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第35話 豪華な宴会で「正体」を明かしたら、悪徳領主が泡を吹いて倒れました。……さあ、バカンスの時間です


 サザンクロス領主、バルカスの屋敷。


 広間には贅を尽くした料理が並び、楽団の演奏が響いている。


 私たち一行は、上座に案内され、領主からの歓迎を受けていた。


「さあさあ、飲んでください! これは我が領の特産品、最高級の白ワインです!」


 バルカス領主は、上機嫌でグラスを勧めてくる。


 その指には、税収をごまかして買ったであろう、下品なほど巨大なルビーの指輪が光っていた。


「……随分と景気が良さそうですね」


 イグニス殿下が、グラスを軽く回しながら領主を見据えた。


「ええ、おかげさまで。近年は観光客が増えましてね」


「ならば、税収もさぞ潤っているでしょう」


「い、いやぁ……それが、道路整備などの維持費がかさみましてね。帳簿上はトントンなんですよ」


 領主の目が泳いだ。


 分かりやすい嘘だ。


 この街の道路は穴だらけで、整備などろくにされていないことを、私たちは昨日の調査で確認済みだ。


 テオ殿下は無言でステーキを食べながら、護衛の配置や逃走ルートを確認している。


 ウィル殿下は「お手洗いに」と言って席を外し、おそらく屋敷内の探索に向かったのだろう。


 そして私は、隣に座るイグニス殿下のサポートに徹する。


「ところで、旦那様。……後ろの美しい女性は?」


 領主の視線が、私に向けられた。


 ねっとりとした、値踏みするような不快な視線だ。


「私の秘書兼、婚約者です」


 イグニス殿下が、私の肩を抱き寄せた。


「ほう……。実に美しい。知的な瞳をしていらっしゃる」


 領主はニタニタと笑いながら、私の手を握ろうと手を伸ばしてきた。


 その瞬間。


 ガシッ。


 イグニス殿下の手が、領主の手首を掴んだ。


 笑顔だが、目が全く笑っていない。


「……何のつもりか知りませんが……私の婚約者に、気安く触れないでいただけますか?」


 ゾクリとするような殺気。


 領主は顔を引きつらせ、「し、失礼しました……」と慌てて手を引っ込めた。


 その時、広間の扉が開き、ウィル殿下が戻ってきた。


 彼はニコニコしながら席に着き、私たちの耳元で小声で報告した。


「……兄上。地下室の隠し金庫、開けてきましたよ」


「ほう?」


「二重帳簿と、密輸品のリスト。それに、王都の有力貴族への賄賂の記録まで……全部揃ってました」


 ウィル殿下は、懐から数枚の書類を取り出し、テーブルの下でイグニス殿下に手渡した。


 イグニス殿下はワインを一気に飲み干し、グラスをテーブルに置いた。


 カツン、という硬質な音が、広間に響く。


「……さて、バルカス殿。宴もたけなわですが、少し『仕事』の話をしましょうか」


「は、はい? 商談ですか? 我が領への投資の話なら大歓迎ですが」


「ええ。……貴方の首についての商談です」


 イグニス殿下が、ゆっくりと変装用の眼鏡を外した。


 同時に、髪色の認識阻害魔法を解く。


 黒髪が、月光のような銀髪へと変わる。


 現れたのは、隠しきれない王者の覇気と、冷徹な美貌。


「な……っ!?」


 バルカス領主が、あんぐりと口を開けた。


「そ、そのお姿……まさか、イグニス王太子殿下……!?」


「……バルカス、貴様を『国家反逆罪』および『横領罪』で拘束する」


 イグニス殿下の宣言と同時に、テオ殿下がテーブルを蹴り飛ばして立ち上がった。


 その手には、いつの間にか抜かれた剣が握られている。


「おっと、動かんことをお勧めする。思わず斬ってしまうかもしれんからな」


 テオ殿下の言葉に、周囲の護衛たちが武器を構える間もなく立ちすくむ。


