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『アンカーの俺は、青春を観測できない。』  作者:
第1章 最後の走者
3/8

「観測は、痛みを伴う。」

こんにちは。


体育祭の回です。


観られるということ、視線を浴びるということ。

それは、青春のど真ん中に立つ代償なのかもしれません。

体育祭当日。


 


「三組の命運はお前にかかってるぞ、綾瀬」


 


迅が笑う。


 


「大げさだろ」


 


振り向く。


 


桜庭莉央。


今日は黒髪ロングを三つ編みにして、ポニーテール。


先に小さなピンクのリボン。


 


普段そんなことしないくせに。


 


「なに?」


 


「気合い入ってるな」


 


「当たり前でしょ。三組、優勝するんだから」


 


腕章が光る。実行委員だ。


 


迅が肩を回す。


 


「半周差つけるから、派手にやれ」


 


「なんで派手前提なんだよ」


 


 


レースが進む。


 


迅が差を広げる。


二走、三走も崩れない。


 


半周差。


 


「綾瀬いけー!」


 


歓声が押し寄せる。


 


バトンが来る。


 


重い。


 


走る。


 


音が膨らむ。


 


駅で感じた、あの静寂とは真逆だ。


 


見られている。


 


痛いくらいに。


 


 


ゴールが近い。


白いテープが揺れる。


 


踏み込む。


 


つま先が砂に取られる。


 


身体が前に傾く。


 


転ぶ。


 


地面が迫る。


 


でも。


 


右手は離さない。


 


バトンを握ったまま、腕を伸ばす。


 


白線。


 


届け。


 


バトンの先が越える。


 


「よっしゃ……」


 


一瞬の静止。


 


「違う違う!」


「体だろ!」


「綾瀬、胸!」



 


旗が上がる。


 


「五組、一位!」


 


「三組……最下位!」


 


クラスメート爆笑。



立ち上がる。


 


今は分かった。


 


ゴールは胴体判定だった。



 


迅が近づいてくる。


笑いをこらえながら。


 


「……本当に派手にやったな」


 


「褒めてないだろ」


 


「褒めてねぇ」


 


一拍。


 


「でも最後まで全力だったな」


 


それだけ言う。


 


莉央が駆け寄る。


ポニーテールが揺れる。


 


「アンカーなのに転ぶの反則でしょ」


 


笑っている。


 


「膝、大丈夫?」


莉央が小さく笑う。


 


「平気」



 




クラスのやつらがまだ笑っている。


 


視線は多い。


 


さっきまでの歓声と、同じくらい。






次の種目のアナウンス。

 


空が高い。




少しだけ、静かな場所に行きたくなった。


 


校舎へ向かう。


 




今日図書室は休憩所になっている。


扉を開ける。


ひやりとした空気。


紙の匂い。


 


奥の席。


肩で止まる黒髪。


本を読んでいる。


 


影山透花だ、。




 


同じクラスだけど、騒ぎの中心にはいない。



 


話しかけづらい雰囲気がある。


 


目が合う。


 


「アンカー」


 

小さな声。


 


「盛大だったわね」


 


「悪い意味でな」


 


「勝ったと思った?」


 


「思った」


 


「でしょうね」


 


口元がわずかに動く。


 


「必死だったもの」


 


それだけ。


 


恥ずかしい。


本気で走って、転んで、全員に見られて。


笑われて。


 


「何もしてない人は、転びもしない」


 


外で歓声が上がる。


 


何もしていない人。


 


あの駅の恐怖がよぎる。


 


ぶつかっても振り向かれなかった。


名前を呼ばれなかった。


視線が、通り抜けた。


 


あれは、痛みですらなかった。


 


今は違う。


 


笑われた。


 


でも、ちゃんと見られた。


 


「笑われたけど」


 


「目立った」


 


短い返答。


 


目立つことは、疲れる。


 


視線は重い。


 


でも。


 


無いよりは、ずっと分かりやすい。


 


透花は本に視線を戻す。


 


俺は少しだけ天井を見る。


 


歓声は遠い。


 


静かだ。


 


悪くない、とは言わない。


 


ただ。


 


あのときの痛みとは違っていた。

転んだのは事実ですが、

それでも主人公は前より少しだけ前に進んでいます。


次回もよろしくお願いします。

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