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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

白い向日葵をあなたに

作者: 岬 アイラ
掲載日:2026/04/04

友達への感情の限界値、ドロ百合への第一歩、とにかく共依存、そんな気持ちで書きました。読んでいただければ幸いです。

「大丈夫、もう君は一人じゃないよ」

「私と一緒に来ない?」


 私に手を差し伸べたのは、明るさを振りまく、英雄だった。


 五年前。魔女として人々を逃がすための囮になっていた私を助けてくれた、剣の閃き。その主は、ヒロと名乗った。

 竜の、羽ばたきで村を吹き飛ばす翼を、大木のような脚を、頑丈な鱗に守られた頸を、一人で斬り伏せ、屠ったのが彼女だった。


 そうして、その言葉を、返り血がこの上なく目立つ純白の軍服に身を包んで、微笑んで、私を見て、声に出した。


 その力で竜を倒したというのに、英雄は女だった。それも、筋骨隆々という言葉で飾るにはどうしようもなく細すぎる、私と同じくらいの、けれどもすらりと背の高い、少女だった。

 そしてヒロは――


 それ以上思い出しはしなかった。回想ばかりが、頭から腹の底、足先まで痺れるほどに渦巻いて、胸の奥がきつく絞られたから。苦しくて、スカートの裾を握りしめた。


「ヒロ。朝だよ」


 カーテンを開ける。鳥のさえずりが聞こえる、穏やかな朝。


「…ん」


 別に、英雄は死んだわけじゃない。

 体も心も病んで弱ってしまったけれど、それでも、まだ生きてはいる。


 だからなに?と言われれば、それまでだけど。


「………ロイ」


 ウンザリしたような不機嫌な顔、低い声。昔は見たことも聞いたこともなかったけど、半年くらい前からはほぼ毎日。それでも、あだ名で呼ぶことはやめないのか。


「まだいたのか。私のことなど見捨てればいいだろ」


 卑屈で臆病。つっけんどんな態度の内側で震えてる小心者。それが今の彼女。


「そんなこと、絶対しないよ。ヒロ」


「でも」


「ね?」


「でも、怖い…」


「大丈夫だから」


「……うん」


 ほぼ毎日、こんなやりとりをしている。


 立場は逆転した。

 毎朝、起きたときは怒っているみたいなのに、少し話すと、縋り付いて抱きしめてくる。ツヤを失ったその金髪をそっと撫でた。

 果てしない寂しさと、真っ暗な目の先に打ちのめされた彼女に、頼れる者はもう私しかいない。分かっているから、こうしてる。

 もう二度と、英雄になんてならなくていい。そう思ってるから。


 ここに移り住んでからは、大きな声は聞こえづらくなった。

 静かな森に包まれるような町の、少し広すぎる気もする家。周囲には、もう誰も住んでいなかった。

 かつてこのあたりの領主が竜を怒らせたことがある、領主が死んで、屋敷に隠されていたその情報が漏れた。それを知った皆が…新しい領主さえも、立派な屋敷や小綺麗な家をそのままに、逃げるように引っ越したのだ。

 その程度の噂や昔話でも恐れられるのが竜という生き物である。そして、領民の一人に頼んで、もう帰らないからとタダ同然の金額で譲ってもらったのがこの家であった。




「ほら、食べて」


「でも…」


「吐いてもいいから」


 夜中は悪夢で何度も飛び起き、物を口に入れれば毒の記憶が蘇る…たぶん、私が見ていないところでは、食事も睡眠も、ろくに取っていない。夜くらい一人にしてくれと言われているけれど、こんなにも痩せて、こんなにも濃い隈があるからには、分かってしまう。

 強い睡眠薬や精神安定薬だけを飲ませると胃が荒れてしまうから、半ば強制的に食事をさせた。


「君はさ。どうしてここまでするんだよ」


「ヒロの世話をするのは私くらいでしょ」


「自分の面倒くらい自分で見れる」


「それが出来ないから今こうなってる。私がいなくなってもいいの?」


「……………」


「このままだったらダメなこと分かってるんだ?それなのに酷いね。私のことこんなに縛っておいて、いらないとか言うんだ?」


 心の内にあった尖った言葉を、意識的に研いで強くして口に出す。湿り気のある、愛とも依存とも呼べない感情をもらうために。

 ヒロが俯いて黙り込む。言い返せなくなると毎回こうする。ボロボロ涙を零して嗚咽を必死に飲み込むのを見て、ずくりと心が疼く。同時に罪悪感も感じはする。


「ごめん、言い過ぎた。いなくなんてなんないよ」


「でも、でもさぁっ、今のが、本音、なんでしょ?」


「大丈夫だから、ね、落ち着いて」


 別に、不健康なままでいて欲しい訳じゃない。そんな訳がない。けれども、元気になったら「ロイがいないとダメなんだ」って言って欲しい。欲しいのは、純粋無垢な感謝じゃない。私に重い気持ちを抱いて欲しい。

