「観測は、痛みを伴う。」
こんにちは。
体育祭の回です。
観られるということ、視線を浴びるということ。
それは、青春のど真ん中に立つ代償なのかもしれません。
体育祭当日。
「三組の命運はお前にかかってるぞ、綾瀬」
迅が笑う。
「大げさだろ」
振り向く。
桜庭莉央。
今日は黒髪ロングを三つ編みにして、ポニーテール。
先に小さなピンクのリボン。
普段そんなことしないくせに。
「なに?」
「気合い入ってるな」
「当たり前でしょ。三組、優勝するんだから」
腕章が光る。実行委員だ。
迅が肩を回す。
「半周差つけるから、派手にやれ」
「なんで派手前提なんだよ」
レースが進む。
迅が差を広げる。
二走、三走も崩れない。
半周差。
「綾瀬いけー!」
歓声が押し寄せる。
バトンが来る。
重い。
走る。
音が膨らむ。
駅で感じた、あの静寂とは真逆だ。
見られている。
痛いくらいに。
ゴールが近い。
白いテープが揺れる。
踏み込む。
つま先が砂に取られる。
身体が前に傾く。
転ぶ。
地面が迫る。
でも。
右手は離さない。
バトンを握ったまま、腕を伸ばす。
白線。
届け。
バトンの先が越える。
「よっしゃ……」
一瞬の静止。
「違う違う!」
「体だろ!」
「綾瀬、胸!」
旗が上がる。
「五組、一位!」
「三組……最下位!」
クラスメート爆笑。
立ち上がる。
今は分かった。
ゴールは胴体判定だった。
迅が近づいてくる。
笑いをこらえながら。
「……本当に派手にやったな」
「褒めてないだろ」
「褒めてねぇ」
一拍。
「でも最後まで全力だったな」
それだけ言う。
莉央が駆け寄る。
ポニーテールが揺れる。
「アンカーなのに転ぶの反則でしょ」
笑っている。
「膝、大丈夫?」
莉央が小さく笑う。
「平気」
クラスのやつらがまだ笑っている。
視線は多い。
さっきまでの歓声と、同じくらい。
次の種目のアナウンス。
空が高い。
少しだけ、静かな場所に行きたくなった。
校舎へ向かう。
今日図書室は休憩所になっている。
扉を開ける。
ひやりとした空気。
紙の匂い。
奥の席。
肩で止まる黒髪。
本を読んでいる。
影山透花だ、。
同じクラスだけど、騒ぎの中心にはいない。
話しかけづらい雰囲気がある。
目が合う。
「アンカー」
小さな声。
「盛大だったわね」
「悪い意味でな」
「勝ったと思った?」
「思った」
「でしょうね」
口元がわずかに動く。
「必死だったもの」
それだけ。
恥ずかしい。
本気で走って、転んで、全員に見られて。
笑われて。
「何もしてない人は、転びもしない」
外で歓声が上がる。
何もしていない人。
あの駅の恐怖がよぎる。
ぶつかっても振り向かれなかった。
名前を呼ばれなかった。
視線が、通り抜けた。
あれは、痛みですらなかった。
今は違う。
笑われた。
でも、ちゃんと見られた。
「笑われたけど」
「目立った」
短い返答。
目立つことは、疲れる。
視線は重い。
でも。
無いよりは、ずっと分かりやすい。
透花は本に視線を戻す。
俺は少しだけ天井を見る。
歓声は遠い。
静かだ。
悪くない、とは言わない。
ただ。
あのときの痛みとは違っていた。
転んだのは事実ですが、
それでも主人公は前より少しだけ前に進んでいます。
次回もよろしくお願いします。




