第43話 テオ殿下のプレゼン……「俺の剣も、部下も、全てはお前を守るためにある」
今日は、テオ殿下の番だ。
しかし、約束の時間になっても彼は現れなかった。
代わりに、一人の騎士が執務室にやってきた。
「レイラ・ウェリントン様。……団長より、『今夜、第二演習場へ来い』との伝言です」
「演習場……ですか?」
こんな時間に?
窓の外はすでに日が落ち、闇に包まれ始めている。
私は不審に思いながらも、騎士の案内で王宮の裏手にある広大な演習場へと向かった。
◇◆◇
到着した演習場は、奇妙な静寂に包まれていた。
照明の魔道具は落とされ、月明かりだけが頼りだ。
「……テオ殿下?」
私が呼びかけると、闇の奥から低い声が響いた。
「レイラ」
シュボッ。
音がして、巨大なかがり火に炎が灯った。
次々と火が灯り、演習場全体が昼間のように明るく照らし出される。
その光景に、私は息を呑んだ。
そこには、数百の騎士たちが整列していた。
全員が正装の鎧を纏い、剣を掲げ、微動だにせず立っている。
その最前列に、テオ殿下がいた。
彼もまた、儀礼用のマントを羽織り、腰には王家伝来の大剣を佩いている。
「……これは」
「俺からの、プレゼンテーションだ」
テオ殿下が右手を掲げた。
それを合図に、騎士たちが一斉に動いた。
ジャッ!
数百の剣が同時に振るわれる音。
足踏みの地響き。
彼らは音楽も号令もなく、ただテオ殿下の指揮に合わせて、一糸乱れぬ「剣舞」を始めたのだ。
流れるような剣の軌跡。
重なり合う金属音。
それは武術の演武というより、鋼鉄と炎で織りなす荘厳な儀式のようだった。
圧倒的な迫力と、統率された美しさ。
私は言葉を失い、その光景に見入っていた。
やがて、テオ殿下が拳を握ると、全ての動きがピタリと止まった。
静寂。
そして、騎士たちが、一斉に私に向かって跪いた。
ザッ!
「……俺は器用じゃないからな」
テオ殿下が、私の方へ歩いてきた。
汗に濡れた赤髪が、炎に照らされて輝いている。
「兄上のように、言葉で語るのは苦手だ。……俺にできるのは、これを見せることだけだ」
彼は、跪く騎士たちを背にして言った。
「こいつらは、俺の家族だ。……戦場では命を預け合い、泥水を啜って共に生き抜いてきた」
彼は私を真っ直ぐに見つめた。
「俺の妻になるということは、こいつらの『母親』になるということだ」
「こいつらの命も、剣も、忠誠も。……今この瞬間から、俺ではなくお前のものだ」
「誰がお前を傷つけようとしても、俺たちが世界を敵に回してでも守り抜く」
彼は私の手を取り、自分の心臓の上に押し当てた。
「俺がどれだけ言葉を紡いでも、兄上やウィルのようには思いの丈の半分も伝えられないと思う。……だから、余計な言葉は削ぎ落とした」
琥珀色の瞳が、揺るぎない意志を宿して私を射抜く。
あまりのその瞳の強さに、私は瞳を逸らせなかった。
吸い込まれていた。視界を奪われたように。
「レイラ」
「はい」
「お前を愛してる」
飾り気の無い言葉が、胸に突き刺さった。
「お前の帰る場所が俺であり、そして、俺の帰る場所はお前がいい」
仕事だけを生きがいにしてきた私。
そんな私に、彼は帰る場所を与えようとしてくれている。
私の心の中にある孤独を、見抜かれている。
「……本が好きで、言葉を大切にしているお前に、色んな言葉を紡いでやれなくてすまない。でも、俺はやっぱり、こうして表現することしか出来ないんだ」
彼は私の腰を引き寄せ、抱きしめた。
数百の部下が見守る中、彼は堂々と私と身体を密着させる。
「お前がそばにいてくれるだけで、俺は幸せになれるんだ」
耳元で囁かれる、低く力強い声。
この腕に守られている安心感。
「お前が俺を幸せにしてくれた分、俺もお前を幸せにしたい」
イグニス殿下の「知的なパートナーシップ」とは違う、本能に訴えかけるような「生物としての強さ」と「安らぎ」。
だからこそ、飾らないそのシンプルな言葉が、私の心臓を、撃ち抜いた。
この人に身を委ねてしまえば、どれほど楽だろうか。
もう二度と、一人で戦わなくていい。
ずっと、この腕の中で守られたい。
「……テオ殿下」
「お前を好きになれて、本当に良かった」
彼は私の顎を指でくいと持ち上げ、そのまま熱い唇を重ねた。
驚く間もなく、深く、食らいつくような情熱的なキスに、私の思考は溶かされた。
「覚えておいてくれ。……俺は、お前を絶対に離さない」
かがり火の炎が爆ぜる音と、騎士たちの沈黙。
その熱狂の中心で、私はテオ殿下の強い視線から逃れることができなかった。
逃げようともしなかった。
この腕の中で、彼にずっと包まれていたかったから。