 そんなことを思うのは、話が違うと、分かってはいるけれど。



「そういえば、明日、願い星の日だよ。ヒロ、毎年お祭りに行ってたよね?」


「もう願い星なんて信じないよ。私の願いは叶わなかった」


 小さく乾いた、自嘲的な冷笑。今のヒロは、よくこんな笑い方をする。


「去年はなんて願ったの?」


「……」


 質問攻めにしてしまう。悪い癖だ。


「…ロイたちと、ずっとこのままでいられますようにって」


 人たらしは願うことが違うな。嬉しいけれど。


「私はずっといるよ」


「でも、ミルウは出てった。ハリーは死んだ。フルリ、スラン、エスト、ヒューキ…みんないなくなってさ……」


「…うん」


 忘れてよなんて口が裂けても言わないけど、もういない人より私を見て欲しいという気持ちはある。

 ヒロを見捨てた人たちのことなんて、もう、考えないでよ。

 手を強引に握って外に連れ出せたら、きっと楽なんだろうけど。

 窓の外は、私たちを置き去りにするように、ゆっくりと昼になっていった。


ーーーーーーーーーーーーー


 英雄は、強く、優しく、美しかった。

 希望を信じ、懸命に戦い、人々を守った。

 ヒロの欠点を一つだけ挙げるとしたら、優しすぎるところ。一度、子持ちの小型ドラゴンに出会ったとき。ドラゴンは、慌てて子供を背に隠した。子供の尻尾が見えていた。

 ヒロは目を細めた。


「親は子供だけでも生かしたいはずだが、子供は親がいなきゃ生きていけない。…見逃したら、怒られるかな?」



 いつだって新聞記者は、民衆は、情報とスポットライトにたかる虫のように、私たちを見張っていた。

 それなのに、敵にさえ優しさを見せてしまった。結果、それは大々的に、酷くねじ曲がった状態で多くの人々に知らされた。新聞の号外として、井戸端会議の話題として、城の近くの街からうんと遠くの田舎の僻地まで、情報が配られた。



 悪いモノに何をしても、罰に、当然の評価に、正義に見える。

 裏切り者に何を言っても、批判に聞こえて許される。


 世界は、手のひらを返した。


 歓迎されることはなくなり、珍しく寝床や食事を提供されたと思ったら、決まって毒が盛られたり暗殺者が狙っていたりするようになった。そこまでするのかと絶望した。

 評判は既に下がっているのに、さらなる不祥事を狙って付き纏う新聞記者たちに辟易した。この間までの笑顔を覆されるのには、もっと疲れた。

 そんなことをしても良いと、思われていたこと。それが何よりの苦痛だった。


 疲労。嫌悪感。精神の疲弊。限界。何もかもが、言葉で思い浮かべるより早く、全身を駆け巡りだるさと怒りと呆れだけを大急ぎで連れてきた。







 それなのに、彼女の瞳は、いつだって希望に満ちていて、こちらに微笑みかけていた。


「私が負けなければ、終わりじゃないって見せられる。そしたら、きっと、みんな心を保っていられると思うんだ。そうじゃなくたって、支えくらいにはなりたいからね」


 力強いその声は、言葉は、まっすぐな瞳は、確かに私たちを正気でいさせてくれた。

 でも、ヒロは、そうやって、自分の正気を蔑ろにして、私たちの正気を守ろうとしていた。

 だから、集中攻撃に晒されて、耐えられなくなって、壊れた。



 手始めに、嫌がらせ程度だった毒が一人の仲間だけに致死量盛られた。本当に殺されるだなんて思ってもいなくて、どうしようもなくて、もちろんその仲間…ハリーという、優しく賢い僧侶は死んで、もちろんパーティの心は病んでいった。

 次に、それによって空気がぎくしゃくして、連携がうまくいかず負け続きになった。当然だ。仲間が死んで冷静でいられたら、そっちの方が怖いもの。

 そして数人の仲間がパーティから抜けた。

 加えてその間日常的に続く劣悪な対応と暗殺まがいの歓迎。

 とどめに、英雄という称号の半剥奪。一年で七割の竜を殲滅することができなければ、称号はなくなるという無理難題の宣告。



 危機的な状況の英雄に私以外の仲間は見切りをつけた。ある者は申し訳なさそうに、ある者は呆れ失望したように、ある者は無表情で。

 けれども、見捨てたことに何も変わりはないわけだから、どんな表情をしたって、ヒロの周りを静かに寒くしていったことに変わりはないわけだから、彼らは平等に残酷だった。



 宣告を受けてから半年以上経つ。ヒロは、この半年ほぼ引きこもり続けている。

 誰からも見放され、泣くことさえ、絶望することさえ嘲笑われてしまう英雄は、自分勝手な自己犠牲の成れの果てで、あまりに愚かで哀れで、けれど、確かに、美しかった。


ーーーーーーーーーーーーー


「ヒロ」


「ん…」


 微睡んでいたのがなんだか可愛くて、気の迷いで声をかけた。腕にしがみつかれ、頬ずりされた。珍しいことではない。

 控えめな幼児退行とでも言うのだろうか、誰かに甘えたい、英雄ではなくひとりの人間として見てほしい、そんな思いを拗らせてこうなったんじゃないかと考察しているが、定かではない。

