第49話 地下聖堂の誓い。兄がくれた言葉と、3つの指輪が繋ぐ永遠の契約
王宮の地下深くに眠る、古代聖堂。
かつて王族たちが密やかな誓いを立てたと言われるその場所は、今夜、無数の魔法の灯りに照らされ、幻想的な蒼い光に包まれていた。
私は3人がデザインしてくれた純白のドレスを纏い、一歩一歩、祭壇へと続く長いバージンロードを進んでいた。
隣を歩くのは、セドリック義兄様だ。
彼は正装のタキシードに身を包み、緊張で微かに震える私の手を、優しく、けれど力強く支えてくれている。
「……綺麗だ、レイラ」
彼が前を向いたまま、静かに、噛み締めるように囁いた。
「ドレスが本当によく似合っている。……今まで見た中で、一番美しいよ」
「ありがとうございます、義兄様」
カツ、カツ、と二人の足音が、静寂な聖堂に響く。
祭壇の奥では、イグニス殿下、テオ殿下、ウィル殿下の3人が、それぞれの正装に身を包み、私を待っている。
もうすぐ、私は彼らの元へ行く。
もうすぐ、義兄様の手を離さなければならない。
そう思った瞬間、胸の奥から、ずっと聞きたかった言葉が溢れ出してきた。
「……義兄様」
「ん?」
「どうして……。どうして、血の繋がりのない私を、ここまで愛してくださるのですか?」
私は足を止めずに問いかけた。
実家のこと、王宮でのこと、そして今までの全て。
彼はいつだって、私の幸せを最優先し、見返りも求めずに守り続けてくれた。
血の繋がった家族以上に、深く、温かく。
セドリック義兄様は、少し驚いたように私を見た後、ふっと柔らかく微笑んだ。
「……今、聞くことかい?」
「今だから、聞きたいのです。……今しか、聞いてはいけない気がするので」
これから私は、3人の王子の「妻」になる。
「ウェリントン家の娘」として甘えられるのは、これが最後かもしれないから。
義兄様は、少し遠くを見る目をした。
「……初めて会った日のこと、覚えているかい?」
「ええ……」
13年前。母様が亡くなってから2年後の、春のこと。
当時7歳だった私は、母を失った喪失感と、新しい家族への不安で押し潰されそうになっていた。
父に連れられ、初めて会った4歳年上の義兄。
私は兄となる彼に拒絶されるのが怖くて、スカートの裾を握りしめて俯いていた。
けれど。
『はじめまして、レイラ』
顔を上げると、そこには優しい陽だまりのような笑顔があった。
『……は、はじめ……まして』
一目見て、分かった。
この人は、優しい人だと。
その青い瞳から、紡がれる言葉の端々から、私を受け入れようとする温かさが溢れ出していた。
「覚えています。……春の、とても暖かい日でした」
「ああ。……あの時、お前はとても不安そうな顔をして、今にも泣き出しそうだった。母親を亡くしてすぐだ、無理もない」
義兄様は懐かしむように言った。
「私は……無愛想で、つまらない妹だったでしょう?」
「いや? ……とても愛らしくて、素直で、純粋な優しい子だったよ」
彼は私の手を握る力を、少しだけ強めた。
「それは、今でも変わらない」
私は驚いて彼を見上げた。
彼は、本当にそう思っている顔だった。
13年間、一度も変わることなく、私を肯定し続けてくれていたのだ。
「……俺がどうして、お前をここまで愛するのか。だったね」
「はい」
「ふふっ。……簡単すぎるね」
彼は足を止め、祭壇のすぐ手前で私に向き直った。
「え?」
「血の繋がりなんて、どうでもいい」
彼は、私の目を見て、はっきりと言った。
「ただ、お前が俺の妹だからだ。……理由なんて、それだけで十分だろ?」
あまりにもシンプルで、そして絶対的な答え。
打算も、義務感もない。
ただ「妹だから愛しい」という、無償の愛。
その言葉が、私の心の奥底にあった「私は本当の家族ではないのかもしれない」という最後の棘を、優しく溶かしていった。
「義兄様……っ」
視界が滲む。
泣いてはいけない。化粧が崩れてしまう。
でも、胸がいっぱいで、言葉が出ない。
義兄様は、ハンカチを取り出し、そっと私の目尻を押さえた。
「泣いちゃいけない。……今日は、一番綺麗な笑顔を見せる日だろう?」
「……はい」
彼は満足そうに頷くと、祭壇の方へ顔を向けた。
そこでは、3人の王子たちが、待ちきれないといった様子でこちらを見ている。
それぞれの瞳に、私への愛を湛えて。
