第7話 無能な彼らは鉱山へ、有能な私は「ここ」へ。新しい檻の中で、私は今日も紅茶を飲む
王太子執務室で、優雅なティータイムが始まった。
私が修正した書類の束を見て、イグニス殿下が満足げにベルを鳴らすと、侍女たちがワゴンを押して入ってきた。
最高級の紅茶と、色とりどりの焼き菓子。
そして、私の大好物であるイチゴのタルトまで用意されている。
「お疲れ様、レイラ。素晴らしい仕事ぶりだ」
イグニス殿下が、自ら私のカップに紅茶を注いでくれた。
王太子に給仕をさせるなど、不敬罪で首が飛んでもおかしくないが、ここではこれが日常らしい。
周りを見渡せば、テオ殿下がソファで武器の手入れをしており、ウィル殿下は窓際で古文書を読んでいる。
本来なら別々の場所にいるはずの要人たちが、なぜか私のいるこの部屋にたむろしているのだ。
「ありがとうございます、殿下。……ところで」
私はタルトを一口食べてから、気になっていたことを尋ねた。
「オラント殿下は、どうなさいましたか?」
あの後、どうなったのか。
私の罠にかかり、破産寸前まで追い込まれたはずだが、腐っても王族だ。
陛下が助け舟を出したのではないだろうか。
「ああ、彼なら心配ない」
答えたのは、テオ殿下だった。
彼は剣を磨く手を止め、ニヤリと笑った。
「親父が激怒してな。『国民の税金をなんだと思っている』と、即座に勘当を言い渡したよ」
「勘当……ですか?」
「ああ。王籍剥奪の上、北部の魔石鉱山へ送られた。あそこは慢性的な人手不足でな。借金を返すまで、一生ツルハシを振るって働いてもらうそうだ」
私は言葉を失った。
魔石鉱山。
そこは、罪人や荒くれ者が集まる過酷な労働現場だ。
魔力の干渉が強く、魔法も使えない場所だと聞く。あのような温室育ちのオラントに、務まるとは思えない。
「リリナ嬢も一緒ですよ」
ウィル殿下が、本から顔を上げてクスクスと笑った。
「彼女、オラント兄様を見捨てて逃げようとしたんですが、国境付近で捕まりまして。『共犯者』として同じ鉱山に送られました。……まあ、愛し合っているなら、地獄の底まで一緒に行けて本望でしょう」
ウィル殿下の笑顔は、相変わらず天使のように愛らしいが、言っていることは悪魔そのものだ。
おそらく、リリナが逃亡するルートを先回りして塞いだのは、この子だろう。
「……そうですか」
私は紅茶を啜った。
不思議と、同情の念は湧かなかった。
彼らは自らの行いの報いを受けただけだ。
因果応報。
私が直接手を下すまでもなく、彼らは自滅していったのだ。
「レイラ」
不意に、イグニス殿下が私の手を取った。
彼の指先には、ペンだこがある。私と同じ、仕事人間の手だ。
「お前を苦しめていた害虫は排除した。これからは、誰に気兼ねすることなく、その才能を私のために使え」
彼の紅の瞳が、私を真っ直ぐに見据える。
そこにあるのは、純粋な信頼と、底知れない独占欲。
「お前が望むなら、法も、予算も、この国の全てをお前の計算通りに書き換えていい。……私の隣で、この国を支配しろ」
甘い誘惑。
普通なら、身に余る光栄に打ち震えるところだろう。
だが、私は知っている。
この言葉の裏には、「二度と逃がさない」という絶対的な束縛があることを。
「……光栄ですが、私が過労で倒れたら意味がありませんよ?」
私がやんわりと牽制すると、待ってましたとばかりにテオ殿下が身を乗り出した。
「そうだな。だからもっと、体力をつけろ」
彼は私の二の腕をぷにぷにと触り、不満げに鼻を鳴らした。
「これからは俺が食事管理もしてやる。嫌とは言わせないぞ」
「テオ兄上だけずるいですよ。心のケアも必要です」
ウィル殿下が本を閉じ、私の隣に滑り込んできた。
甘い花の香りがする。
「僕だって、レイラさんとゆっくりお話ししたいんです。……ねえ、今度また、僕の研究に付き合ってくださいね?」
天使の笑顔で、意味深に囁く。
何を研究させられるのかは分からないが、彼の碧眼の奥がとろりと濁っているのを見て、私は本能的な危険を感じた。
「遊びの話ばかりだな」
イグニス殿下が不機嫌そうに割って入った。
「レイラは私の補佐官だ。まずは私との公務が最優先だろう。……未処理の案件が山ほどある。ずっと私の側にいろ」
3人の猛獣たちに囲まれた、小さな事務机。
テオ殿下の過保護な管理。
ウィル殿下の静かな執着。
イグニス殿下の絶対的な支配。
ここが、私の新しい職場であり、牢獄。
自由はない。
スローライフも夢のまた夢。
けれど。
(……悪くはない、か)
私は、積み上げられた書類の山を見た。
ここには、私の能力を必要とし、正当に評価してくれる上司(飼い主)たちがいる。
そして何より、退屈しそうにない。
無能な婚約者の尻拭いをするだけの虚しい日々は、もう終わったのだ。
私はイグニス殿下の手を握り返し、不敵に微笑んだ。
「承知いたしました、殿下。……では早速ですが、スケジュール調整をさせていただきます。私、仕事もプライベートも、完璧に管理しないと気が済みませんので」
「ほう。望むところだ」
3人の王子が、同時に獰猛な笑みを浮かべた。
窓の外には、どこまでも青い空が広がっている。
私はこの、騒がしくて、重くて、そして最高に快適な「檻」の中で、彼らを逆に管理して生きていくことにした。