 馬鹿みたい。勝手に解釈するのも、怖がらせて泣かせるのも、そのあと撫で回して抱きしめるのも。やってることは、【調教】じゃないか。


 不意に、手を握られる。


「いなくなるときは、さ。置き手紙とか、書いてよね」


 囁き。少し荒れた手で私の手を握りしめて、泣きそうな顔で、音を一つずつ出すような喋り方で。

 それを黙って聞くだけというのは、私には苦しすぎた。




「いなくなんか、なんないよ」


 何かを言うということも、それはそれで、苦しかった。弱々しい誓いを絞り出すのが精一杯だった。



 ヒロは「ロイに迷惑をかけて申し訳ない」って言う。

 もちろん、迷惑かかってるし、疲れるし、気を遣っているし、負担ではある。

 でも、それが、ヒロが私なしじゃ生きていけないんだという実感が、たまらなく心地良いのだ。


 いちばん感情をぶつけられるということは、迷惑をかけられるということは、誰よりも丁寧に甘く軽んじられているということ。誰よりも重い感情を抱かれて誰よりも依存されているということ。

 ヒロが泣くと、ヒロが不機嫌な顔をすると、ヒロが弱々しく笑うと、ゾワゾワとした〝何か〟の衝動に駆られる。




「それより、さ。ヒロは…何をしたい?」


 沼のような感情から逃避するように、雑に話題を変えて問いかける。


「…」


「英雄なんて、もういいんじゃない。普通の女の子になったらやりたいこと、考えようよ」



 未来の話。夢の話。残酷なこと。

 黙ってしまうだろうと諦め、次の言葉を探し始めたときだった。





「ロイに、故郷を見せたい」





 ドクンと期待が脈打った。知らないヒロを知ることができるかも、と。


 ヒロは、自分のことも故郷のことも、壮絶なことを冷笑しながら語るだけだったから。

 親友だった神獣が閉じ込められて狂って角を折ったとか、英雄として強くなるまでは鞭打ちや折檻もたくさん受けたとか。



「どんなところ?教えて」


 だから、故郷という言葉を口にしたとき彼女が少し微笑んだのを見逃せなかった。


「満天の星空が見える、高台があってね。その下は大きな澄んだ湖でね。きらきらしててね。夜だけじゃない、日が昇れば朝露が輝いて、魚が跳ねるたび、鱗と水がきらめく。虹色の角の神獣が現れて、水を飲みに来る。虹泉鹿コウセンカって呼ぶんだよ。冬になると角の色も淡くなるんだ。それから、夏の花が綺麗。真っ白なひまわりが湖のほとりに咲く。光の花、って呼ばれて……」


 酔ったように、うわ言のように、饒舌になって、いかに故郷が素晴らしいのか話してくれるヒロ。


 聞いているうち、声に嗚咽が混ざってくるのを、聞こえないふりした。その奥で、熱と冷酷さを帯びた興奮が騒ぐのを感じながら、静かに聞くふりを、眠るふりをして、そのまま寝落ちた。


ーーーーーーーーーーーーー


「大丈夫」

「私のこと、信じて」

「絶対絶対、守るから」

「私は平気だから」

「ほら、できるだろう?」


 皆から拒絶され始めた頃、ヒロは誰よりも優しくあろうと、誰よりも強くあろうと、誰よりも英雄らしくあろうと輝いていた。光は、目がくらむほど眩しかった。痛いほどに輝いていた。


 それなのに、今思えば、そういうときの彼女の瞳は、いつだって孤独に満ちていて、こちらを拒絶していた気がする。

 こっちに来ないで。触らないで。優しくしないで。構わないで。そうされたら、だめになってしまう。何も言わなくても痛いほどに感じる張り詰めた心と、同じくらい張り詰めた空気を緩めることができなかった。

 そうだ、ヒロはもう、その時から壊れていたんだ。


 それに、気付かなかったから。

 無理矢理にでもヒロを引き止めることができなかったから。

 だから、ヒロをここまで追いやったのは私なんじゃないの。


 ヒロ。ヒロ。最低な私のこと、許して。

 あなたに拒絶されたら、私、もうだめ。何にも気付かないで。ずっと私に縋り付いて泣いていて。

 元気になって欲しいけれど、私、弱っているあなたを慰めているとき、幸せなの。


ーーーーーーーーーーーーー


「ロイ?」


「ん……」


 ヒロが先に起きていた。



「あ、起きた?ロイ、ロイ!ねえねえ、ロイ!」

 ―――あ。これ、ダメなやつだ。前にこうなった次の日、ヒロは底抜けに明るく「飛び降りるから見ててよ!」って言った。怖くて、魔法で無理矢理眠らせたっけ。




 どうにかしなきゃ。


「ねえヒロ。ヒロの故郷行こうよ」


「…は?」



 何か返してくる前に、ローブを被せた。暑くても、正体がバレないことの方が大事だった。



「ちゃんとホウキ持っててね」


「う、うん…え?」


 後ろだと手を離されそうで怖いから、ヒロを自分の前に座らせて片腕で捕まえ、片手でホウキを掴んだ。


「掴まって」


 ヒロを乗せるの、久しぶりだな…ちょっとでもテンション上げてもらおう。

 空元気なんて自信ないけど、ヒロのためだ。やるしかない。



「飛ばすよ!」


「うわあっ?!」


 うんと高度を上げる。


 空気抵抗とヒロの体重がかかる。それが別になんてことないくらい、わくわくして、嬉しくて……別になんてことないくらいヒロが軽くなってて、自分がホウキにのるための感覚を忘れかけていたのを、事実だと理解しないようにした。なんだか叫びたくなって、飲み込んだ。



 私にできることは、今をとにかく楽しい瞬間にすること。








 もうそろそろ、いい眺めになるころかな?





