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第37話 バカンスから帰還。……留守を預けた義兄様が有能すぎて、私たちの仕事が消滅していました

 

 サザンクロスでのバカンスを終え、私たちは王都へ帰還した。


 久しぶりの休暇で心身ともにリフレッシュできたが、頭をよぎるのは、留守中に溜まっているであろう膨大な仕事のことだ。


「……覚悟はしているが、デスクを見るのが怖いな」


 イグニス殿下が、王宮の回廊を歩きながら苦笑いした。


「俺なんて、演習のスケジュールが真っ白だぞ。……帰ったら徹夜で組み直しだ」


 テオ殿下も頭を抱えている。


「僕の研究データも、未処理の実験結果が山積みのはずです。……あぁ、胃が痛い」


 ウィル殿下が深いため息をつく。


 私たちは戦場に向かう兵士のような悲壮な覚悟で、王太子執務室の前まで来た。


「……よし。開けるぞ」


 イグニス殿下が意を決して、重厚な両開きの扉を押し開けた。


 そこには、地獄のような書類の山と、殺伐とした空気が……。


「……え?」


 ……なかった。


 部屋は、静まり返っていた。


 そして、驚くほど片付いていた。


 床には塵ひとつ落ちておらず、書類の山で埋もれていたはずのテーブルは、新品のように磨き上げられている。


 未決裁の書類を入れる箱は空っぽで、逆に「処理済み」の棚には、美しく整頓されたファイルが整然と並んでいる。


「……どういうことだ?」


 イグニス殿下が呆然と呟く。


 私は恐る恐る、自分のデスクへと近づいた。


 そこもまた、完璧に整理整頓されていた。


 そして、何もない机の上に、ぽつんと一つだけ、上品なラッピングが施された小箱が置かれている。


「これは……?」


 添えられたメッセージカードには、見慣れた、几帳面で美しい筆跡があった。


 『いつもお疲れ様』


 義兄様からだ。


 私はリボンを解き、箱を開けた。


 中に入っていたのは、純白のシルクの手袋だった。


 それも一枚ではない。洗い替え用も含めて、数セットが丁寧に畳まれている。


 手に取ってみると、驚くほど滑らかで、ほんのりと温かい。


「……魔法繊維?」


 微弱な魔力が織り込まれているのが分かる。これは、保湿と治癒の効果を持つ高級品だ。


 私がいない間に、わざわざこれを探して、用意してくれていたなんて。


 胸の奥が、じわりと熱くなる。


「……おや。お帰りでしたか」


 背後から、落ち着いた声が響いた。


 振り返ると、隣の資料室からセドリック義兄様が出てくるところだった。


「セドリック義兄様……」


「おかえり、レイラ」


 彼は私を見て、優しく目を細めた。


 しかし、すぐに視線を王子たちに移した。


「さて、殿下方。留守中の業務報告をさせていただきます」


 義兄様は分厚いファイルをテーブルに置いた。


「まず、イグニス殿下の決裁案件ですが、緊急度の高いものは全て私が代行で処理いたしました。法的な手続きも完了済みです」


「なっ……!?」


 イグニス殿下が絶句する。


「次に、テオ殿下の演習計画。……効率が悪かったので、部隊編成から見直しておきましたよ。これにより、移動時間が20%短縮されるはずです」


「20%短縮!?」


「より良い案があれば採用するのが指揮官の務めでしょう? ……最後に、ウィル殿下の研究データ。散らかっていたメモを時系列順にファイリングし、不足していた魔石の発注も済ませてあります」


「ええっ!? あれ、解読できたんですか!?」


 ウィル殿下が口をあんぐりと開けた。


 完璧だ。


 私たちが不在の間に、業務が滞るどころか、普段以上に効率化され、完了している。


「……セドリック、貴様。……一体いつ寝たんだ?」


 イグニス殿下が、恐る恐る尋ねた。


「寝ていませんが?」


 義兄様は平然と言った。


「妹が帰ってきた時、仕事の山を見て悲しまないようにするには、これが最善だと判断したまでです。……それに、王宮の仕事は意外と単純でして。パズルを解くようで楽しかったですよ」


 彼は事も無げに言ってのけたが、その顔色は明らかに青白い。


 3人の王子は、顔を見合わせた。


 そこにあるのは、感謝と、そして強烈な敗北感だ。


「……負けた」


「俺たちの出番が……ない」


「悔しいですが、完璧です……」


 最強の王子たちが、たった一人の義兄(留守番役)に完敗した瞬間だった。


「……義兄様」


 私は手袋を握りしめ、彼に歩み寄った。


「ありがとうございます。お仕事も……この、素敵な手袋も」


「喜んで貰えてよかった」


 彼は私に向き直ると、ふっと表情を崩し、いつもの「お兄ちゃん」の顔になった。


「サイズ、合うといいんだけど」


 義兄様は照れくさそうに頬をかきながらそう言った。


「ぴったりです。……本当に嬉しいです」


 私が微笑むと、彼は更に照れくさそうに視線を逸らした。


「……お前のその笑顔が見られただけで、十分さ」


 その言葉に、3人の王子たちの瞳に、再び闘志の火が灯った。


 義兄の献身を見せつけられ、黙っていられる彼らではない。


「……私たちも負けてはいられんぞ」


 イグニス殿下が、不敵に笑って前に出た。


「留守番ご苦労だった。……だが、ここからは我々のターンだ」


「だな。これからは俺たちが、レイラを更に楽させてやらないと」


「僕たちだって、負けていられませんからね!」


 彼らは競うように仕事に取り掛かり始めた。


 義兄様が片付けてくれたおかげで、今の私たちには余裕がある。


 その余裕を使って、彼らはさらに国を良くしようと動き出したのだ。


 義兄様という「最強のライバル」の存在が、彼らをさらに進化させたらしい。

 

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