「さあ、王子たちが待ってる」
義兄様は、私の背中を優しく押した。
「……準備はいいかい? レイラ」
私は涙を拭い、顔を上げ、満面の笑みで答えた。
「……うん。お兄ちゃん」
その呼び名に、義兄様が一瞬だけ目を見開き、そして今までで一番嬉しそうに破顔した。
「……行ってらっしゃい」
3人の前に立ち、彼の手から、私の手が離れる。
私は一歩、踏み出した。
愛する「夫たち」の元へ。
◇◆◇
イグニス殿下、テオ殿下、ウィル殿下が、それぞれの色の瞳を輝かせて私を迎える。
私が歩み寄ると、イグニス殿下が代表して私の手を取った。
「お待たせしました」
私たちは祭壇に向き合った。
司祭はいない。
神への誓いではないからだ。
証人は、私の背後に立つセドリック義兄様だけ。
これは、法に縛られない、私たち4人だけの契約の儀式だ。
まず、イグニス殿下が私の前に立った。
彼は懐から、真紅のルビーが埋め込まれた指輪を取り出した。
王家の紋章が刻まれた、重厚で美しいリングだ。
「レイラ。……私は王として、この国を背負う。その道は険しく、孤独だ」
彼は私の左手を取り、薬指に指輪を通した。
「だが、お前がいれば、私はどこまでも行ける。……私の『頭脳』となり、共にこの国を導いてくれるか?」
「はい。……貴方の覇道を、私が支えます」
イグニス殿下は満足げに微笑み、私の唇に軽くキスをした。
次に、テオ殿下が前に出た。
彼の手には、黄金のトパーズが輝く指輪がある。
武骨だが、温かみのあるデザインだ。
「俺は騎士として、戦場に立つ。……傷つくこともあるし、お前を心配させることもあるだろう」
彼は私の薬指にあるルビーの指輪の上に、自分の指輪を重ねてはめた。
「だが、俺の帰る場所は、いつだってここだ。……俺の『心臓』となり、俺の背中を守ってくれるか?」
「はい。……貴方の帰りを、いつだって待っています」
テオ殿下は嬉しそうに破顔すると、私の後頭部を大きな手で支え、強引に、けれど愛おしそうに唇を塞いだ。
イグニス殿下のスマートなキスとは違う、熱く、魂を注ぎ込むような深い口付けに、私は息をするのも忘れた。
「……これからは、毎日こうしてやるからな」
彼が離れると、私は顔が熱くなるのを感じた。
最後に、ウィル殿下が近づいてきた。
彼の手のひらには、深い碧のサファイアの指輪が乗っている。
繊細な細工が施された、知的な輝きを放つリングだ。
「僕は研究者として、世界の理を探求します。……その道は深く、暗い迷宮のようです」
彼も、私の薬指に指輪を滑り込ませた。
不思議なことに、3つの指輪は互いに干渉することなく、一つの大きな指輪のように調和して輝いた。
「でも、貴女がいれば迷わない。……僕の『光』となり、僕だけの理解者でいてくれますか?」
「はい。……貴方の知性を、誰よりも愛します」
ウィル殿下は妖艶に微笑み、私の手の甲に長く、ねっとりとしたキスをした。
左手の薬指。
そこには今、3つの指輪が輝いている。
赤、金、青。
3人の王子からの、重く、深く、そして逃げ場のない愛の証。
指輪と想いの重みが、心地よい。
「……では、最後に」
イグニス殿下が言った。
3人が、私を見つめる。
その瞳に映っているのは、私だけだ。
「レイラ・ウェリントン。……我々3人を愛し、管理し、生涯離れないことを誓うか?」
私は大きく息を吸い、宣言した。
「誓います。……病める時も、健やかなる時も。貴方たちが暴走した時も、甘えてきた時も」
私は3人を見渡して、最高の笑顔を見せた。
「私が、皆様を丸ごと愛し、支え、そして管理し続けることを、誓います」
その言葉が合図だった。
3人が同時に、私に手を伸ばした。
「レイラ!」
「愛してるぞ!」
「もう逃がしませんよ!」
イグニス殿下、テオ殿下、ウィル殿下。
3人に同時に抱きしめられ、私は揉みくちゃにされる。
厳かな儀式はどこへやら、いつもの騒がしい日常が戻ってきた。
けれど、その騒がしさが愛おしい。
背後で、義兄様が「やれやれ」と肩をすくめながらも、温かい拍手を送ってくれているのが見えた。
これが、私の選んだ未来。
普通とはかけ離れた、非常識で、騒がしくて、最高に幸せな結婚式。
私の薬指で、3色の指輪が、魔法灯に照らされて、いつまでも眩しく輝いていた。