 上昇を止める。

 うん、いい感じ。



「ヒロ、見てみて」


 下は、小さくなった街と、森と、ずっと遠くの水辺線。



「………きれい」


 小さい声。でも、聞こえた。少女がまばたきを忘れるときの、掠れた爽やかな興奮の声。

 胸が、高鳴る声だ。



「故郷までさ、案内してよ」


「うん」


「まずは?」


「ずうっと北のほう」


「任せてよね」


 ホウキを飛ばす。ヒロは高いところ平気だけど、体調を壊さないように加減しながら。











 


 しばらく北に飛んだ。ヒロは、何も言わなかった。

 景色に夢中なのかもしれないし、何かに絶望しているのかもしれなかった。





 ざわざわとした、嫌な予感。

 今は何も失っていないのに、ひどい喪失感と無力感が蠢いて、たまらなく不安になる。





「ヒロ」


「ん?」


「…楽しい?」


「…えっと、………楽しいよ?」


 ヒロは、咄嗟につく嘘は下手くそ。変な笑い方するし、目がすごく泳ぐし、聞く前にまず返しの遅さで気付けるほどだ。



「…ほんとうのこと、教えて欲しいだけ。だめ?」


 ヒロは、甘えるようなお願いの仕方をすると言うことを聞く。幾度となくこれでヒロを落ち着かせてきた。


 私がヒロの扱い方を心得ていることを知ってか知らずか、ヒロはゆっくりと口を開いた。


「……………さっきさ。世界が、全部、小さく見えたよね。きれいだったよね。けれど、どれほど小さく見えても、いや見えなくたってさ、殺さなきゃいけない竜がまだたくさんいて、仲良しだった神獣がまだ捕まってて、いなくなった仲間も新聞記者たちもいて、それは全て現実で…」


「うん……それで?」



 ヒロが俯く。腹の奥で、恐怖と興奮が疼く。知りたいけど、知っちゃいけない気がする。






「そうやって思うと、本当に全部から逃げるなら、私が現実から消えるしかないって思うんだ」


「っ…」



 やっぱり、簡単に聞いちゃだめだった。

 ヒロは、正直な気持ちほど、何度も何度も噛み砕いて口に出すか迷ってから喋る癖がある。だから、素直なときも返事が遅い。けれども、そういうときのヒロは決まって返しが長くなるし、よく分かんないような微妙に分かるようなことを喋るから。

 嘘じゃなく、本当にそう思っているということ。全部知りたいはずなのに、どこかで聞きたくないとも思っていた、ヒロの心のいちばん暗いところ。



 これまでだって、大丈夫だよって言っても、しんどいねって言っても、そんなことないよって言っても、ヒロを救えたことなんて一度もなくて。結局そんなありがちな言葉を、抱きしめて頭を撫でながら眠るまで続けた。

 何を言えば、どうやって受け止めたら、そう考えるのをやめてくれるの?


 ヒロがいなくなっても、私、後を追って死にはしないと思う。けれど、ヒロのいない世界で生きて、老いたら、眠るように死ぬことなんて絶対にできない。毎夜毎夜思い出して、やっぱり一緒に死ねばよかったと思って、うなされて眠る。これは、予想なんかじゃない。もしものとき、確定させる未来なのだ。


