第45話 期限前夜。悩みすぎてパンク寸前の私を救ってくれたのは、やっぱり「あの人」でした
3人の王子による「本気の求愛」が終わり、運命の期限日である「王位継承の儀」が明日に迫っていた。
イグニス殿下が正式に次期国王として指名される、国にとって最も重要な式典。
そこで、彼の隣に立つ「未来の王妃」を発表しなければならない。
王太子執務室。
私は山積みの書類に向かいながら、重いため息をついた。
「……はぁ」
ペンが進まない。
「……レイラ。手が止まっているよ」
ハッとして顔を上げると、義兄様が心配そうに私を覗き込んでいた。
「義兄様……。申し訳ありません、すぐに片付けます」
「いいや。……今日はもう終わりにしよう」
彼は私の手からペンを取り上げ、デスクに置いた。
「顔色が悪い。……根を詰めすぎだ」
彼は私を立ち上がらせ、コートを羽織らせてくれた。
「少し、風に当たりに行こうか。……今の殿下たちには聞かせられない話もあるだろう?」
◇◆◇
私たちは、王宮の裏手にある静かな庭園を歩いた。
義兄様は何も聞かず、ただ黙って私の歩調に合わせて歩いてくれる。
その沈黙が、今の私には心地よかった。
「……義兄様」
「ん?」
「私……どうすればいいのか、分からなくなってしまいました」
私は立ち止まり、ポツリと漏らした。
「皆様のことは大切です。……でも、誰か一人なんて選べません。選んでしまったら、今ある幸せが壊れてしまいそうで」
私は、自分が欲張りで、優柔不断な人間に思えて、自己嫌悪に陥りそうだった。
義兄様は立ち止まり、眼鏡の位置を直しながら静かに言った。
「……お前は、優しいな」
「優しくなんてありません。……ただの臆病者です」
「臆病でいいじゃないか。……誰かを傷つけたくないと思うのは、優しい証だよ」
彼はベンチに腰掛け、隣をポンと叩いた。
私が座ると、彼は遠くの空を見つめながら語り始めた。
「俺から見れば……あの方々は、不器用で、重すぎる」
彼は苦笑した。
「イグニス殿下は仕事を押し付けるし、テオ殿下は暑苦しいし、ウィル殿下は油断ならない。……正直、兄としてはお前を誰にもやりたくないのが本音だ」
「ふふっ……」
義兄様の毒舌に、少しだけ心が軽くなる。
「だが……あの方々が、本気でお前を愛していることだけは認める」
彼は真面目な顔で私を見た。
「誰を選んでも、お前は幸せになれるだろう。……そして、誰を選んでも、あの方々は選ばれなかったことを恨んだりしないはずだよ」
「……そうでしょうか」
「ああ。……惚れた人の幸せを願えないほど、彼らは狭量な男じゃない」
義兄様の言葉には、確信があった。
男同士だからこそ分かる、信頼のようなものだろうか。
「だから、レイラ。……周りのことなんて気にするな」
彼は私の頭に手を置き、優しく撫でた。
「お前が一番『心地いい』と思う場所を選べばいい。……常識とか、体裁とか、そんなものは後からどうにでもなる」
「……どうにでも、なりますか?」
「俺がいる」
彼は微笑んだ。
「お前がどんな選択をしても、俺が全力でサポートするよ。……たとえお前が『全員振って実家に帰る』と言い出しても、全力で守ってやるさ。俺は、お兄ちゃんだからな」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れた気がした。
そうだ。私には、この人がいる。
どんな時でも味方でいてくれる、最強の兄が。
「……ありがとうございます、義兄様」
私は涙をこらえて微笑んだ。
「私……もう少しだけ、足掻いてみます。……誰も傷つけず、誰も不幸にならない、そんな欲張りな『正解』がないか」
「……いいね。それ」
義兄様は、眩しそうに目を細めた。
その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、切なげな色が過った気がした。
「さて……そろそろ戻ろうか」
義兄様は立ち上がり、手を差し出した。
「はい」
私はその手を取り、しっかりと握り返した。
迷いはまだある。
でも、もう怖くはなかった。
明日の「王位継承の儀」。
私は、私なりの「答え」を出す。
「ありがと……」
「気にするな」
ぐしゃぐしゃと、荒々しく頭を撫でられる。
「ちょ……ちょっと……!」
「ははは」
そう笑う横顔に、心の底から癒された。
本当に、ありがとう、私の大好きなお兄ちゃん。




