第34話 リゾート地で「不正の証拠」を探せ。……私たちのバカンスは忙しいようです
サザンクロスの宿に荷物を置いた私たちは、早速行動を開始した。
表向きは「裕福な商人の一行」として、観光を楽しみながら情報を集める。
「……まずは港へくぞ。物流を見れば、金の流れが分かる」
イグニス殿下が、サングラス(変装用)の奥で鋭い光を宿した。
私たちは賑わう港町を歩いた。
活気あふれる市場。新鮮な魚介類。
観光客相手の店は繁盛しているが、一本路地を入ると、そこには別の顔があった。
ボロボロの服を着た漁師たちが、疲れ切った顔で網を繕っている。
活気があるのは表通りだけ。地元の住民たちは、どこか怯えたような目をしていた。
「……税が高いな」
市場で果物を買っていたテオ殿下が、戻ってきて小声で報告した。
「リンゴ一つ買うのに、王都の倍の値段だ。商人に聞いたら『通行税と港湾使用料が先月から跳ね上がった』と嘆いてたぞ」
「やはりか。……この街の繁栄は、住民からの搾取の上に成り立っている」
イグニス殿下は眉をひそめた。
「だが、決定的な証拠がない。……金の流れを追う必要がある」
私たちは港の倉庫街へと向かった。
そこは観光客の立ち入りが禁止されているエリアだ。
巨大な倉庫が立ち並び、厳重な警備が敷かれている。
「……あの倉庫、怪しいですね」
ウィル殿下が、一番奥にある古びた倉庫を指差した。
「微かですが、魔力の反応があります。しかも、遮断結界が張られている。……ただの魚や穀物を保管するのに、そんな結界は必要ありません」
「禁制品の魔導具か、あるいはもっとマズい代物か……」
イグニス殿下が顎に手を当てて考え込む。
「中を確認したいが、警備が堅いな。……強行突破するか?」
「バカなことを言うな、テオ。騒ぎになれば証拠を隠滅される」
イグニス殿下は即座に却下した。
「……夜を待とう。闇に紛れて忍び込む」
◇◆◇
深夜。
私たちは黒い装束に着替え、再び港へと潜入した。
月明かりの下、倉庫街は静まり返っている。
見回りの兵士たちが、松明を持って巡回していた。
「……警備のシフトは把握した。東側の死角から侵入する」
テオ殿下が先導し、私たちは音もなく闇を駆けた。
彼の身のこなしは軽やかだ。足音一つ立てず、影から影へと移動していく。
目的の倉庫の前までたどり着くと、ウィル殿下が前に出た。
「……鍵開けは任せてください」
彼は扉に手をかざし、小さな詠唱を唱えた。
カチャリ。
複雑な魔法錠が、音もなく解錠された。
「……さすがだな」
イグニス殿下が感心したように頷き、私たちは倉庫の中へと滑り込んだ。
中は薄暗く、埃っぽい匂いがした。
木箱が山積みになっている。
テオ殿下がバールで蓋をこじ開けると、中には──。
「……これは」
絹織物、香辛料、そして高純度の魔石。
どれも関税がかかる高級品ばかりだ。しかも、正規の刻印がない。
「密輸品だ。……間違いない」
イグニス殿下が確信を持って言った。
「この量をさばくには、領主の黙認……いや、主導がなければ不可能だ」
「兄上、こっちを見てください」
ウィル殿下が、奥の棚から帳簿を見つけ出した。
「裏帳簿です。……日付と品目、取引相手のリストまで載っていますね。レイラさん確認してもらえますか?」
「かしこまりました」
私が帳簿を受け取り、パラパラと目を通す。
そこには、莫大な金の流れが記録されていた。
税収をごまかし、密輸で稼いだ黒い金。
その一部が、王都の有力貴族への賄賂として流れている形跡もある。
「……決定的な証拠ですね」
私が言うと、イグニス殿下はニヤリと笑った。
「よし。これだけあれば十分だ。……引き上げるぞ」
私たちは証拠の帳簿を回収し、倉庫を出ようとした。
その時。
カツ、カツ、カツ。
外から足音が聞こえてきた。
見回りの兵士だ。しかも、こちらへ近づいてくる。
「……チッ。見つかったか?」
テオ殿下が剣に手をかける。
「待て。ここで戦えば騒ぎになる」
イグニス殿下が制止し、周囲を見回した。
「……上だ」
彼は天井の梁を指差した。
私たちは音もなく梁へと飛び移った(イグニス殿下とウィル殿下は魔法で、私はテオ殿下に抱え上げてもらった)。
直後、扉が開かれ、兵士たちが入ってきた。
「異常なしか? ……ん? 誰かいたような……」
兵士が周囲を照らす。
私たちは息を潜め、彼らが去るのを待った。
心臓が早鐘を打つ。
スリル満点の潜入捜査。
けれど、3人の背中はどこまでも頼もしく、私は不思議と恐怖を感じなかった。
正しい事をしているのに、なんだか悪いことをしている気分になって、少し心がときめいた。
◇◆◇
翌朝。
宿に戻った私たちの元に、一通の招待状が届いた。
差出人は、サザンクロス領主、バルカス。
『旅の豪商殿へ。歓迎の宴を開きたく存じます。今夜、我が屋敷へお越しください』
イグニス殿下は、招待状を見て冷ややかな笑みを浮かべた。
「……向こうから招いてくれるとはな。好都合だ」
「カモにするつもりでしょうね。……まさか、自分が狩られる側だとも知らずに」
ウィル殿下も、楽しそうに目を細める。
「証拠は揃った。……今夜決めるぞ」
テオ殿下が拳を鳴らす。
私たちは顔を見合わせた。
◇◆◇
一方その頃、王宮の中庭。
昼下がりの穏やかな日差しの下、セドリックがベンチに座っていた。
彼は分厚い本を読んでいたが、ふと視線を感じて顔を上げた。
「……ん?」
ブロック塀の上から、一匹の野良猫がこちらを窺っている。
真っ白な毛並みに、オッドアイの瞳。
王宮に迷い込んだのだろうか。
「……おいで」
セドリックは本を置き、手招きをした。
猫は警戒しながらも、ゆっくりと近づいてくる。
そして、彼の足元に擦り寄った。
「……人懐っこいな」
彼は優しく微笑み、猫を抱き上げた。
慣れた手つきで喉を撫でると、猫はゴロゴロと喉を鳴らして目を細める。
「ふふっ。……可愛い奴だ」
無防備な笑顔で猫と戯れるセドリック。
その姿を、回廊の陰から数人の侍女たちが見ていた。
「キャーッ! 見た!? セドリック様のあの笑顔!」
「尊い……! 今すぐあの猫になりたい……!」
「働いている時はあんなにクールなのに、動物には甘いのね……ギャップ萌えだわ!」
黄色い声援が飛び交う。
当の本人は全く気づかず、「レイラがいたら喜んだろうな」と、遠い空を見上げていた。
王宮の「陰のアイドル」の人気は、留守番組の間でますます高まっていたのだった。