 だから、そのくらい、寂しいんだから、死んだら絶対毎晩恨んでやるから、嫌だったところだけ思い出してやるから、



「いなくなんないで…」


 だめだ、涙出る。ヒロの前で泣きたくないのに。まだ何も失ってないのに、寂しくて止まんない。


「……………ごめん」


「ごめんじゃ、ない………」



 雫が、ヒロの背中に落ちて、そこだけ色が濃くなる。


 泣きながら、やけくそでホウキを飛ばした。


ーーーーーーーーーーーーー


 ヒロの故郷は、シルヴァリーフというところだそうだ。寒いけど人は温かいんだとヒロは言う。

 けれども私は、ホウキを操作しながら、いちばんに信じたいヒロの言葉すら疑っていた。

 温かいなら、なんでこうなるまでヒロを助けてくれなかったの。ヒロは、私がいなかったら絶対自分で死んでる。なんで。どうして。


 帰ろうよと言いたくなっていた。けれども、そんなのヒロを傷つけるだけだというのは十二分わかっていたから。


「ねえ、ヒロ」


「なに?」


「私は、ヒロにいなくなってほしくないなあ」


「………なんでだよ」


「ヒロが大事で、大好きだから」


「…」



 ヒロの体が強張っているのを、感じないようにして、追い打ちをかける。



「ヒロがいなくなったら、ヒロに触れなくなったら、喋れなくなったら、どうにかなっちゃう」


「…死体を抱きしめて、写真に語りかければいいだろ!」



 機嫌が悪いし、めちゃくちゃなことを言う。こういう時のヒロは、自棄になっている。

 その後どうなるかも知っている。見えなくたって分かる。全部ぶちまけてから、ハッとした顔になって、泣き出すのだ。



「………………………ごめん、こんなこと、言いたいんじゃない、違うんだ。違う…ごめん…」


「ヒロ」


「ごめんっ…ごめんね………ごめん、ひっ、ひどいこと、言っちゃった…いなく、なん、ないで…」


「いなくなんかなんないよ。ね、ちゃんと息して。一回降りるよ」



 降りてみた地上は、高地にしては暑かった。

 暑さをしのぐ魔法なんていくらでもあるが、とりあえずは、空より空気が濃ければなんでもよかった。


「吸って…吐いて…ゆっくり」


 過呼吸になったヒロの背中をさすって、あたりを見回す。少し離れたところに集落らしきものが見えた。

 息が整ってきたヒロを立たせ、歩くか飛ぶか少し迷ったのち、途中まで飛ぶことにした。


ーーーーーーーーーーーーー


 集落は、思いのほか賑わっていて、小さな市場があった。ヒロの手を引いて歩き始める。

 生活必需品だけじゃなくて、雑貨や菓子なんかの嗜好品まである。


 せっかくだし色々見てみようよと声をかける直前だった。


「そこの二人。どこ行くんだい」


 雑貨屋の男が私たちに話しかけてきた。



「…シルヴァリーフです」


「えっ?何もないのに何しに行くんだよ」


「えっ?」


「あそこ、もう誰もいなくて、森の一部みたいに静かだぜ。村を畳んだんだ」


「っ…?!」


 ヒロが息を飲むのが聞こえる。



 これ以上、聞かせちゃいけない。


「あの、わかったので、シルヴァリーフの方向」


「まって」


 話をきり上げようとした私を止めたのは、ヒロだった。



「もう少し、教えてくれませんか」


 久しぶりに、自ら人に話しかける彼女を見た。男は戸惑ったように頷いた。ヒロは、私の方を向いて、ちょっとだけ笑った。


 男は、「ここらじゃそれなりに有名な話だけど」と前置きして語り始めた。

 英雄の故郷に閉じ込められていた虹泉鹿が、シルヴァリーフを閉ざそうと最後の力を使い始めたこと。

 英雄と神獣を案じていた村人たちがそれに勘付いて、協力し始めたこと。

 今は、彼らの一部と英雄だけを受け入れる結界があること。


 誰も止めなかったのは、本来、神獣がそれほど尊ぶべき存在だからだろう。

 皆が協力したのは、英雄の少女をただ一人の村娘として心配していたからだろう。

 伝えなかったのも、関わりを絶ったのも、結局、ヒロの心を守ろうとしたからなのだろう。けれども、帰ってこられるようにはしたんだ。


 きっと、それが最善だったのだ。

 村を閉ざすのだって無意味じゃない。そのままにしておけば、そのうち記者や英雄嫌いの一人や二人来て、ヒロの故郷を荒らすことくらいしたはずだ。出身地なんかすぐ分かるだろうし。


 ヒロのことを考えるなら、それが良かったのだ。




 ヒロは、きっと、私より深くそれを理解していて、だから、涙を堪えて柔らかい微笑みを浮かべていた。



 私は、何故かそれに絶望していた。


 ヒロは、誰からも見放されていて、誰よりも情に飢えていて、私にだけ依存していると思っていた。心のどこかで、ヒロは私以外の存在によって癒されることはないと思っていたのだ。

