男勇者と女Bと男Aと氷の館part9
Side:姫巫女
連携が取れない。
今、私の目の前で大剣とダガーを振る2人を見たらそれしか思い付かない。
片や力で、片や速さで、死神の雑な攻撃を弾き、かわし、氷を砕く。
その度に、机や椅子が吹き飛ぶが、不思議と壊れない。
ただ、2人とも完全に怒りに任せて動いているのが分かる。この状況は長くは続かない。
死神が勇人と打ち合う合間にボウヤは肉薄し、硬い皮膚にダガーを突きたてる。
そうしてコートが切れていくと、死神の体が見えてくる。
人ではない、奇妙な体が。
前身は黒い毛に覆われ、指は3本で鋭い爪が付いている。足も鳥のような指と爪で、しかも膝が逆関節だ。魔族としても、どこかおかしい。
昨夜ボウヤが聞いた引っ掻くような音は爪が絨毯下の床まで届いたからなんだろうね。
「大丈夫でしょうか…」
「今は待つんだ。ボウヤが速過ぎて、私やお前じゃサポート出来ないだろう」
「はい…ロザリー様が来てくれれば…」
確かに、ボウヤに合わせられるのは少女だけだ。だけど、
「無い物ねだりはしないよ。それに、直ぐに来るさ」
「モリッシュさん、交代!」
「え?あ、はいっ!」
どうゆう事だい?私の居る所までボウヤが下がって来る。
「姫様、もう少ししたら、勇人さんと交代して。今のペースじゃ長くは戦えない」
「…意外と冷静じゃの」
「怒りに任せて、冷静さを欠いて、それでロザリーが助かるなら幾らでもそうしてやる」
吐き捨てる様に言った。
むしろ怒った結果、冷静に成ったのかね。
「それに俺と勇人さんの動きに慣れてる時に違う動きが混ざれば、多少動きも鈍くなるでしょ」
…本当に強かだね。これは怖い。
「分かった…勇人、交代だよ!」
「OK!」
勇人が力任せに死神を暖炉の前に弾き飛ばして下がる。すかさず素手のモリッシュが肉薄し、至近距離で三段蹴りを放つ。
2発は鎌で止められたけど最後は腹に決まった。
技の直後で硬直している所に鎌が振り降ろされるが、
「させないさ。下がれ」
鎌を棒で弾き、距離を取る。
「有難うございます」
「なに、これは集団戦。チームプレイでいこうじゃないか」
頷き合う。さて、始めようか。
『何なんだよ、お前らは!何で、何でまだ生きてるんだよっ!』
またしても魔法の暴発。
だけど、もう2度と当たらない。さっき少女が凍ったのは私のミスだ。もう繰り返さない。
「そう何度、同じ手が通じると思うな!」
棒術で正面から打ち合う。
雑に振り回すだけの死神の鎌をすり抜け、確実に捉え、ダメージを蓄積させる。
『くそっ、くそっ!痛いじゃないかーっ!』
無理矢理横薙ぎに振って来る。ボウヤの技、使わせてもらおうか。
シャオォンッ!
鎌の外側に棒の先端を当て、上に軌道修正してやる。胴体がガラ空きだっ!
「そこだっ!」
モリッシュの強烈な三段蹴りが全て入る。これなら…
『痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!』
「当然だ。貴様にはこれでもまだ温い」
…モリッシュの口調が変わってる?
「貴様は有ろう事かリリー様に牙を剥いた」
死神が激昂し魔法を暴発させるが、モリッシュは生み出された氷を砕き、死神に投げつける。
「そんな貴様がこの程度で許されると思うな」
その影からもう一度、私が正面から打ち合う。
「貴様はこの場で処刑するっ!」
ほんの少しの隙を作った瞬間、モリッシュによる連続蹴りが死神を襲う。
足を踏み付け、膝関節の逆向きに蹴りを入れ、鳩尾と思われる位置を蹴り抜き、鎌を持つ手を蹴り上げ、顔を刈る。
まるで踊る様に、死神の周りを回りながら蹴り続ける。
それでも、死神は異常な頑丈さで無理矢理モリッシュの蹴りを弾いた。
「まだ終わってないっ!」
モリッシュがもう一度、死神に挑む。
「そう、まだだ…」
「いっけ――――――――っ!!」
後ろを見ると勇人の大剣の腹にボウヤが乗り、勇人に打ち出される所だった。
爆進も使ったのだろう凄まじい速さで、モリッシュに気を取られた死神に打ち出されたボウヤは、2本のダガーを死神の胸に深く突き刺し、その勢いで死神を宙に浮かせた。
『これくらいで僕を止められると思うなーっ!』
「自惚れるな」
ボウヤの狙いが分かり、足に私の棒を付けてやる。
「お前如きが狙いじゃない」
私の棒を足場にした爆進で死神を暖炉の上の絵画に押し付ける。
思った以上に反動が強くて棒を持ってられなくなってしまった。
ボウヤが何時の間にか右手をダガーから離し、掌底を深く構える。
「館ごと消え去れ。雷槍、六華!」
『やめろ―――――っ!』
ボウヤの右手を六つの魔法陣が囲み、上の魔法陣が雷槍を打ち出すと回転して入れ替わり、高速で同一の魔法を叩き込む。
計6発の雷槍が、死神の背後の絵画ごと、全てを貫いた。
Side:女B
リリーが目を覚まして、直ぐにあの収納スペースだと思ってた床扉を開けたら予想通り階段だった。
駆け足で降りるとドアがあったから、体当たりのような勢いで開けた。
「…地下研究室じゃな」
「ロザリーちゃんはっ?」
「此処には居ない様です。あちらに扉が有ります」
メイドさんに言われた方にドアを押し開けると氷まみれの大部屋に出た。右と正面にドア。
そして、正面のドアの前には、
「…ロザリー」
笑ってるロザリーちゃんがいた…
何、笑ってんのよ…
「イトハ様、お急ぎ下さい」
言われなくても。
さっきと同じ要領でガ・ジャルグの先端に炎を集める。
正直、魔力が足りるか分からない…
「イトハ様、まだ足りません」
って言われても、もう熱量操作するのも…
「熱量はわらわが操作する。イトハは炎を集める事だけに専念するのじゃ」
「お急ぎ下さい。ソードダンサーが来ました」
嘘、
「直ぐに殲滅してまいります。リリー様、必要な炎の量は分かりますね?」
「任せるのじゃ。仮にも魔王、それくらいは分かる」
「では、お任せ致します」
そう言ってメイドさんは今来た道を戻って行った。
1度も振り返らないその背中は、ちょっとカッコ良かった。
「イトハ、もう少しじゃ。熱量は気にするな」
分かってる…もう少し、もう少し…イメージは、氷だけを融かす…ロザリーちゃんは、傷つけない…
「それで充分じゃ。やれい!」
たっぷり5分もかけて、ようやく必要な炎が集まった。
「―――っ!」
声にならない叫び声を上げながら振るった炎は、確かにロザリーちゃんの氷を消し飛ばした。
長い黒髪をなびかせて、氷から解放される姿は、ちょっと幻想的だった。
「心臓は…動いとるの。息もしておる…成功じゃ」
良かった…でも、私もう動けないわ~…