第38話 隣国の軍事国家、動く。……私の平和な日常を壊すなら、徹底的にやり返しますよ?
その日の朝、王太子執務室には、かつてないほどの緊張感が張り詰めていた。
「……報告は以上だ」
イグニス殿下が、一枚の緊急報告書をデスクに置いた。
その表情は険しく、紅の瞳には鋭い光が宿っている。
「北方の軍事大国『ガルド帝国』が、国境付近に軍を集結させている。……規模は3万」
「3万……!?」
私は息を呑んだ。
それは単なる演習で済まされる数ではない。明確な「侵攻の意思」を持った戦力だ。
ガルド帝国。
圧倒的な武力と、鉄の規律で周辺国を飲み込んできた覇権国家。
我が国とは長年、不可侵条約を結んでいたはずだが……。
「条約破りか。……舐められたものだな」
テオ殿下が、ギリリと拳を握りしめた。
「ここのところ、我が国は内政の改革で手一杯だったからな。隙を突かれたか」
「いえ、それだけではありません」
ウィル殿下が、広げた地図を指差した。
「彼らの狙いは、北部の『魔石鉱山』です。……最近、あそこで高純度の魔石脈が見つかったという噂があります。それを奪うつもりです」
魔石鉱山。
そこは、オラントとリリナが送られた場所だ。
もしそこが戦場になれば、彼らの安否も危ういが、それ以上に国のエネルギー源を断たれることになる。
「……要求は?」
私が尋ねると、セドリック義兄様が答えた。
「『国境線の再画定』および『魔石の独占採掘権の譲渡』だ。……実質的な領土割譲要求だよ」
義兄様の声は冷ややかだった。
「拒否すれば、武力行使も辞さないという最後通牒だ」
部屋に重苦しい沈黙が落ちた。
戦争。
その二文字が、現実味を帯びて迫ってくる。
せっかく手に入れた、騒がしくも幸せな日常。
3人の王子たちと笑い合い、義兄様に見守られながら仕事をする日々。
それが、理不尽な暴力によって壊されようとしている。
ふつふつと、怒りが湧き上がってきた。
「……許せません」
私が呟くと、4人の男たちが一斉に私を見た。
「レイラ?」
「この国は、私が整えた庭です。……土足で踏み荒らすことなど、断じて認めません」
私は立ち上がり、壁に掛かった大陸地図の前に立った。
「イグニス殿下。……外交ルートでの交渉は?」
「打診したところで、のらりくらりと躱されるのがオチだ。向こうはやる気だ」
「ならば、こちらも覚悟を決めるしかありません」
私は振り返り、3人の王子たちを見据えた。
「皆様。……私に、指揮権をいただけますか?」
「指揮権?」
「はい。この国難を乗り越えるための、全権限を」
普通なら、一介の補佐官が口にしていい言葉ではない。
だが、彼らは驚かなかった。
むしろ、待っていましたと言わんばかりに、口元を緩めた。
「愚問だな。……お前は『王室総括補佐官』だ。我々の全てを管理すると誓ったはずだろう?」
イグニス殿下が、信頼に満ちた目で言った。
「俺の剣も、俺の命も、お前のものだ。……使い潰してくれ、レイラ」
テオ殿下が胸を叩く。
「僕の知識も魔力も、全て貴女に捧げます。……最高の盤面を描いてください」
ウィル殿下が微笑む。
「……やれやれ。俺も、妹のためなら何でもするよ」
セドリック義兄様が眼鏡を押し上げる。
最強の手駒たちが、私の前に揃った。
「ありがとうございます。……では、作戦を説明します」
「ほう? もう作戦を?」
「話を聞きながら練りました。時間が無駄ですので」
私は指示棒を手に取り、地図を叩いた。
「相手は軍事大国。まともにぶつかれば消耗戦は避けられません。……ですので、私たちは『戦わずして勝つ』道を選びます」
私の頭の中で、膨大なデータと予測が組み合わさり、一つの解を導き出していく。
オラントの尻拭いで培った「裏工作」のスキル。
ギリアム宰相との駆け引きで得た「外交」の知見。
そして、彼らの能力を誰よりも理解している「信頼」。
全てをフル活用して、この理不尽な侵略を跳ね除ける。
「テオ殿下は、国境付近で大規模な『演習』を行ってください。ただし、挑発には乗らず、こちらの戦力を過大に見せるための『ハッタリ』を仕掛けます」
「ハッタリか。任せろ、得意分野だ」
「ウィル殿下は、帝国の通信網に干渉し、情報を攪乱してください。……彼らの補給線に関する『偽情報』を流し、疑心暗鬼にさせます」
「ふふっ。楽しそうですね。……派手にやりましょう」
「イグニス殿下は、周辺諸国との連携を強化し、帝国への経済制裁をちらつかせてください。……ギリアム宰相にも、助力を」
「承知した。……あの男なら、喜んで協力するだろう。お前の事がお気に入りだからな」
「そして、セドリック義兄様」
「ああ。俺は国内の物資統制と、避難民が出た場合の受け入れ準備を進めよう。……後顧の憂いなく暴れてこい」
完璧な布陣。
私は深呼吸をし、宣言した。
「私の計画通りに動いてください。……勝利を約束します」