 なんて自己中心的で、なんて歪んでいて、なんて馬鹿な考えなんだろう。



 ヒロを満たすものが他にもあるのが、恨めしい。

 これじゃあ、ヒロの不幸を願っているみたいじゃないの。


 ううん。みたいじゃなくて、ほんとうにそうなんだ。私。

 不幸なヒロを慰めるのに、暗い喜びを、自分の存在価値を見出しているから、そんなことを願うのね。





 ヒロを、その、あったかい想いのたくさん集まった村へ連れて行ってあげないと。

 ヒロを、この、凶暴で傲慢な、他でもない私自身の手から守ってあげないと。


「………ありがとう、ございました。お時間いただいて」


「いや、いいんだ。どうせ暇だし」


 こういうときお礼代わりに何か買ったほうがいいということすらも忘れていた。

 ただ、体の底から空っぽになっていくような感覚がしていた。


ーーーーーーーーーーーーー


 それからしばらく飛んで、シルヴァリーフを見つけるのは容易かった。

 透明の半球…とでも言えばいいのだろうか。村はそれに包まれていたのだ。


 それを目に映したヒロの気配は、寂しさと、喜びと、懐かしさと、他にも、きっと私が想像できない色んな感情で、揺らいでいた。

 それでも、今回のヒロは、泣いたり過呼吸になったりはしなかった。腕で捕まえていなくても、自分でほうきの柄を掴んで、目を逸らさずに半球を見据えていた。

 それを感じるのが、虚しかった。




 半年前までは、よくヒロに寄りかかって、それで笑い合っていた。今さっきまでは、寄りかかったら壊れると思って、寄りかかってもらえるようにしていた。

 今は、もう、必要ないのだ、きっと。



 英雄の、目がくらむような煌めきではなかった。


 陽だまりのような、優しく爽やかな光だった。


 それすら、私には、眩しすぎた。




「ヒロ」


「…何?」


 突き放すような言い方じゃない、穏やかな声色。いつものヒロ。


「ヒロは、私のこと、どう思ってる?」


 柔らかな眩しさで、冷静な判断ができなくなっていたのかもしれない。



「うーん…どうって、難しいね。大好きだけど」


 ヒロの感情は困惑ではなかった。

 まだ関係性のことなんか考えているの、と苦笑するようだった。

 その笑みは私を満足させるには十分だったが、しかし、少ない言葉でしか伝えてもらえないことは、不安を抱かせるにも十分だった。

 大好きという言葉ですら満たされない本当の私を知ったとき、ヒロはなにを思うのだろうか。



 シルヴァリーフに着いて地面に降り立ったとき、ヒロは口を開いた。


「あのさ、手、繋いでてくれないかな?」


「エスコートされる側で良ければ」


 気取った言い方をしたのは、ヒロがどことなく不安そうに見えたから。

 英雄と村人しか受け入れないというのが本当なら、拒絶されるかもしれなかったけれど、それでよかった。

 震える手を、そっと取った。彼女の指を絡める繋ぎ方は、人たらしの常套手段であり、私の期待のもとだった。


 結局、その心配は杞憂に終わった。膜のようなものに体を押しつける感覚が一瞬あった後、想像していたより広い空が広がっていた。


 少し暑い…いや、夏にしては涼しいくらいだった。

 ヒロは、私の手を引いて歩き始めた。高台に向かっているようだった。あちこちにまばらにある家は、とうに生活感は失っているように見えた。

 緑の匂いがして、風が吹いて、静かだった。



「夜もきれいだけどね、昼のうちに、見てほしいんだよ」


 ヒロの声は、澄んでいた。

 反対に、私の心は暗く濁り、混乱に近いとすら言えた。

 今、ヒロが私の手を離して希望のある世界へ駆け出してしまったらどうしようと、そんなことばかり心配していた。

 自分が、女々しくて気持ちが悪い存在なのはわかっていた。でも、こんなにもえげつない奴だったのかと自分に失望した。



「ヒロ、手、離さないでよね」


「離すわけないよ。……ねえ、目瞑って歩いてくれない?」


 そう言いながら私の手をきゅっと握る、細いけれど、柔らかくも弱々しくもない指。頼りがいがあって嫌だと、酷いことを考えた。

 ヒロがサプライズ好きなことくらい知っていたから、大人しく目を瞑った。


 けれども、視界がなくなると、どうしても考えることに目がいく。

 ああもう、自己中心的で、嫌になる。ヒロを元気にしたかったからここに来たんじゃないの。どうして、大好きって言葉を、手を離さないって言葉を、信じてあげないの。どうしてそんなにも独占したがるの。

