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第39話 開戦前夜。王子たちを「駒」として配置し、私は冷徹な指揮官になる


 作戦会議から数時間後。


 王宮の地下にある「戦況指令室」は、重苦しい静寂と、羊皮紙が擦れる音だけに包まれていた。


 中央の巨大な卓上には、精巧な地形図が広げられている。


 そこに置かれた赤い駒――ガルド帝国の軍勢は、国境の河川を挟んで、不気味な沈黙を保っていた。


 その数、偵察隊の報告によれば3万。


 対する我が国の国境守備隊は、わずか5千。


 まともにぶつかれば、夜明けを待たずに防衛線は決壊するだろう。


「……通信が入りました」


 魔導通信士が、緊張した面持ちで水晶玉に手をかざす。


「最前線のテオ殿下より。『敵の先遣隊、渡河の準備を開始。……いつでもやれるぞ』とのことです」


「……待てと伝えてください」


 私は地図から目を離さずに指示を出した。


「こちらの戦力は圧倒的に劣る。テオ殿下がどれだけ強くても、数で押し切られれば終わりです。……今は耐える時間です」


 私は手元の書類、帝国軍の補給ルートと、周辺国の動向を記したデータに目を走らせた。


 勝機は、武力による衝突ではない。


 敵の「足」と「耳」を潰し、戦う意思を挫くことにある。


「ウィル殿下。……準備は?」


 私は隣の部屋にいるウィル殿下と繋がっている通信魔石に触れた。


『完璧ですよ、レイラさん』


 ノイズ混じりの声が返ってくる。


『帝国の通信網への干渉術式、構築完了しました。……いつでも彼らの伝令をジャックし、偽情報を流せます』


「タイミングは私が指示します。……それまで、魔力波形を悟られないように潜伏してください」


『了解。……ふふっ、痺れますね。国一つを騙すなんて』


 私は通信を切り、次の手札を切った。


「イグニス殿下」


 外交室にいる王太子殿下へと繋ぐ。


『……状況はどうだ』


「敵は動く気配を見せていますが、まだ本格的な侵攻ではありません。……こちらの出方を窺っています」


『そうか。……こちらも準備は整った』


 イグニス殿下の声は、冷徹で、威厳に満ちていた。


『東方諸国のギリアム宰相と連絡がついた。「我が国が帝国に占領されれば、次は貴国の番だ」と説得……いや、脅したところ、協力を取り付けた』


 さすがだ。


 あのギリアム宰相相手に、一歩も引かずに交渉を成立させるとは。


『ギリアムは「帝国の背後を牽制する軍を動かす」と約束した。……ただし、「レイラ嬢のことはまだ諦めていない」と嫌味を言っていたがな』


「……感謝いたします、とだけお伝えください」


 これで、外堀は埋まった。


 帝国の背後には東方諸国の脅威が迫り、通信網はウィル殿下に掌握され、正面にはテオ殿下の武力が待ち構えている。


 だが、まだ足りない。


 相手は百戦錬磨の軍事国家だ。これくらいのハッタリや包囲網など、力技で破ってくる可能性がある。


 決定打が必要だ。


「……セドリック義兄様」


 私は背後に控えていた義兄様を振り返った。


「物資の統制は?」


「完了しているよ。……街道沿いの宿場町、村落から食料と水を全て回収し、後方の砦へ移送した」


 義兄様は、地図上の村々に「×」印をつけていく。


「いわゆる『焦土作戦』の準備だ。……もし帝国軍が侵攻してきても、彼らは現地で水一杯手に入れられない」


「ありがとうございます。……住民の避難誘導も?」


「抜かりはないよ」


 義兄様は眼鏡の奥で静かに微笑んだ。


「それと、北部の魔石鉱山にいた『囚人たち』も、既に後方の収容所へ移動させた」


「オラント元殿下とリリナ様のことですね」


「ああ。……『戦場になるから逃げろ』と伝えたら、顔面蒼白で泣き叫んでいたよ。『レイラに助けてくれと言ってくれ』とね」


 私は苦笑した。


 彼らのことはどうでもいいが、人質になられては面倒だ。義兄様の素早い判断に感謝する。


 全ての駒は揃った。


 あとは、敵がどう動くか。


 その時。


「報告! 帝国軍、渡河を開始! 先鋒およそ2千!」


 通信士が叫んだ。


 ついに、始まった。


 私は椅子から立ち上がり、地図上の「川」の部分に、青い駒(テオ殿下)を置いた。


「……作戦開始です」


 私は通信魔石に向かって、静かに、しかし力強く告げた。


「テオ殿下。……派手にやってください。ただし、深追いは禁物です。あくまで『化け物が潜んでいる』と思わせるだけで十分です」


『了解した!……まあ、任せとけ』


 遠く、北の空で魔力の光が弾けたような気がした。


 長い夜が始まる。


 私は震える手を隠すように組んで、戦況を見守った。


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