「そ、そんな……! 証拠はあるのですか!?」


 領主が往生際悪く叫ぶ。


「証拠なら、これです」


 ウィル殿下が、先ほど回収した帳簿をテーブルに広げた。


「貴方が隠していた裏帳簿ですよ。……入出金の記録、密輸のルート、全て記載されていますね。ご丁寧に、ご自分の署名入りで」


「ひぃっ!?」


 さらに、私が一歩前に進み出た。


「レイラ・ウェリントンです。王室総括補佐官として、貴方の資産状況を精査させていただきました」


 私は手帳を開き、淡々と事実を突きつけた。


「過去5年間の税収報告と、実際の経済規模との乖離率は40%以上。その差額は、全て貴方の私服を肥やすために使われていますね。……この屋敷の豪華さが、何よりの証拠です」


 論理的な追い詰め。


 逃げ場を失った領主は、顔面蒼白になり、ガタガタと震え出した。


「お、お助けください……! 出来心だったのです……!」


「出来心で国を売るか。……この豚を連行しろ」


 イグニス殿下の命令とテオ殿下の威圧で、護衛たちは手のひらを返したようにバルカスを捕らえた。


 バルカスは無様に泣き叫びながら引きずられていった。


 宴会場は静まり返り、やがて、給仕をしていた使用人たちや、集められていた街の人々から、歓声が上がった。


 長年、彼らを苦しめてきた悪政が終わった歓喜の叫びだった。


「あっという間に片付いたな」


 イグニス殿下は息を吐き、私を見た。


()()()()だったか?」


「いえ。民を救うのは1時間でも、1分でも早い方がいいですから」


「お前たちの働きのおかげだ。……これで、心置きなく休めるな」


 彼はニカっと笑った。


 その笑顔は、王太子としてのものではなく、仕事をやり遂げた一人の青年のものだった。


「さあ、バカンスの時間だな。明日は海に行くぞ」


 テオ殿下が笑い、ウィル殿下も「水着、楽しみですねぇ」と私を見ながら頬を染めて不敵に笑う。


 街の平和を取り戻した私たちは、翌日から始まる「本当の慰安旅行」に胸を躍らせた。




 ◇◆◇




 一方その頃、セドリックは、王都の下町を歩いていた。


 ふと、彼の足が止まる。


 目の前には、以前、レイラと訪れたネイルサロンがあった。


「……ふむ」


 彼はショーウィンドウを見つめ、ふと、あることを思い出した。


 書類仕事をしているレイラが、荒れた自分の手を気にしていたこと。


 『最近、紙で指を切ることが多くて……インクも爪につきますし』と呟いていたのを。


「……少し、寄り道をするか」


 彼は店に入ると、迷わず店員に声をかけた。


「手袋を探しているんだが。……仕事中でも邪魔にならず、保湿効果のある魔法繊維を使ったものを」


「はい、ございますよ。贈り物ですか?」


「……ああ。大切な、(ひと)への」


 彼は少し照れくさそうに答えた。


 選んだのは、純白のシルクに、目立たないように治癒魔法の刺繍が施された、最高級の手袋だった。


 肌触りは滑らかで、着けていることを忘れるほど薄く、そして温かい。


「うん。素晴らしい。ちなみにこれは、インクは染みるか?」


「いえ、汚れも弾く特殊加工となっております。数ヶ月単位で術式調整のためのメンテナンスは必要ですが」


「そうか。では、これと同じものをいくつかもらえるか? 洗い替え用にあると便利だ」


「かしこまりました」


 彼は満足げに購入し、丁寧にラッピングしてもらった小箱を懐に入れた。


 その夜。


 誰もいない王太子執務室。


 レイラのデスクの上に、小さな箱がそっと置かれた。


 メッセージカードには、シンプルに一言だけ。


 『いつもお疲れ様』と。


 その文字は、どこか優しさに満ちていた。


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