 そうやって、苦くて熱い気持ちが収まらなかった。



 水音が聞こえる。きっと、白い向日葵…光の花の、群生地の近くの湖。

 ヒロの手は、もう、震えてなんかいなかった。それどころか、優しさと力強さすらあった。それがまた、苦しかった。


 そんな気持ちで歩いたのち、ヒロが足を止めた。


「ロイ。目、開けて。これを見せたかったんだ」



 ヒロの言葉が終わる前に、私は目を奪われ、息を飲んでいた。

 煌めく湖と白い向日葵。心が浄化されるような、優しい風が吹いて憂鬱を飛ばしてくれるような景色。

 これを私に見せたかったのね。


「神獣が、守ってくれてるんだっけ」


 ヒロはこくりと頷いて、目を細めた。


「…虹泉鹿って、土地神じゃないからさ。シルヴァリーフは大きくはないけど、けれども、これを守る結界を作るの、きっと、すごく大変だったと思うんだ」


「……会いに、いけないの」


「…力を使うと姿が消えちゃうから」



 風に憂鬱が飛ばされたのは一瞬で、また暗い気持ちが積もっていく。



「けれど」


 ヒロの声は優しかった。


「ロイが引っ張ってきてくれなかったら、ここに来る前に、何もかもから目を逸らして、逃げようとしたと思う」


 だから、現実と向き合えて、そして、ここまで来れて、良かった、と。

 そう笑うヒロは、冷静で穏やかだった。吹っ切れたようだった。



 不意に抱きつかれて、前より距離感近くなったな、とぼんやり思った。


「ロイが私を助けてくれたんだよ」


 無垢な感謝。ヒロが、私をいいように誤解してくれていたという証拠。




「…違うの」


「えっ?」

 ヒロの肩を掴んで押し返す。自制するより前に、感情が、渦巻いていたものが波になって、溢れ出ていた。


「私にはヒロしかいないの。ヒロのこと全部知ってなきゃ気が済まないの。優しくなんてない、結局自分の心配してるんだから」


「……うん」


「ヒロを、私なしじゃ生きられないようにしてしまいたいの、依存されるのが嬉しいの」


「…」


「ヒロのこと、縛っておきたいの。他の人よりもたくさんヒロの顔を見てヒロの声を聞きたいの。ヒロじゃなきゃダメなの」


「…ロイ」



 こういうときの私は、絵に描いたような面倒くさい女だった。

 ああ、全部言っちゃった。最悪だ。



「ねぇ、失望、したでしょ」


 何のためか分からない涙が溢れて、それが見苦しいと理解していても、止められなかった。だから、泣き顔が見えないように俯いて、吐き捨てるように言った。



「…失望なんてするわけないよ」


 ヒロは、困ったように笑って、私の手を握り直した。


「私だって、ロイがいないとだめだ。ロイのこと、ロイが思ってるよりうんと大事で大好きなんだよ、どうやったら信じてくれるかな」


 甘い笑顔を浮かべて、片手で優しく私の髪を整えるヒロ。

 いっつも余裕ないくせに、こういうときは余裕なのが腹立つ。でも、その苛立ちすら愛しいと思わせる人たらしなのが、ヒロ・ノエルバンドという女だった。


「ここじゃない場所にも、白い向日葵はあるらしいけど、それは黄色がかった白で、それで、【程よい愛】…だったかな、花言葉も全然違うんだ」


 確かに、シルヴァリーフの向日葵は、ベージュではなく純白だった。



「…じゃあ、これはなんて言う花言葉なの」


「えっとね、【あなたは私の光】」


「…」


「そういう花言葉なのもあって、ロイを連れてきたかったんだ」


「…そう」


 ヒロは、寡黙な奴ではない。これまでだって、さっきだって、言葉で気持ちを伝えることくらいしてくれた。嘘か本当か分からないけど。


「言葉だけじゃ、伝わんないかなって。ロイは自分の感情が歪んでるみたいに言うけど、それは私だって同じだし、ロイの、その感情が嬉しいんだよ」



 気を遣っただけの嘘じゃないかと疑うほど甘い言葉。頭がふわふわするほど優しい声音。勘違いしちゃダメだと分かっていても、脳が期待の感情に支配される。


「……人たらし」


「ロイだからだよ。ロイがいなきゃダメなんだよ。だからここまでしてる」



 一瞬、息が止まる。そのくらい胸がきゅうっとなる。

 ヒロは、明らかに不安定なときくらいしか重いことを言わない。いっときの拠り所で、依存じゃない。そうやって思って落ち着いてきたし、そうやって思うから落ち着かせてきた。

 ヒロの瞳は、やっぱり澄んでいたけれど、その笑みは、屈託ない弾けるような笑顔や優しくて柔らかい人当たりの良い笑顔ではなかった。




「嘘。ヒロのことだから、合わせてるんでしょ」


「そんなことないよ。ね、信じてはくれない?それとも私にこんなこと言われるのは嫌?」


「っそうじゃなくて、」


 いつまで経ってもこの縋るような困り笑いには勝てない。


「信じる、信じるから」


「ほんとに?」


「うん」


 なんだか今日のヒロは、大人っぽいときもあるのに、どこか幼い。というか、言葉や態度が分かりやすかった。


 不意にヒロがこっちの目をまっすぐ見つめて、口を開いた。


「私と一緒にいてくれる?ずっと?」


 何を返せばいいかはぼんやり思い浮かんだが、具体的な言葉を探すのはちょっと難しかった。ヒロほど甘い言葉は私には使いこなせない。


「ヒロとなら地獄だって悪くないかな」



 結局出た言葉は、甘くて優しいものなんかじゃなくて、相手を重苦しく縛るような最悪の文句だった。




 それでも、ヒロはそれが何よりの愛の言葉であるかのように笑った。


 その笑みは、さっきから、ちょっと湿っぽくて、とろけるようで、そして、温かかった。


 英雄の快活さのある元気な笑顔でもなくて、心を病んだ自嘲的な皮肉っぽい冷笑でもなくて、少女の弾けて滲み出るような微笑みでもなかった。

 知らないヒロを、見た気がした。


 そしてそれは、まだ、他の誰も知らないヒロだと思った。思いたかった。

 それほどに、じっとりと重い愛情に溢れた極上の顔に見えた。彼女が私にだけ見せる、こういう、ネガティブで重くて支配的なのに被支配的な女の顔が好きなのだと、嫌でも実感させられた。



