
「ふふ。おキレイな説教ならティネットにどうぞ。あのコの言ってたとおりね、アナタをからかうと楽しいわ」
「ティネットか……今度言っておかないとな」
「そういえば、あのコ今週は朝食当番よ。今キッチンにいるんじゃない」
ジュニパーは目配せをした。ジュニパーの寄りかかる壁の対面、ワルツ越しの斜め向かい数メートル先の壁面に、キッチンのドアがある。
「ああ。腹が減ったから軽食をもらってきた所だ」
「だから今日は大目に見ようって?
しっかり餌付け済みじゃない。どうせ今日はあたし達と朝食も取るんでしょ。待てなかったの」
「体を動かすとすぐに腹が減るたちでな」
「あら、何かしてたの?」
ワルツは無言を返した。
「あーはいはい口下手さんなのよね、答えなくていいわ。途端に貝になるんだから」ジュニパーは視線を上方にやると、ふっ、と一笑する。「ティネットのゴハンはおいしいわよねぇ」
「ああ。レシピも見ていないようだし、どこであんな本格的な料理を覚えたんだか」
「そういえばフルールが新しい料理の本をほしがってたわね。買ってあげたら。あのコなら、アナタのためなら料理だけじゃなくて、なんだってしてくれるわよ、きっと」
ジュニパーは爪先立ちになるとワルツの耳元に顔を寄せ「なんだって、ね」と囁いた。濡れた髪から石鹸の香りを漂わせ、踊るようにワルツから離れると、婉然とした微笑みを浮かべる。
「大切になさいな。じゃね、ワルツ」