「………こんな言葉嬉しいの?」


「ものすごく嬉しい。地獄って、一生より長いんだもの」


「…あ、いや天国でもいいよ」



 地獄は嫌だけどヒロとなら我慢できるって話で、積極的に行きたがる場所じゃない。



「ねえ、こんななのに、私がヒロの光だなんて言うの」


「言う。ロイがいたから私がここに生きてる」


 断言されると、興奮めいた胸の疼きがひどくなる。

 そうなんだ、ヒロ、私がいなかったら生きてないんだ、それを自分で認めちゃうんだ。


 クラクラしてくるほど嬉しくて、けれど、ザラザラした罪悪感が残るのが、むしろ、入れすぎて溶けなくなった砂糖みたいに、甘くて心地いい。

 罪悪感の波が大きくなると私まで死にたくなるけど、そういうときは、ヒロのせいにして、自分はヒロを助けているのだと都合のいい考えに逃げる。



「憐れな奴を助けてる自分が好きなんでしょ、とか言わないの」


「それでもいいよ、私だけを憐れな奴にしてくれるなら」


 ヒロが私から逃げるための道を、一つずつ潰していく。

 そうやって、私は人の道を外れていく。


「それで?夜景も見せてくれるんでしょ?」


「う、うん、もちろん!すっごく綺麗なんだ、星もいっぱいだし、湖もキラキラする!」


「うん、楽しみにしてる」



 それから、たくさん話した。

 過去のこと、未来のこと、初めて聞くこと、何度目かのこと。たくさん。

 私は、ヒロのことをもっともっと知りたかったけれど、ヒロは私に話を振った。彼女は、人と話すのも上手かった。

 数年前のことを話しているときは、ずっと心が痛いような、冷たい風が吹くような感じがしていた。もう戻らない思い出の話をするとき、いつも感じる痛みだった。


 話し続けていたら、夕方で、それに驚いている間に一番星を見つけた。

 ヒロが綺麗だと言うものは大抵、私にとっても綺麗だったが、今回も例外ではなかった。

 けれど、私は、少しの間星空と水鏡に見惚れたあとは、それを眺めるヒロを見ていた。

 願い星の祭りを冷笑したヒロも、とろけるような笑顔のヒロも、今ここで星を見て微笑むヒロも、私しか知らない。その事実が、どこまでも甘美だった。


「……もうちょっと、いてもいい?」

「もちろん」

 帰ろうなんて言ってないのに。


 結局、帰ったのは次の日の昼前だった。


ーーーーーーーーーーーーー


「いきなり過ぎじゃない?もう少し休んだって…」


「ううん。とにかく早く始めたいんだ。それに、ロイに頼ってばっかじゃなくて、頼られるようになりたいし」


「でも」


「大丈夫!名誉挽回させてよね」



 ヒロが選んだのは、英雄ではない、別の道だった。ひとまず冒険者として、迷子や行方不明のペットを探したり、薬草の採取をしたりするらしい。

 けれど。


「どうにかして、竜への誤解を解きたいんだ。凶暴なのは怒ったときだけなんだし、意思の疎通だってやろうと思えばできるし……」


「結局は、見てられないんでしょ。人間と竜が戦い続けるの」


「うん」



 独善的と言えばそうでしかなかった。

 ヒロは、きっと、神獣に選ばれた少女で、だから意思の疎通だって簡単だったんじゃないのかとも思ったし、言った。けど、そこじゃないんだろう。


 ドアを開けて、暖かい陽射しの下に出ていくヒロ。

 その笑顔は目がチカチカするほど眩しくて、しゃんと伸びた背筋は向日葵のようで、金髪が陽射しを反射して白く輝いていた。


 強い光を放つ美しさが、何より危ういことは、もう、知っていた。


 ヒロは何でもできるから、そのうち有名な冒険者になって、どうせ隠すのに限界が出てきて正体がばれて、そうしたら、今度は、「味方ではない存在」じゃなくて、明確な「敵」になる。

 最悪、ヒロは竜よりも嫌われるかもしれなかった。




「ねえ」


「?」


「私も、一緒に行かせて」


「いいけど………いいの?」


「地獄だって悪くないって言ったでしょ」




 独りぼっちの悪者になんて絶対にさせない。


 竜のことは、正直、なんだっていい。私はむしろ食われかけたことがあるし、ヒロが追い詰められた原因の一つだとすら思っているし、滅びてくれたって悲しんだりはしない。

 けれど、竜が傷つくことでヒロが苦しい気持ちになるなら、話は違う。



「ヒロがみんなの英雄じゃないなら、私がヒロだけの魔女だっていいでしょ」


「そう、なのかな…?」


「そうなの」


 取り返しがつかなくなった後で恨まれたっていいし、そのまま一生許されなくたっていい。あの笑顔が向けられることがなくなっても、構わない。

 大事なのは、ずうっとヒロと一緒にいることだから。



「ほら、ギルド登録するんでしょ。やり方教えてあげる」


「いいの?ありがとう」



 どうせヒロは私から逃げられないんだから、それなら私が支えてあげなきゃと、言い訳して違和感を誤魔化した。


 きっと、これから私、ろくでもない運命を辿る。

 そのろくでもない運命の前に、しばらく戦ってくれない英雄パーティーとして見られる。

 きっと、その後も、竜に寝返った英雄に付いた魔女として、世間からの蔑んだ視線をたくさん浴びるだろうし、過去に笑顔を向けてくれた人から殺意のこもった顔を向けられるかもしれない。


 それでいい。

 ヒロと一緒にいることができるなら、それがいいとすら言える。


 どれだけ先が暗くなっても、どれだけ手を黒く染めても、私、後悔なんかしない。


 ねえ、ヒロ。どうしてか分からないよね?今も自分を否定してばっかりで、私を光だと言ったあなたが、分かるはずないよね。



「ヒロを一人になんてできないもの」


「えぇっ?ひどくない?」



 あなたが、あなたこそが、私の光だからだよ。

 白い向日葵は、あなたにいちばんふさわしい。

読んでいただいてありがとうございます!共依存百合を好きになっていただけたら嬉しいです。

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